過去となったモノ




  【4】



 結局、あのカフェでそこそこ時間を潰して、人々が仕事から帰ってくる時間になる前にシーグル達は店を出た。丁度ラークとの約束の時間も近かったのでそのまま道を上り、領主や大商人達の屋敷が並ぶ高台に向かった。

 少しだけ早かったが領主の館へ来ればラークはちゃんと迎えに出てきてくれて、いつも通り夕飯を取った後でお茶をしながら彼の話を聞いた。
 実のところ、兄弟として一緒に首都の館に住んでいた頃でさえ、あまりシーグルはラークと話をしていなかった。向こうがこちらに対して苦手意識があるようだったし、シーグルも避けられているのを分かっていたから無理に話しかけなかったというのもある。……どう話しかけていいのか分からなかったというのもあったが。
 それでもフェゼントがどうにか仲良くさせようとしてくれて、毎日必ず顔を会わせるようにはなって表情で彼の機嫌が察せるくらいにはなった。彼の方も、自分に対して口調はとげとげしいままだったが、胃薬を調合してくれたり、薬草を渡せば御礼をしてくれたりと、よそよそしくはあったがどうにかぎこちなくコミュニケーションが取れるようになった、という感じだった。

 ところが面白い事に、今シーグルは定期的にこうしてリシェの館に来てはラークの話を聞くようになった。兄弟として毎日顔を合わせていた時は避けられていたのに、今では彼の方からいろいろ自分に相談してくるようになった。それが嬉しかったから、セイネリアに頼んでこうしてちょくちょく弟のところに泊まりで来ているのだ。……セイネリアも一緒に、というのが条件なのは言うまでもないが。

「世の中、何がどうなるか分からないものだな。あれだけ避けられてどう接すればいいのか分からなかったラークが、今では俺にたくさん話しかけてくるんだから」

 部屋に入って、シーグルは呟く。
 シルバスピナの館の客間に泊まるなんて、最初は違和感がすごかったが流石に今は慣れた。ちなみにシーグルとセイネリアが同じ部屋に泊まる、というのもセイネリアが出したここへ来る条件の一つである。

「それは奴にとって、領主としての悩みを相談できるのはお前くらいだからだろう。ついでにお前になら魔法使いとしての事情も話せるし、何より……お前は秘密を守るという点でも、真剣に考えてくれるという点でも信頼出来る」

 部屋に入った途端、こちらにくっついてくるのはこの男のお約束だ。セイネリアは後ろから緩く抱きしめてきて、こちらのこめかみの辺りにキスをしてくる。

「信頼、と言われると嬉しいが……」
「ちなみに、信頼しているのはお前の事を嫌っていた頃からだと思うぞ」
「嫌っていたのに信頼してくれていたのか」
「だろうよ。嫌いでも、お前くらい信頼出来る人間はそうそういない、というのは分かっていたと思うぞ。だからこそ嫌いだったのかもしれないが」
「よく分からないんだが」
「そういう事もある」

 大人しく彼の腕に収まっているせいか、話しながら上機嫌でこちらの耳たぶや首筋に唇を押し当てたりしてきていたセイネリアは、憮然としたこちらの顔を覗き込むと楽しそうに笑った。それでシーグルも彼のほうに向き直る。

「というかお前、俺達の話をただ黙って聞いていなくてもいいんだぞ。先に寝てようが、庭で剣を振ってようが好きにしてて構わないし、ラークが部屋に酒をもっていってもいいと言っていたろ」

 ラークとの話中、セイネリアは部屋の中の少し離れたソファでただ黙って待っているのがいつもの事になっていた。彼いわく、絶対に話の邪魔はしないし、話の内容を他言もしない、そもそも聞き流すから頭には残らない――という事で、こちらの話し中は一切声も出さずに完全に彼は空気になっている。最初は彼の見ている前で話す事を嫌がっていたラークも、今ではまったく気にしなくなったくらいだ。

 シーグルとしては、本人にとって興味もない話を何もいわずただ聞いているだけの状態はいくら何でも退屈ではないかと思うのだが。しかも相談事だからかなり長くなる事もあるので、よく何もせずに待っていられるものだと思う。

「別に退屈でもないぞ。それに一人で部屋を酒を飲んでてもつまらんし、領主ご自慢の温室も俺は興味がない、鍛錬も俺にはあまり意味がないし、お前が付き合ってくれるのなら楽しいが、そうでないならやる気にならない」

