運命と決断の岐路




  【1】



 クリュースにおいて、一般的に『蛮族』共と称されるのは、主に北方、中でも東北方面に点在している少数部族達の事を指す。
 少し前までは北西の者達も『蛮族』と呼ばれてはいたのだが、今ではアウグという面積だけは大きな国家に取り込まれた為、そちらの連中はアウグの国名で呼ばれる事になった。
 蛮族、なんて呼ばれるだけあって、クリュースから見る彼らの生活レベルは低く、不潔で、野蛮で、人間というよりも動物のような連中だとさえ言われていた。勝てる筈がないクリュース相手にたびたび戦いを仕掛けてくるのも、モノを何も考えられず、ただ単に自分たちは強いのだと誇示したいだけだというのが定説だった。その証拠に、各部族同士の仲は悪く、常に部族間では小規模な戦いが起こっていて、その戦いの理由も『自分たちの方が強く優秀なのを示すため』というのがいつもの事だったからだ。

 そんな彼らが協力するなどありえない。
 それはずっとクリュース国内で思われていた事であり、事実国が出来てから百年を越えて正しさが証明されていた認識だった。
 ただその常識は、アウグという北の軍事国家の出現によって崩れる事になったというだけの話だ。

「隊長、やっぱり集まっていますね」

 クーア神官の千里眼程ではないが、一般人の倍以上離れた場所を見る事が出来るロックラン信徒の兵士が、遠見の術を使って砦の上から丘の向うを見つめる。
 有名なバージステ砦程ではなくても、その次にあたるくらいは小さな小競り合いの多いここノウムネズ砦の前には、数日前から様々な部族達が集まってきていた。彼らは部族ごとに自分たちの旗を上げ、その絵の種類を数えただけでも現在既に30を超えている。
 どこまで集まる気なのか、何時攻撃してくるのか、砦の中ではかつてない程の緊張が高まっていた。

「首都には既に救援を要請してはいるが……さて、それまで持つかな」

 部下達に聞こえないように気をつけながらも、チュリアン卿と同じく平民から貴族となったこの砦の責任者であるバズサデクドは、無理に笑みを浮かべてそう呟いた。






 青い空の下、南のファサン地区の雨季も過ぎ少しだけ汗ばむ季節になってきた今、首都にある騎士団の中はにわかに騒がしくなっていた。
 ノウムネズ砦前に不穏な数の蛮族共が終結しているらしいと救援要請が来て僅か5日後、多くの者が予想しない程早く、砦が落ちたという連絡が入ってきた。ここ百年以上なかった砦陥落の報は瞬く間に騎士団内に広がり、既に上層部では『どうしてもっと増援部隊を急がせなかったのか』と責任の押し付け合いになっていた。
 ノウムネズ砦が落とされた現状、砦は蛮族達の支配下にあり、間に合わなかった付近の砦や領地から派遣された救援部隊はその近くで集まって待機している状態らしい。上層部の会議ではすぐに首都からも派遣部隊が編成される事が決定され、程なくして部隊に組み込まれる隊の隊長達にそれが伝えられた。

 我が隊に出兵命令が出された、と夕礼でシーグルが告げたのは、ノウムネズ砦が落とされたという報を受けた次の日の事だった。





 出兵命令が出たとは行っても、まさかすぐに出発という事になる訳はない。いつでも戦える準備をしている砦在住の部隊と違って、首都の部隊がいくとなると流石に準備も2,3日では終わらない。それでも最大限に急げばその2,3日で出発も可能なのだが、現在蛮族達は落したノウムネズ砦に篭ってこちら側に攻めてくる気配はないという事で、次の戦闘がすぐ始まる事はないと上層部は見ているようだった。

「出発は5日後だ、ただ、蛮族達の動きによっては早まる事があるかもしれない」
「まぁ、そこそこには急いでるってとこですかねぇ。それともぉ、余計な文句が出てわたわたする前にさっさと行かせてしまえってぇ事ですかねぇ」

