見あげる空と見えない顔




  【4】



 意識が沈んで、沈んで、沈んで……普通ならもう完全に眠りに囚われて意識がない筈なのにやけにクリアに思考が動くのは『彼』が現れるから。自分の内の中での会話は、いつも静かな魔法使いの姿が見えたところで始まる。

『……さて、今日は何が聞きたいんだい?』

 セイネリアが部屋に来なくなってから、シーグルは満月の度に剣の中にいる魔法使いに会う事を望んだ。金髪の魔法使いクノームの話では、シーグルの持つ魔剣の魔法使いはかなり『閉じて』いて出来るだけシーグルの意識に浸食しないよう、記憶が流れ込んでいかないようにしてくれているらしい。それがシーグルの為にしている事だというのはあの優しい魔法使いの姿や言動から考えて疑いなく、だからそれでも知りたい事があるならちゃんと彼に自分から聞かないとならないと思ったのだ。

『そうだね、どうして魔剣というものが出来たのか、か……ならその前に、我々が何故長い生に執着するかを教えようか』

 それは人間なら死にたくない、出来るだけ長く生きたいというのは普通ではないのかと思えば、魔法使いは苦笑する。いつも通り、こちらからの疑問は聞くまでもなく考えるだけで伝わっているようだった。

『はは、確かにね。だが一般人はその方法を知らないけど魔法使いは知っている、だから一般人のように諦められなくてあの手この手で足掻いてしまう訳さ。……まぁそれにね、我々は君らも知っている通り、基本的にはひたすら研究――自分の魔法理論を完成させて、より新しい何かを生み出す、もしくは新しい知識を得るために生きている。研究することはいくら時間があっても足りない、人間の生きられる時間では短すぎる。一つを知ればさらにその先、それを知ればまたその先と際限がない』

 その理屈はシーグルも理解は出来る、知識を追い求めていく内に、もっと時間があればと思うのは自然な発想だろう。と言っても、生物というのは生きる為に作られている。もっと生きたいと願う事自体は自然であり、別段不思議な事ではない。ただ問題は、その魔法使いが長く生きる為の方法な訳で――。

『そう――問題はそこだね。基本的に、我々が知っている延命の方法は二つ、魔力を使って体を持たせるか、他の魔力……というよりこの場合は生命力かな、を奪って自分のものにするかさ』

 相手の生命力を奪って……といえば、それはヴィド卿と組んでいたあの魔女、エルマがやっていた事だ。女性の命を吸い尽くして殺し、自分の若さを保っていた彼女はまさに『魔女』だった。

『うん、そうだね。他の人間から生気を貰うというのは一番簡単で効果的な方法だよ。……動物や植物からも取れることは取れるけれど効率が悪くて割りにあわないからね。でだ、人間の生命力を吸うなんて事をやったらそれこそ”一般人との共存”なんて絶対に出来ない、やったら完全に人間の敵だ。だから魔法ギルドはそれを禁止した、当然だね。ただこの方法にも、相手の命を奪い取るまでせずに大勢から少しづつ生気を吸うというやり方もある。主となる魔法使いと契約して命を繋げ、魔法使いはその人間から自力で回復出来る程度の生気を貰って、繋がった人間――皮肉も込めて信者と呼ぶ事が多いんだがね――は魔法使いからちょっとした魔法を使えるようにしてもらうんだ』

 そこでシーグルが思い出したのは別件で、騎士団の仕事としてドラゴン退治に出かけた時の事だった。結局ドラゴンは煙を操作して作ったまがいものだったのだが、それは領主の息子が魔法で作ったもので、しかも彼は他の魔法使いにそそのかされて領民から生気を集めていた。あれは信者という関係とは違うと思うが、領主の息子ネイクスも人々から吸った生気で成長を止めていた。それに信者というなら、確かエルマについていた者達も彼女と同じ蝙蝠の印が体にあったような気がするし、他にも襲ってきた魔法使いで一般人を使ってシーグルを襲わせた者はやはり信者という者なのかもしれない。

『そう、信者と魔法使いは、契約として体に共通の印を描いたり、なにかの魔法アイテムを持つ事で魔力を繋げるんだ。まぁこの方法は確かに相手を殺してはいないし信者達自身も納得しているんだが……魔法使い達がこぞって自分の信者集めをやったら、これも一般人に対して脅威となる、だからこれも禁止されている』

 確かにそれが許されてしまえば、一般人は皆、魔法使いの信者――奴隷となる世界になってしまうだろう。魔法ギルドの目的が本当に一般人との共存で、それが平等で平和な関係であるならこの方法も禁止せねばならないのは当然だ。

『さて、そうなるとギルドに所属するまっとうな魔法使いで長生きの者はどうしているかとなる訳だが……これも基本は二つ、単純に元から持っている魔力がとんでもなく強いか、運よく強い魔力を持った道具や動物、自然物等を見つけてそこから魔力を手に入れる事が出来たかさ。ただまぁ生まれつきそこまで大量の魔力がなくても、自分の魔力をひたすら体の維持にまわせば一般人よりはそれなりに長生きは出来るのでね、大半の魔法使いはそうしてる」

