微笑みとぬくもりを交わして




  【2】



 翌朝、シーグルはやはりセイネリアの寝室で今日も一日ぐったりと寝るはめになっていた。但し理由は昨日とは少し違う。シーグルとしてはもう寝て過ごすような体調ではないと今日から少しづつ仕事に復帰するつもりだったのだが、それを昨夜セイネリアに言ったところ『朝になって動けるようならそれでもいいが』と返されて、ついでに『今日は良く寝たから付き合えるだろう』とかも言い出して、本気で一晩中じっくりねっとり付き合わされたのである。
 そうして、寝なくてもいいと言っていたセイネリア本人はまったく眠そうな素振りも見せずに早朝から仕事をして、シーグルは彼の思惑通り今日も一日ベッドの住人となったのだった。
 単なる体力馬鹿の『寝なくてもいい』ではなく、彼の場合は本当に体は問題がないのだからただでさえ体力には難のあるシーグルが彼に付き合えばこうなるのは当然といえば当然だ。
 だるさと疲労で寝ている事しか出来ないシーグルのもとへサーフェスが様子を見にやってきたのは、朝食――シーグルが動けない為今朝は二人で寝室で食べる事になった――が終わってセイネリアが城に出かけた後だった。

「んー確かにマスターを煽ったのは僕だから、大体4分の1くらいは僕の所為って事でいいよ」

 紫髪の魔法使いは、シーグルの抗議をあっさりそう言って認めた。
 なにせセイネリアの何かふっきれたかのようなベタベタぶりにシーグルが文句を言う度、彼は『ドクターに言われている』と返してくれるのだから、この魔法使いが今回の件に大きく噛んでいる事は間違いない。
 シーグルの恨みがましい瞳にもまったく動じた様子もなく、魔法使いはにこりと笑顔で返してくれた。

「ただ半分くらいは勿論あんたの所為。いやー相当ショックだったようだよ、あんたのやつれた姿にさ」

 だがそこを言われればシーグルとしても反論出来る訳がない。

「そもそもね、このところマスターは自分でも信じられないくらいミスを連発してたんだよ。前の自分ならしないようなミス、どれもあんた絡みの事で、どれもその所為で取り返しのつかない事態の一歩前までいった。だから今までのあの男にはあり得ない事にね、自分で自分を責めて身動きが取れなくなってた。あの男がだよ、自分の判断が信用出来なくて何も出来なくなってたんだ」

 そうは言われてもシーグルにはセイネリアが何のミスをしたのかが分らない。しいて言えば式典行きの襲撃の件は彼が自ら自分のミスだと言っていたのは聞いた気がする。後はそもそもの発端となった暴走しかけた事だろうか。
 微妙な顔で考え込むシーグルに、サーフェスは苦笑する。

「まぁ何がミスだったんだって話は聞けばマスターが教えてくれるよ。ともかくあの男が自分を信用出来なくなってどうにもならなくなってたから――あんたのあの姿は一種のショック療法となった訳だね」

 楽しそうに笑う紫髪の魔法使いは、眼鏡を外すとふっと息を吹きかけて布で拭きだした。

「あんたのあの姿を見て、とことんまで自分のだめだったところがあの男的に理解出来たんじゃないかな。だから僕はちょぉっとこの際マスターを煽ってみただけだよ。いーでしょ、結果としてあんたは一気に顔色良くなったし、マスターは楽しそうだし。めでたしめでたし、じゃないかな?」

 それは否定できないものの、これからの事を考えればそれはそれで頭が痛いとシーグルは思う。

「それにしてももう少し状況を見るというか……まったく抑えてくれないのは困る」

 それには、はははっと声を上げて医者の魔法使いは笑った。

「迷惑なら怒ればいいし、立場的、仕事的に問題があるとかあんたの体がきついっていうなら文句言えばいいだけでしょ。今のあの人はちゃんとあんたの言葉を聞く筈だよ……まぁそれで改善してくれるかまでは保証しないけどね」

 それには大きくため息をついてしまってから、シーグルは頭を押さえながら顔を顰めた。

「あいつの愛情表現は露骨過ぎるんだ。流石にあれにずっと付き合うのは俺がもたない」

 まさか昨夜も本気で一晩付き合う事になるとは思わなかった……いや、何度か気を失ったから完全徹夜ではないとはいえ、『今回くらいは好きなだけこいつに付き合ってやるか』なんて思ってしまったのが運の尽きという奴だ。
 昨夜どうなったのかほぼ全部分っていそうな魔法使いは、それにもただ楽しそうに笑うだけだった。

「なら脅せばいいじゃない、俺が倒れてもいいのか、とか言ってさ、あの人が一番怖いのはあんたに何か起こる事なんだから。あんたは真面目過ぎるんじゃないかな、マスターの事は……どうにも手に負えないけど自分にだけはやたらなついてくる猛獣、とでも思っておけばいいんじゃない?」

