望みと悪意の計画




  【2】



「そっか……それじゃまだあの男がどうして出来るだけお前に知らせたくなかったかその理由はわかんねぇだろうなぁ」
「どういう事だ?」

 聞き返せば、陽気なアッテラ神官は少しだけ困ったように笑った。

「多分、分かるよ。少ししたらな。そしたら多分……あいつの状況ももうちょっと分かるようになる。分かったら……あいつをも少し許せる気になるかもしれねぇし、逆にあいつにもっとムカツクようになるかもしれねぇ」
「……待ってくれ、余計意味が分からないんだが」

 彼にしては歯切れの悪い、ぼやけた言葉ばかりで思わずシーグルが抗議すれば、その反応も予想していたらしい彼は頭を掻いて考えながら答えた。

「あー……うん、言ったろ、最初は俺も『マジかよ』って思っただけで嘘じゃないって分かってても感覚で理解出来なかったンだ。ただ考えて……今までのあの男の言動を思い出してたらさ、ある時ふっと分かったんだよ『そらキツイな』って。そりゃもう、自分だったらと思えばぞっとするくらいにな、あの男じゃなきゃ平静を保ってなんかいられねぇくらい酷い話だなってのがさ……」

 確かに言われれば、今のシーグルはエルの言う通りまだ実感が沸いていない。セイネリアの状況も自分の状況も、そういうものだ、と言うのを聞いただけでそれが突拍子もなさすぎる話で感覚が掴めていない。

「ありがとう、エル。少し、考えてみる……って」

 次に彼に何かを言うなら、もう少し状況に実感が湧いてから。それからちゃんと考えて、落ち着いて彼と話そう――そう考えていたシーグルは、だが急激に体を引かれて驚く事になった。

「エ、エル?」

 気づけば強引に彼の腕の中で抱きしめられていて、シーグルは困惑する。そうすれば、青い髪の普段は陽気なアッテラ神官は力強い声で言ってきた。

「いいかっ、何があってもお前は俺の弟だからなっ、しんどいなって思ったら一人で耐えてないで言ってくんだぞ」

 思わず笑みが湧いてしまってから、シーグルは目を閉じた。彼の気配と感触を感じて、そこで少しだけ思う、フェゼントやラーク、本物の兄弟達とももっとこういうスキンシップをとっておけば良かった――子供の時のようにフェゼントに抱きついて『大好きだから』とでも言えれば、あんなにこじれずもっと早く和解出来ていたかもしれない。例え嫌われていてもエルのように抱きしめて励ましてでもやれれば、ラークとももっとずっと兄弟として分かりあえただろうと思う。
 たくさんの言葉より、相手の気配と体温を感じる事で近づける、相手の気持ちが分かるものだと今のシーグルなら分かっている。
 だから、もっと……ロージェやシグネットも抱きしめておけば良かったと、シーグルはそこで強く後悔した。

「あぁ……ありがとうエル」

 呟けば、急にエルが顔を上げてにっこりと含みのある笑みを向けてきた。

「よーし、んじゃお礼がわりに『兄ちゃん』って言ってくれねぇかなっ」

 それには目を丸くして……それで眉を寄せて、考え込んで、シーグルは申し訳なさそうに、すまない……と呟く事しか出来なかった。

「ちぇー、まだだめかね。んーどうすりゃ兄ちゃんって言ってもらえっかなー」
「貴方には感謝してるんだ、だが……」
「まぁいーぜ、嫌なのに言えとはいわねーよ」
「嫌、という訳ではないのだが……」
「でもまだふっきれないってンだろ。いいさ、俺は気長にお前が言ってくれるのを待つし、いつか言わせてやるって燃えるのも楽しいもんさ」

 シーグルがエルをどうしても兄と呼べないのは、単純に気恥ずかしいというのもあるのだが、本物の兄であるフェゼントに対して他人のふりをしてここにいるという事実がどうしても圧し掛かってきて言えない、というのもある。
 シーグルが沈んだ顔で下を向いてしまえば、エルはそこでうーんと声を上げて背伸びをして、手に持っていた彼の武器である長棒をくるりと回すとトン、と地面を叩いて振り返った。