 となればつまり、シーグルや一般人が思う程には魔法使いというのは誰しもが長生きではないという事なのだろうか。それでも禁忌を犯せば生き延びれると分かっているから、エルマのような魔女が現れてしまうという事か。

『そうさ、まぁそもそも魔女って言われるのは禁忌を犯すのが女魔法使いの方が多いからで……それは女性の方が寿命を延ばしやすい事情があってね、まぁこれはいいとしてだ、それで限界がきて死を受け止めるしかなくなった魔法使いは今度はこう考えるのさ――自分の研究成果を残したい、それを誰かに使って貰いたい、出来れば引き継いで貰いたい――自分の身体を延命させる事は出来なくても、死なない物に魂を移せばこの世界から消えなくて済む、とね』

 それでシーグルは思いつく、つまり死ぬしかなくなった魔法使いがその魂を剣に移して魔剣となるのかと。

『そういう事さ。モノは生物と違って姿をまったく留められない程にでもならないと”死なない”からね、その中にいればずっと生きていられる。……いや、それを生きていると言えるかどうかは別だけれど』

 だがそれには疑問が残る。何故『武器』なのだろう、自分の研究成果を引き継いで貰いたいなら魔法使いの使うもの……杖とかにするべきじゃないのだろうか。

『実は面白い事にね、既に魔法使いである者に他人の魔力に同調させるのは難しいんだよ。余程相性がよくないと魔力が反発し合うんだ。魔力があまりないものの方がどんな魔法でも受け入れ易いから同調出来て力を使って貰いやすい。そういう訳で武器なんだ、武器を持つ者はまず魔法使いじゃないからね、それに武器には意識を集中してくれるからそれも都合がいい。剣が多いのは……やはり携帯性の良さと、いろいろ装飾やら諸々の加工がしやすいというのもある。後は使われたくない相手の場合は鞘から出せない、と出来るのが都合がよくてね』

 魔法使いの説明は理論的に納得出来て、成程、と思わせるものがある。だがここでシーグルはふと思いつく。出来るだけシーグルに対して記憶を閉ざし、影響を与えないようにしようとしてくれるこの魔法使いもまた、自分の力を使って欲しくて魔剣になったのだろうか、と。
 その疑問には、答えよりも魔法使いの表情がまず辛そうに歪んだ。

『そうだね……そうでもあるし、そうでもないかな。私はね、ただ先の世界が見たかっただけなんだよ。私がいたころはこのクリュースもまだあちこちで戦いが起こってたくさん人が死んで……この先に平和な時代が来るのだろうか、魔法使いと一般人が普通に暮らせる世界が本当にくるのか……それを見たかっただけなんだ。その為に役に立てるなら自分の力を使って欲しいとは思ったけれどね』

 それは確かにこの魔法使いとして納得出来る答えであった。どこか悲しそうな顔の魔法使いは、シーグルが納得出来たのを知ると僅かに笑みを浮かべた。

『実際のところ、魔剣になる魔法使いは……自分の魔力と研究成果に固執する者か、私のようにただその先が見たかっただけという者のどちらかだろうね。それにね、死にそうな魔法使いが全員魔剣になる訳じゃない。魔剣になる事が出来なかった、なる気がなかった魔法使いも多い。基本として皆一般人よりも長生きするからね、歳を取って、普通に人としての死ぬ事こそ自然だと納得してしまうものの方が実際は多いのさ』

 それはそうだろうとシーグルは思う。なにせそんなに魔法使いがどんどん魔剣になっているのなら、この世界にはもっとあちこちに魔剣がある筈だろうから。

『まったくだね。どちらにしろ魔剣の中にいる我々は本来こうして生きている……いや、意識が残っている筈ではない存在なのは確かさ。だから今のこの世界では私はただの傍観者だ……ただし、主となったものの意志によって多少力を貸す程度のね』

 あぁ、だからこそ彼は自分を閉ざしてこちらに出来るだけ影響が出ないようにしてくれているのだろう。彼という人間の考えと現状の繋がりが分って、シーグルとしてはこの魔法使いに対する信頼を強くする事が出来た。
 それを分かったのか、魔法使いは照れくさそうに……けれど少し悲しそうに笑った。

『私はそんな買いかぶられるような存在ではないよ。ただずっと……この中で私は長い間眠っていたからね、だからもう昔の事を忘れ過ぎてそこまで強い意識も記憶も残っていないというのもあるんだ。なにせもう、今では自分が何と呼ばれていたのかその名さえ思い出せないのだからね。既に自我さえあやふやになっていて……黒の剣の力を貰わなければ、こうしてきちんとした意志を持って君と繋がる事なんかなかったろうね』

 そう言った魔法使いの瞳はどこか疲れ切ったように遠くに向けられていた。




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 魔法使い側のお話を地味に進めてます。
 



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