 その言いようには流石にシーグルも顔を微妙に顰める。

「すごい例えだな」
「間違ってないでしょ」
「まぁ……たしかに……」

 ちょっと想像してしまえば時折彼の動作は獣っぽいかもしれないなんて思ってしまって、顰められていたシーグルの顔にも笑みが浮かんでしまう。

「いっそ自分を猛獣使いだとでも思って、マスターをうまく操ってやるくらいのつもりでいればいいんじゃないかな」
「……いや流石にそれは……」

 この医者と呼ばれる魔法使いもセイネリアと契約している、と前にシーグルは彼から聞いた事がある。だがその割に、セイネリアの事を絶対視している他の者達と違って彼はこうしてセイネリアに対して嫌味や毒のある発言もする。
 セイネリアは自分に無条件で従うような人間より逆らうくらいの人間の方が気に入るくらいだから……だから彼の言葉が効いたのだろうか、などとシーグルは考えてみた。

「僕はね……あの男の立場には結構同情してるんだ。あんたの事がどれだけ大事かも……ここにいる誰より分ってるつもりだよ。だから、あの人には僕と同じ間違いを犯してもらいたくないんだ」

 唐突に声のトーンが少し変わった気がして彼の顔を見つめれば、そこから笑みは消えていて紫色の瞳が暗い影を浮かべてシーグルを見ていた。その中に絶望した者のソレを見つけてシーグルは瞬間ぞっとした。

「間違い?」
「そう、僕はね、愛する人を失った悲しみのあまり間違いを犯したんだ」

 彼の愛する人、と言われてシーグルは即座にいつも傍にいるホーリーの事を思い出した。けれど失ったという事ならつまり――。

「まさか、彼女、は……」
「普通じゃないのは気づいてたでしょ。ホーリーの体は僕が作ったんだよ、彼女の死を認め切れなくてその体を作って……アルワナの術で魂を呼び戻した」

 アルワナの反魂の術は、体から離れてしまった魂を呼び戻す為のもの。だから彼女の死後彼は彼女の体を作って、そうしてアルワナの神官に頼んだのだろう、とシーグルでもそこまでは想像出来た。
 昏い瞳のまま、医者でもある魔法使いはそこで唇だけで笑ってみせた。

「ただ擬体はそもそも人間の体の形だけをマネた部品を作るための技術だからね、出来上がったソレに人間の体と同じ機能を持たせる事までは出来ないんだ。手や足なら魔法を繋げて動かす事は出来るけど、目や耳の機能は複雑すぎてそっくり同じ事が出来るように作る事は無理なんだよ。ホーリーは元から魔力がそれなりに高かったからどうにか魔法で視界と音を魂に直接認識させる事は出来たけど、言葉を話す事は無理だったんだ」

 そうして急激に彼の瞳には悲しみが浮かび、その笑みは自嘲に変わる。
 今にも泣きそうな顔で、魔法使いは後悔の言葉を綴った。

「術が成功して彼女が戻って来た時はそりゃぁ嬉しかったよ。だけどね、そんな不自由な体に彼女の魂を押し込めて、僕の我がままでこの世界に無理矢理留めておくのは正しい事だっんだろうか。彼女は僕を愛してくれて僕を責めたりはしないけれど……彼女の魂をそうして縛ってしまった僕を、僕はとんでもなく身勝手で傲慢な酷い人間だと思ってるよ」

 そこでシーグルは思う。彼の言葉がセイネリアを動かしたのは、彼が愛する者を失った苦しみを知っているからではないかと。シーグルを失う事を何より恐れているセイネリアにとって、絶望の中で足掻いた末後悔を抱えている彼の言葉はあの男でさえ納得するだけの説得力があったのだろうと。

「僕が契約の時に望んだ事は彼女の体を作る為、足りない魔力をマスターから貰う事だった。実際はアルワナの術者まで用意して貰えてるから契約からはかなりのプラスアルファがついてるけどね。ただ、全身完全な人間の擬体は魔法ギルドでは禁止されてる、だから僕はギルドを追放となった。だけど黒の剣の主の元にいるというならってことで今はわざと見逃されてるのさ」

 そういえば魔法ギルドから追放されているようなもの、という話は前にシーグルも聞いた事があった気がした。追放された理由がそれなら確かに分るとは思う。彼のした事を人間を作る技術、と考えれば禁止されるのは当然だろう。

「あんたがもし死んだとして……マスターが僕に同じ事をしろというかはわからないけど、でもそれを命令されたら拒否は出来ない。だから、今のうちにあの人にはもう少し覚悟してもらいたかったんだ」
「覚悟……」

 呟けば、魔法使いは一度顔を下に向けて小さく呟いた。

「擬体は所詮偽物なんだよ、ただの植物だ、枯れる前に作り直さないとならない」

 それでシーグルは彼の後悔と苦しみを察した。彼がセイネリアを同じ立場にさせたくない理由が分かった。おそらく彼は彼女の体を作り直す度、苦悩して、それでも止められずにまた作っているのだろう。

「愛してるが故の間違いはね、愛してる人に正して貰うのが一番いい」

 なら彼は本当はホーリーに自分を止めて貰いたいのだろうかとシーグルは考える。彼女が止めてくれたなら諦められるのに……とその先の言葉を続けたいのだろうか。



---------------------------------------------


 ここでこそっとドクターの事情。そして猛獣使いシーグルがんばれ。
 



Back   Next


Menu   Top