願いと想いが向かう処




  【6】




 即位式が終わった事でやっと平常通りに戻った騎士団では、いつも通り、中庭の方には緊張感がなくなった騎士達が訓練している姿を見る事が出来た。
 とはいえこの第七予備隊に関しては、訓練の最中であれば他の隊とは違ってちゃんと真面目に動いているのだが。彼らが今だらけてみえるのは単に休憩中で、そしてもう一つ言えば、この隊の隊長もまとめ役の古参騎士達もこの場にいないというのがあった。
 隊長であるシーグルがこの場にいないのはいわゆる今はデスクワークが忙しいせいで、それ自体は別段珍しい事ではない……のだが、グスをはじめとしたラン、テスタの古参組達がいない理由は少々残った者達に疑問を残していた。
 というのもつい先ほど、訓練中だった彼らのところにシーグル付き文官で魔法使いのキールがやってきて、古参連中を呼び寄せてそのままどこかへ行ってしまったのだ。
 キールが連れて行ったのであるから、おそらくシーグルのところへだろうとは思うものの、それならそれで残された者達には気になる事があった。

「なんかさ……隊長、今朝様子がおかしくなかったか」

 グス達の事を話している間、思い切ってそう言ったマニクの声を聞いて、あたりのざわめきが一瞬止まった。

「俺達には普通に接しようとしてたみたいだけど……隊長、元気なかった、よな」

 ぽつりとそれに続けたのはセリスク。

「俺達の方を見てない間、部屋に帰る時、明らかに表情が暗かったしため息をついてた。あれは何か悩み事がある……ってあたりだと思うけど」

 いつもは目立たないものの細かい事をよく見ているクーディが言えば、皆が皆顔を見合わせて眉を寄せる。

「悩みっていえば……アレなのかな、やっぱり」
「アレだよな……」

 シーグルは先週の中頃から休みをとっていて、今日は久しぶりに騎士団にきたばかりだった。それで何かあったようなら、その理由は休暇中の事に違いない、とは誰もが思う。そして今ここにマニクがいるのだから、その休暇中にシーグルが何処へ行っていたのかという情報も皆知っている事であった。
 となれば、もう、原因と思われる事は一つしかない。

「隊長……婚約者のところへ行って、何か、あったんですよね……」
「あぁ、それも良くない方向だよな、あれ」
「まさか隊長に限って、婚約者殿に嫌われてきた、とか……」
「いやそれはまさかだろ、隊長の事を見て嫌いになる女とか信じられねぇ」
「だよな、隊長に限って、なぁ」

 はははと互いに乾いた笑いを交わすものの、彼らが知っている情報からはそれ以外の答えが出ない。それでもまさかという思いが彼らにはある。何せあの容姿であの性格で、家柄やら実力やらもろもろ込みで、シーグルが嫌われるような原因というのが彼らには思いつかないのだ。

「安心しろ、嫌われた訳じゃない、とさ」

 そこで彼らに掛けられた声は、丸くなって座っている若手組とは少し離れて既に訓練を再開していたアウドのものだった。

「何か知ってんですか?」

 全員の視線が、唯一残された年長組の騎士に集まる。
 けれども当のアウドは剣を振る手を止める事もなければ彼らを振り向く事もなく、そのまま訓練を続けるだけだった。

「えーと、アウド……さん?」

 立ち上がってマニクが近づいていけば、やっとアウドは手を下して若手連中に顔を向けた。

「大した事は知らねぇし、隊長のプライベートに関してあれこれ話す気もない。ただ、相手に嫌われた訳じゃないとは言ってた……まぁなんか、落ち込んではいたみたいだがな」

 それに他の者達も立ち上がって畳みかけてくる。

「落ち込むって隊長に何が?」
「落ち込む原因はやっぱり婚約者に関してなんですか?」
「まさか、会ってみたらすごい性格に問題のある人物だったとか?!」

 最後のシェルサの言葉には皆同じく思うところがあったようで、今度は口ぐちにその路線で彼らは騒ぎ出す。きっと貴族の女性ならすごく高飛車な女だったに違いない、とか、度が過ぎた贅沢女だった、とか。ともかく、シーグルに問題があるという事は信じられない彼らだったが、向うの女性に問題があったというのならいくらでも納得できる理由が思いつくらしく、彼らの話は盛り上がっていた。

――まったく、本当に隊長さんの真面目ぶりにも困ったもんだ。

 騒ぐ若い連中を見つめながら、アウドはそう考えて思わず空を見上げた。
 実はアウドは、シーグルが落ち込んでいる理由も知っているし、それで困ったキールがシーグルに一声入れさせる為にグス達を呼んだという事も分かっていた。
 なにせ昨夜、アウドはリシェに帰って報告を済ませたシーグルを迎えに行って、首都の屋敷までリーメリやウルダと一緒に護衛してきたのだ。その時に、シーグルの口から、婚約者と会ってどうしたのかまでも一応は聞いていた。それによるとどうやら、向うも怒る事はなく、終始好意的な態度を見せてくれて、結婚の申し込みまでも上手くいった――らしいのだが。

『彼女は貴族としての教育を完璧に受けていて、誰よりも貴族らしい立ち居振る舞いと考え方を持っている。貴族としては異端なシルバスピナの家に来て耐えられるだろうか』

 という事で、早い話、貴族の女性として完璧すぎた相手に対して、貴族というよりも騎士という自分やシルバスピナ家の家風が合うだろうか――果てには、自分では彼女に相応しくないのではないかと言い出したのだ。
 リーメリもウルダも、それに関しては大丈夫だと何度もシーグルに言ったらしいのだが、真面目過ぎる彼らの主はそれでも悩み込んだままで、結局その状態のまま帰って来てしまったらしい。