 彼の言い分からすると、全て自分が一緒でないのなら何をするにも意味がない、という事なのだとは思うが……。

「といっても、ただ座ってじっと興味のない話を聞いてるだけなんて……結構辛いと思うんだが」

 シーグルはじっとしているより体を動かしていたいタイプであるから、無為に時間を過ごしてただ待つなんて事をするくらいなら外で鍛錬なり馬の手入れでもしていたいと思ってしまう。挨拶程度の会話を待つくらいならまだしも、夕飯後から深夜まで掛かる事がある自分に関係ない話を、何もせずただ聞いてるだけなんて苦痛以外の何物でもない。

「話はどうでもいいが、お前を見ているから退屈はしない」

 シーグルはちょっと眩暈を覚えて頭を押さえた。
 そうだったこいつはそういう男だ――とは思っても、彼とも長い付き合いであるから今更それで怒鳴ったり呆れたりする気はない。というかそもそも、考えれてみればこれだけ自分にだけ執着してくる彼としては、いくら同じ部屋にいるとしても無視されてずっと別の人間と話している状況を許している事の方が驚きではないかと思うくらいだ。

「本当にお前は何でも俺中心なのか……それでよく、俺がお前を見ないでラークとばかり話しているのを黙っているものだな」

 以前の彼なら、彼の相手をしないでシーグルが別の人間ばかりを構っていると不機嫌になっていた筈だ。だが考えてみればいつの間にか、セイネリアはそこまでシーグルが他の人間と話しているのに文句を言わなくなった。例外の人物もいる事はいるが、少なくとも下心がないような相手とのやりとりには文句を言わなくなった。

「仕方ないだろ、お前が彼らと話せる時間は限られてる」

 それを聞けばまた、あのカフェで感じた心がすぅっと冷たくなる感覚を感じて、シーグルは苦笑する。

「……そうか、そうだな」

 声が沈んでしまうのは仕方ない。覚悟はできていた筈だ――と思いはしても、少しづつそれが現実として近づいてくれば寂しさを感じてしまう。現にもう、ラークと自分は見た目と年齢が逆転してしまっている。彼は自分を兄と呼んでくれるが、見た目は誰がどう見ても彼の方が年上に見える。
 多くの魔法使いがやるように、歳をとるのを遅らせる事はしないと彼は言っていたから、いずれは彼が先に旅立つだろうことは分かっている。
 そうして考えて黙ってしまえば、唐突に抱きしめてきていたセイネリアの腕に力が入った。

「なに、もう少しすればお前を独占できるのが分かっているんだからな、焦る必要はないというのが理解出来ただけだ」

 顔の傍でセイネリアがそう言ったかと思ったら、シーグルの足が床から離れる。

「おいっ」

 やられた、と思った時には彼に抱き上げられていて、シーグルはやたら上機嫌な男の顔を見上げるハメになった。こうなるとジタバタしても無駄な体力を使うだけだと分かっているから、さすがにシーグルも今は暴れたりはしないが、目だけで抗議はする。……彼はまったく気にした様子はないが。

「なぜお前は行動する前に聞かないんだ」
「お前がうじうじ考えてなかなか寝ようとしないのが悪い」

 そうしておろされたのは予想通りベッドの上で、シーグルは溜息をついたものの、すぐ上から近づいてきた彼の嬉しそうな顔を見てから目を閉じた。
 最初のキスは軽く。
 前と違って、がっつくようにこちらを貪りにこなくなった彼は、出だしからこちらの意識を奪うようなキスはあまりしてこなくなった。

「ずっと大人しく待っててやった褒美はもらってもいいだろ?」
「……まぁ、最初からそのつもりだからいいが」

 セイネリアが大人しくこちらの会話中待っててくれるもう一つの理由は、ここへ来た時は大抵シーグルが大人しくその夜は付き合うからだろう。なにせシーグルとしては自分側の『お願い』を聞いてもらったのなら、相手側の『お願い』も聞くべきだろうという気持ちがある。それもあってセイネリアは、シーグルが頼み事をするといつも嬉しそうに2つ返事で了承してくれる……というのはある。逆に、お返しが分かっているからこそ、シーグルもお願いが素直に出来るというのもあるから、まぁ、お互い様だ……と思う事にしていた。




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 次回は軽めのエロがあってまとめて終わり……予定。
 



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