「そーだシーグル、マスターと会うのが気まずくて暫く離れて考えたいっていうならさ、アッシセグにいかないか?」

 突然の内容に、シーグルは思わず驚いて彼の顔を見つめてしまった。

「アッシセグ?」
「おう、あっちに残してきたもろもろのモンをこっちに持ってくるか処分するかその判断と手続きにさ、近々俺はアッシセグに行く事になってンだよ。どうせ暫くマスターからの仕事がないならいっそ気分転換も兼ねてアッシセグにお前もついてこいよ、この時期ほあっちはあっかるくて暑くて解放的でさ、沈んでるのも馬鹿馬鹿しいって気分になれんぜ」

 嬉しそうにエルが言う言葉を聞けば、シーグルとしても心が惹かれる。なにせこのところ、考え込んで思考が袋小路になっては剣を振って発散の繰り返しだから、なにか気持ちが切り替わるきっかけが欲しいと思っていたところではある。だが……それに『是非』と返すには、最大の障害があるのがシーグルには分かっていた。

「それは……とても心惹かれるが、セイネリアが許さないだろう」
「あー……んでもどうかね、言ってみるだけの価値はあんじゃねーか? まぁまだお前はマスターにゃ会いたくないだろうし、もしお前が行きたいっていうなら俺の方から提案してみるぜ?」
「そうして貰えればありがたいが、いいのか?」
「いいに決まってンだろ、なにせ俺がお前と一緒に行きたいんだからよ。ま、ここはおにーちゃんに任せなさいって」

 親指で自分を差してニカっと笑ったエルに、シーグルも思わず微笑んで、頼む、と告げた。

 それでもシーグルはその時、それをセイネリアが許可する可能性はほとんどないだろうと思っていた。あれだけ自分が離れる事、失う事を恐れていた彼が今のこの時期に自分を離してくれる筈などないとそう思っていたのだ。
 だが、意外な事にエルが持って来た報告は許可が出たとの言葉で、シーグルは嬉しく思う反面、本当にいいのか不安になったくらいだった。

 ……実は今回の件では、セイネリアがリーズガンを探す間、現在貴族達から疑いの目を向けられているシーグルを首都から遠ざけておいたほうがいいだろうという話が出たという事情があった。勿論、シーグルがアッシセグに行くのを知るのは向うの領主のネデくらいで、現在言われている通りレイリースは体調不良で暫く仕事から外されているという事だけが公にされた。後は時折エルクアがレイリースの鎧を来て将軍府内を歩く事で、レイリース・リッパーは首都にいるという事になるように偽装することになった。本物のシーグルの居場所が知られないように、真実を知る人間は最小限に絞られ、それはロージェンティにさえ隠された。

 勿論、それでも世の中に完全、などあり得ないのだが……。







「しかし、なんというか……すごい顔ぶれだな」
「いやー、そんだけマスターがお前の事を心配してるって事だろ」

 今回のアッシセグ行きの面々の顔を改めて見てからシーグルが言えば、セイネリアと交渉して許可を勝ち取ったエルが得意げに答える。実はエルがシーグルのアッシセグ行きの許可を取る自信があったのは例の貴族達の噂を知っていたからだったのだが、それを元に交渉してさえやはりセイネリアの反応は最初はとてつもなくしぶかった。それでもどうにかセイネリアから許可を得たものの『代わりに』と出されたセイネリアからの条件は『過保護だねぇ』と思わずエルが独り言ちてしまうくらいのものだった。

「あいつが慎重になる、のは分かる、が……」

 シーグルが呟けば、途端に面子の中の『女性陣』から一斉に声が上がる。

「ほーんと過保護、笑っちゃうわよねぇ。ま、貴方は団のお姫様だしィ」
「ひ、ひめ……?」

 言いながら言葉通り本当に笑っているのは魔法使いのアリエラだった。まぁ彼女がセイネリアに対して悪態をつくのはいつもの事だが、お姫様はねぇだろうよとはエルも思う。例え扱い的には事実だとしても、言われたシーグルの落ち込み方がハンパない。

「それはそのっ、マスターにとってはそれくらい大切だというたとえの意味でですから、シーグル様が女性ぽいとか弱いという事では決してありませんっ。アリエラさん、もう少しいいようが……」

