戦いと犠牲が生むモノ




  【1】



 北の大国クリュース国内でも、特に大規模な砦は北方面に多い。その中でもノウムネズ砦は近年で一番大きな戦いがつい最近起こった場所という事で、修繕と拡張工事が終わった現在、配置人数を増やし、蛮族に対する砦としては国内最大規模を誇っていた。
 現在のこの砦の責任者であり指揮官である人物はエグル・ニド・ジーナという人物で、彼はいわゆる騎士団内部でもはっきりとした現王派の人物であった。元は予備隊隊長の一人であった男であるからこんな大きな砦を任されるのは当然大出世であるのだが、彼としてはこんな僻地に飛ばされた事はいたく不本意だったらしく、愚痴るは兵に当たるわと決して評判のいい男ではなかった。
 それでも彼がこの役目をどうに務めていられているのは、彼の副官であるケーサラー神官の男が優秀であったからである。副官の神官は、砦常駐組と村からの通い組、それから定期的にくる派遣兵の、合わせて百人以上の人間全ての情報を記憶し、配置や予定を決め、こと細かく適切な指示をすることで完全に管理していた。僻地の兵士にありがちな、飛ばされた厄介者や、首都に置きたくない事情のある者等、扱いにくい人間が集まるこの砦をその神官の力でどうにか回していた、というのが現状のノウムネズ砦の状況であった。

「ギーリーズっ、それでどうすればいいんだ」

 やけ酒を食らいながら頭を掻いている上司を見つめ、いつでも冷静なケーサラー神官は、それにやはり冷静に答えた。

「そうですね、ですからここでの命が惜しければ降参するのがいいかと」
「ここでの、とはどういう事だ」
「降参して投降すればここでは助かりますが、首都に無事で帰れるかは保証できません。なにせ貴方は王の勅命でこの場にいるのですから」
「うぬぅ……」

 そこまで言われれば頭のよくない彼でも理解する。つまり、ここで投降すれば命は助かるが王には殺されるという事だ。
 現在、この砦では兵の反乱が起こっていた。首謀者は元シルバスピナ卿の部下達で、処刑執行直後は落ち込んですっかり放心していただけの連中が、シルバスピナ卿の息子を擁して反現王同盟が立ち上がったという知らせをどこからか聞き、自分達もそれに駆けつけるのだと他の兵士達を巻き込んで反乱を起こしたのだ。
 元から彼らには特に注意するよう言われていた為、副官であるこの神官の配置のお蔭で、反乱が起こった時にも即エグルが吊るしあげられるような事態にはならなかった。とはいえそれでどうにか周りの兵を纏めて砦の上層階に立てこもれはしたものの、現在、突破されるのは時間の問題だろう、というのもまたこの副官の冷静な判断だった。
 という訳で、このまま立てこもるか投降するか、現状彼は自分の命運を決める選択を迫られているところだったのだ。

「首都に援軍を要請するのは……」
「逆に王の怒りを買うと思いますが。それにどうせ間に合わないでしょう」

 冷静過ぎる部下を恨めしそうに見つめて、それでも彼のおかげで自分の評価が上がったのだと理解しているのが最大の取柄の男は、大きくため息をついて弱弱しく尋ねた。

「現状で、私が生き残る為の一番いい案はなんだ? マトモに可能性のあるもので頼む」

 言えば神官は少し考えて、やはり危機感も何もない声で淡々と告げた。

「そうですね、それならまずさっさと降参でしょう。このまま立てこもっていれば、最悪身内の裏切りで殺される可能性がありますよ」

 それにはエグルも顔を青くする。この要領も頭もよくない男はその可能性を考えていなかったのだ。

「投降すれば、あのシルバスピナ卿の部下なら殺しはしないでしょう。そしてここからは賭けです、王が倒されれば貴方はおそらく地位は失いますが命は助かります。つまり貴方が生き残れるかどうかは、王が倒される可能性による、ということです」
「王が倒される可能性だと?」
「そうです」

 エグルは考えた。
 王を倒そうとしている反乱軍側の指揮官は、あのセイネリア・クロッセスだという。エグルとしても噂程度は聞いたことがあるが、実際みたこともなければその噂だって真偽はかなり疑わしいと思っている人物で、それが王を倒せるかとなれば疑わしいを通り越してばかばかしいとなる。

「お前はどう思うのだ?」

 だからいつも通り頭の良さだけは認めている副官に聞いてみたのだが。

「向こうの戦力の情報が足りないので判断しきれませんね。ですが、あのシルバスピナ卿の息子、という名だけで相当数の協力者は集まるでしょう。現王は実際、兵や民衆から人気ありませんし。互角までもっていければ反乱軍が勝つんじゃないでしょうか」
「おいっ、へたなことをいうなっ」

 部屋には他に誰もいない筈でも、どこに王の密偵がいるかわからない、と副官の口を塞いだエグルは、また大きくため息をついてから椅子に座った。

「互角か……だが王には魔法使いがついている。契約により魔法使い達はこの国の安定の為に王に力を貸すはずだ」

 クリュース初代王アルスロッツが建国時にした魔法使い達との契約は、魔法使い達を受け入れる代わりに国を存続、安定させる為には力を貸すというものだ。魔法使いが王についている限り、内乱を成功させるのは難しい。
 だがそこで、目の前の副官のものではない別の声がエグルの言葉に返してきた。