「本当に、どうしてあの人はそんなに自分に自信がないんだろうな」

 それなのに、どうしてあんなに強く在れるのか。
 そこまで考えたアウドは、そこまた苦笑する。つまり、自信がないからこそ、いつでも更に上を目指している訳で、手が届かなくても諦めないのが彼の強さなのだと。
 だからこそアウドは思う――あれだけ努力して試練を乗り越えているあの人は幸せになる権利がある筈だ、だから神様、もしいるならあの人の努力と流してきた涙に見合う幸せをあの人に与えて下さい、と。
 不穏な情勢や、シーグルの相手の女性を知っているアウドとしては、そう願わずにはいられなかった。









 いくらある程度はキールが片付けておいてくれたとはいえ、休暇明けとなれば書類が溜まっているのは仕方がない。それは覚悟していたシーグルであっても、急な会議という予定外の仕事には文句もいいたい気分になる。なにせ会議と言われて出席して、時間の無駄でなかった試しがないのだから。
 だが、どうせ会議中は無駄な話を聞き流すだけだから、その時間で少し落ち着いて考えてみるのもいいかとシーグルは思い直すことにした。

「どうしたんですか? 元気がないようですね」

 声を掛けてきた人物の顔を見て、シーグルは軽く会釈を返して苦笑する。銀髪のいかにも育ちの良いというか善良そうな顔をした青年は、第三予備隊の隊長であるエルクア・レック・パーセイだった。
 彼は同じ立場にある貴族騎士の中でも唯一といってもいいマトモな人物である為、シーグルにとっては唯一の同地位の友人ともいえた。その為、こうして会議などではいつも隣に座っている。

「やはり、そんなにその……様子がおかしく見えますか?」
「えぇ、貴方の場合、この手の会議中は普段ならずっと不機嫌そうにむすっとしてますからね」

 言われてシーグルは少し反省する。そうか、そんなに自分はいつも会議中不機嫌そうだったのか、と。

「あの……もしかして、婚約者殿と何か問題が?」

 唐突にそれを聞かれて、シーグルは思わず咳き込みそうになった。別に休暇を取った理由を秘密にしていた訳ではないが、言って歩いている訳でもない。なのにどうして彼がその話にたどり着いたのか。
 彼とは確かに友人とも言える付き合いをしているものの、プライベートの話をする事はほぼなく、主な会話内容は騎士団での愚痴や、仕事や訓練に関する話ばかりだ。勿論、彼に婚約者の話など一度もしたことはない。だから必然的に、自分が婚約者に会いに行ったというのはそんなに噂として広まっているのかとシーグルは不安になる。

「あの、何故その、婚約者のことだと?」
「あぁその、貴方の部下が皆揃って話してたんですよ。隊長は婚約者と何かあったんじゃないかって、まさか婚約者に嫌われてきたのかっとか」

 それで思わずシーグルは頭を押さえる。部下にそんな事で心配をさせていたのかという反省と、周りに聞こえるような声で彼らはそんな事を話し合っていたのか、という恥ずかしさで。

「やはり婚約者殿に関しての悩みなのですね」
「えぇまぁ……」

 くすくすと笑う彼に、シーグルは大きく溜め息をついた。そして半ば、ここまで知られたのだからとやけくそのように彼に相談してみる事にした。貴族である彼なら、少なくとも貴族の女性のことは自分より知っているだろう。

「彼女に問題があるという事ではありません。ただ、少し不安なだけです」
「不安、ですか?」
「シルバスピナ家は、あまりにも貴族としてはその……武に寄っていて、貴族らしく育ってきた彼女が来るにはいろいろ問題があるのではないか、とか。私もこんな調子ですから、女性の扱い方など分かりませんし、ちゃんとした夫となれるのか……とか」

 言えばエルクアは更にくすくすと、声を出さないように懸命に口を押さえて笑う。

「そんなに……おかしいでしょうか。部下達にはとにかく大丈夫だからと励まされたのですが、理由もなく大丈夫といわれても、余計不安になってしまって」

 シーグルが益々声を落とせば、エルクアはにっこりと笑ってシーグルに耳打ちしてくる。

「婚約者殿は、貴方に好意的だったのでしょう?」
「えぇ……だと、思います」
「なら問題ありませんよ。女性というのはですね、好意を持った相手の事なら大抵何があっても許せてしまうものなので」
「そ、そういうモノなのですか?」
「えぇ、ですからそこまで心配しないで大丈夫です。……ただそんな事に不安になるくらいなら、相手がどれくらい貴方のことを好いてくれているかくらいはちゃんと理解出来るようにした方がいいですよ。私の予想としては、貴方の婚約者殿は貴方に好意的、なんて言葉じゃ失礼なくらい貴方のことを好いてくれているんじゃないかと思うのですが」
「はぁ……」

 シーグルはそこで考える。
 ロージェンティはシーグルに対して好意的であった、と思う。だからこそ、妻になる事を了承してくれた訳であるし、その時の表情も作り物ではない心からの笑みであったと思う。シーグルの告白についても、怒る事はなくすんなり受け入れてくれた事を考えれば、結婚に関しては既に彼女は相当の覚悟が出来ていたとも考えられる。となれば、今更ぐだぐだこんな事を考えている方が失礼になるのでは――等と思えてきて、余計に混乱してきた。
 そんなシーグルを見ていたエルクアは苦笑する。

「少々貴方は、向けられる好意に対して鈍感過ぎます。もう少し……相手がどれだけ深く貴方を想っているか気付けるようにするべきだと思いますよ。でなければ相手が報われません」

 そう言った彼の顔がどこか寂しげだった事を、考え込んでいて彼の顔を見ている余裕がないシーグルが気付く事はなかった。




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こっそりエルクアさんが登場。いやそのそこまで話に深く関わる人ではないですが。




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