 それにソフィアが控えめにフォローを入れるのだが……アリエラに抗議しながらも、彼女は今回の話が決まってからずっと嬉しそうだったりするのはやはり旅先だと堂々とシーグルのお世話係で傍にいられるからだろう。

「ソフィア、お師匠様もシーグル様を女性みたいだとは思ってない、と思う。……でもやっぱり聞いた通りお綺麗な方……ね」

 ソフィアよりも更に控えめなのはロスクァールの養女のアルタリア。彼女は元から魔力が高く数年前から正式にアリエラの弟子になったのもあって、なら治療役としてロスクァールが行く事になった段階でついでにつれていけばいい、とセイネリアが言ったのだ。

 女性陣に詰め寄られながらその声を一斉に浴びれば、シーグルの顔に妙な緊張が浮かぶのも無理はないとエルは思う。おそらく彼が言った『すごい顔ぶれ』というのは、女性が多すぎるという意味が大半を締めているのだろうと思われた。エルも正直を言えば『面倒な面子だ』という思いはある。なにせ自分の身の周りと言えば女っ気がないのが普通であったから、これだけの女性比率で出かけるとなると不安しかない。

「なんていうか、華やかな面々だよね♪」

 楽しそうにそう言ったレストの声をちょっと見下ろして、それからエルもがっくりと頭を下げて手で支えた。……まぁあれだ、こいつは男の内に入れるには微妙だな、と。

「いやでも確かに華やかではありますな。我々が浮くくらいには」

 そういって肩を竦めてエルの傍にきた初老に入り掛けた歳の男はリパ神官のロスクァール。それに頷きながら団の中でも体格がいいラダーが居心地悪そうにこっちへやってくるのを見て、エルは残りの一行の顔を一通り見てみた。

「まー……確かにな」

 シーグルとしては不本意だろうが、女性陣3人と白い頭の小柄な少年がシーグルの傍にいる様は確かにはっきりきっぱり華がある。

「まぁなんてーか……ネデの奴は喜びそうだ」

 アッシセグの領主であるネデは、賑やかなのも華やかなのも好きだし、勿論女性が多いのも大好きだ。彼ならさぞ喜ぶだろうと思ってため息をついたエルは、だが面子を見直してから思いついた事に苦笑した。

「てかリパの大神官様にアルワナ神官、んでアッテラの俺に、運び役とクーア神官とこんだけ魔法使いがいたらなんてーかレイリースに何があってもどうにか出来そうだな。死んだら生き返らせろって勢いだ」

 勿論それは冗談なのだが、それにロスクァールが真面目に答えた事でエルの顔は引き攣る事になる。

「実際、マスターから言われていますよ。もしもの時は、他の何を犠牲にしてもいいからあの人を生き返らせろ、と」
「はは……まぁ、そうだよな……」

 リパの神官でも大神官だけが使える蘇生術は、単純に死者なら何でも生き返らせるというような手軽な術ではない。むしろ普通は成功しない。成功するには、遺体がすぐ治せる状態である事と、なによりも死んだ直後でなくてはならないという制約がある。死んだその時、目の前に蘇生出来る大神官がいて、体が簡単に治せる状態なんてのは普通はまずない。病気で死んだ場合はまずすぐ治せないから論外だし、怪我なら死ぬくらいの怪我がすぐに治せる訳がない。今まで成功した例は大神官の横で心臓発作を起こしたとかくらいだから、余程の条件が揃わないと無理だというのが世間的にも知られている。

「そーよ、私だって最悪の事態になった時ってのをあの男から聞いてるわよ。その為に時間経過が遅い場所に『箱』だって作ってあるのよ、いざという時はそこに押し込めて保存しておくためにね!」
「保存……俺はモノなのか」

 シーグルが思わずぼそりと呟けば、女魔法使いは杖を彼につきつけて得意げに言った。

「モノ扱いされたくないなら、そういう『いざという時』がないようにして頂戴。もし死んだら問答無用で全力で蘇生の為に貴方の体を皆でいろいろいじくりまわしてあげるからっ。嫌なら何があっても死ななきゃいいのよ」

 すごい言い方だなと思いながらもそれには同意せざる得なく、助けを求めてこちらを見たシーグルに、エルは大きく頷く事で今回は助けを出さない事にした。




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 えぇ、アレなフラグが立ちましたね。
 



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