 シーグルが椅子に座ってため息と共に呟けば、キールは忙しなく書類の整理をしながらいつも通りのゆっくりとした口調で答えた。

「それもあるだろうな。地方の旧貴族達から文句が出る前にというところだろ」

 シーグルの指揮する第七予備隊に出兵命令が出た時、貴族間の情報のない一般兵からは疑問の声があがった。こんな危険な状況で、戦場に旧貴族の当主であるシーグルが送られるなどあり得ないだろうと。貴族や宮廷情勢に詳しい者達はやはりと思ったものの、確かに普段なら貴族を守るべき貴族院がそんな決定を許す筈がなかった。――おそらく、戦場に疎い貴族院員の者達には、そこまで危険な戦いではないとか、シーグルの手柄を取らせるための出兵であるとか、その辺りを吹き込んで納得させたのだろうとは思うが。
 それでも、独自の情報ルートを持っている『マトモな』旧貴族の当主達なら、戦場の状況を正しく理解すればシーグルを行かせるのはおかしいという意見は出てくるだろうと思われた。

「行く自体は構わないさ、安全なところで貴族の名に守られて戦場の報告を聞いているだけよりはいい……が」
「部下さん達を危険な戦場に連れていくのはお嫌ですかねぇ」
「上はまだ真面目に危機感を持っていない。その状態では正しく敵の戦力を把握出来ているかがまず怪しい。俺の立場のせいで真っ先に戦場に送られた為に、彼らが意味もなく死ぬ事になるのは……避けたい」

 机の上で両手を強く握り締めるシーグルを見て、キールがやたらと明るい声で言う。

「確かにぃ〜行ってみたら、上が思ってるよりも危険な状況〜ってぇ事がありそうですからねぇ」
「確実にそうだろ。なにせ上は蛮族達をなめきってる」

 我ながら感情が昂ぶり過ぎて声が震えてしまったシーグルは、頭の上にぽんぽんと子供をあやすように置かれた手に驚いて顔を上げた。
 まだ若いように見えるのに老成したような瞳の魔法使いは、シーグルに向けてにこりと微笑んだ。

「どちらにしろぉ、貴方は貴方の立場で出来る最善を尽くすしかないでしょう。それにですねぇ、貴方が行くというそれだけで一般兵達にとっていい事も多いですからねぇ」

 シーグルもそれで、僅かに体の力を抜く。

「そうだな」
「そうですよぉ〜」

 安全な場所で守られている筈の旧貴族当主が騎士団として出兵、という事で、砦陥落のニュースに不安がっていた一般兵や国民達の空気は少し変わったらしい。そこまで危険な戦いではないのだろうと、冒険者達からの傭兵希望者もかなり集まっていると聞いた。
 それが、幸と出るか不幸と出るかは現状では分からないが、各地方貴族からも部隊に参加したいとの声や支援の申し出は多く出ているらしい。

「貴方がいるってぇ事で隊の待遇はよくなりますしねぇ〜。いいですか、貴方の事がなかったとしても、そういうトコにまず送られるのは予備隊です。だから貴方がいなかったとしても第七予備隊の面々が戦場に行った可能性は高い訳ですよぉ、皆さんそれを分かってますからねぇ、貴方の所為だなんて思う人は誰もいません」

 言いながら、いつの間にか自分の席に戻って豪快に革袋にごちゃごちゃとした機材を投げ込みだした魔法使いを見て、シーグルは少し驚いたように聞いてみた。

「ところでキール、何をしてるんだ?」

 魔法使いはやはり彼らしく、のんびりと間の抜けたとも思える声で答えた。

「そりゃ〜当然、私も出立の準備をしなくちゃならないでしょう」
「まさか、それはお前も付いてくるという事か?」
「なぁに言ってるんですかぁ、私は貴方付きの文官ですよぉ、そりゃぁ当然貴方が戦場に行くのについていかない訳ないじゃないですかぁ」

 キールは『当然』とは言ったものの、文官、特に役職持ちでも下っ端の隊長クラスの文官は、騎士団の規則としては戦場についていかなくてもいい事になっていた。行く場合はまず大抵、そのついている隊長の命令によって仕方なくという場合で、勿論シーグルはそんな命令を彼に出すつもりはなかった。

「すまない、キール」

 だからそう言えば。

「なぁに言ってるんですかぁ。前線配置の荒っぽい魔法使いからぁ〜私は貴方を守らなくてはなりませんからねぇ」

 そう言って彼は笑って、シーグルもつられて笑った。




---------------------------------------------


出兵、という事でまずはシーグル周りのお話から。



   Next


Menu   Top