「えぇですけれど、契約はこの国安定と存続であって、あくまで国に対してなんですよ。王族に対する絶対的支持とは違いますので」
「えぅおぉっ?!……どぅあぅっ」

 唐突に聞き慣れない穏やかな声が後ろからして、エグルはイスから転げ落ちるほどに驚いた。なにせ今、この部屋には副官と彼以外には誰もいない筈であったし、他人に絶対聞かせられないような話をしていた真っ最中だったので、それはもう心臓が止まるほどに驚いた。

「だだだだだだ、だ、誰、だぁっ、貴様はっ」

 赤い顔で、声が震えて膝が震えて、おまけに鼻水まで落ちてきたのを啜るというこれ以上なくみっともない姿を晒しているこの砦の責任者である貴族騎士ににっこりと笑ってその場でお辞儀をして見せたのは、裾の長いローブを着て杖を持った、いかにもという見た目の魔法使いだった。

「降伏勧告に来ました。そこの神官様もいってましたが、王は倒されますから安心して投降してください。なにせ魔法ギルドは今回、シルバスピナ卿のご子息側に付く事を決定してますので」







 ノウムネズ砦には、兵達の勝利に湧く声があちこちで上がっていた。
 投降し、拘束された元この砦の指揮官だった男が拘束され、個室に運ばれていくのを見ながら、グスは気配を感じさせず傍にいる魔法使いに聞いた。

「んで、あの男はどうしろって?」
「そうですね、暫くはこの砦の方で協力者を募って頂きます。ここは広いですからね、周囲の砦でこちら側についた人達との連絡場所としても都合が良いですし――この周辺の領主様方も皆協力を申し出てくれてますから、危険もそこまでないでしょう」
「そらぁ……ここいらの領主なら、そらなぁ……」

 言いかけてグスは思わず口を手で押さえる。思い出したら今更に泣きそうになってしまいそうで、へたに声に出せなくなる。
 かつて、あのノウムネズ砦の戦いに参加したこの周辺の領主達は皆、シーグルがどれだけ兵の為に尽力してくれたかを知っている。その彼をあり得ない罪で処刑した王に対する不信感は高まるばかりで、そこで彼の息子を立てて現王打倒の旗を上げた勢力が現れたと聞いたならそちらにつくのは当然だろう。
 ここ今のノウムネズ砦にもあの戦いに参加した兵はかなりの数がいて、反リオロッツ同盟の話が入ってきてすぐ、それに駆けつけたいと願う者達がグス達元シーグルの部下のところにやってきたのだ。
 それでやっとグス達は行動を起こそうと頭を切り替える事が出来た。
 正直、いかねばならない、と思っていても未だシーグルが死んだ事を信じられない、信じたくないと思っていたグス達は、反現王同盟の話を聞いても動こうという気力がなかなかわかなかった。悲しみと失望が大きすぎて、どうしてもすぐに自分を奮い立たせる事が出来なかった。
 それでも、あのノウムネズ砦の戦いで見た覚えのある兵達が、必死の顔で訴えかけてきた事でグス達は立ちあがることが出来たのだ。

「セイネリア・クロッセスの見立てだと大規模な戦闘は一回で済むそうです。ここの位置的に、おそらくそれにあなた方が呼ばれる事はないと思いますが」

 首都からも更に東北の地であるノウムネズ砦からすれば、反王政同盟の拠点であるアッシセグはあまりにも遠い。位置関係的にアッシセグから北上する部隊と合流するのは難しいとそう考えるのは当然ではある。……それでも、騎士団員として上に逆らう事を決めたのなら、一刻も早くグス達はシグネットの元に駆けつけたかった。

「出来れば、出来る限り早く隊長のご子息――……シグネット様の傍に行ってお守りしたいのだが」

 だからそう訴えれば、セイネリア・クロッセスの命でここへやってきたという魔法使いは、柔和な笑みを浮かべながらも事務的な声で答えた。

「現状シグネット様の身は我々とあの男が必ずお守りしますので、あなた方が気にする必要はありません。あなた方は王を倒した後――シグネット様が王となられた後、それを支えるという需要な役目があります。ですからくれぐれも無茶なことをして命を落したりなどしないようにして下さい。亡きシルバスピナ卿もそれを望んでいる事でしょう」

 シーグルの事を言われれば、未だその悲しみから立ち直り切れていないグスは泣きそうになる。それでも掌を強く握り締めて、顔に力を入れると魔法使いに頭を下げた。

「それでも、我々の意志だけは伝えておいて欲しい、役目があるなら何時でも我等は駆けつけると」

 黙って魔法使いとグスのやりとりを聞いていた他の者達も、それに合わせて口ぐちに声を上げた。




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 今回の1話は主要キャラがほぼ出てないプロローグ的な感じになりました(==;



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