知らなくていい事
将軍と側近での二人。二人のいちゃいちゃ+セイネリアが裏でちょっと動きます。



  【2】



 将軍府の執務室、本来ならここにセイネリアがいる時は必ずいる筈の側近用の席は空いていた。今日はシーグルが週に一度騎士学校の講師をする日であるから、少なくとも夕方までは彼は帰ってはこない。
 何も問題がなければこっそり彼の講師ぶりを見に行くときもあるセイネリアだが、今日はそういう訳にはいかない。執務室にエルとカリンを呼んで、彼がいない間に済ませておきたい話をしていた。

「名前はクラタク・カラン。孤児としてリパ大神殿で育った大神殿所属の神官ですが、20日前に城内担当としてやってきています。いかにも神官らしい物腰の柔らかい人物で評判も悪くはありません。ただ元からあまり笑わない、無口で真面目な人物だとは言われているようです」

 カリンのその報告は見ただけで予想出来た事ではある。いわゆる真っ当な善人ではあるのだろう。だからセイネリアも、彼がもしシグネットに対して恨みのようなものがあったとしても危害を加えよるような人間ではないと判断した。

「それで、そいつがシグネットをよく思っていない理由は分かったか?」
「今のところはまだ。大神殿育ちという事ですので、その関連で調べています。元から無口であまり友達付き合いもないという事で、調べ難いようです」

 そこでセイネリアが考えるように机の上を指で何度か叩けば、そこまで大人しくしていたエルが肩を竦めて言ってきた。

「それさ、いっそ本人に聞いたらどうだ?」

 セイネリアはそれに、付き合いの長いアッテラ神官の顔を見て言ってやる。

「……やはりそれが手っ取り早いか」

 実をいうとそれもあってエルを呼んだというのもある。エルはセイネリアの前にやってくると長棒で軽く床を叩いた。

「真っ当で真面目なリパ神官ならさ、こっちも何で知りたいか事情をちゃんと言えば話してくれんだろ。あ、勿論お前が直接聞くのはやめとけよ、相手ビビッて話どころじゃなくなっから」

 な、と笑って言ってくる彼は、最初からそのつもりだったのだろう、そこから即自分を指さしてこう言ってきた。

「脅さずに誠意をもって話すとなったら……ま、俺だな」

 思わずセイネリアの口元が緩めば、エルは得意気に腕を組む。

「かわいー弟のためなら仕方ねぇ、俺がきっちり聞いてきてやんよ。ウチの将軍様が、シグネットに向けて笑ってないあんたを見て何かあるのか気にしてる、事情があるなら教えてくれってな」

 エルは言いながらちらっとこちらを見る、セイネリアは喉を揺らして笑いながらも、頼む、と言った。

「任せとけ」

 だがそれで嬉しそうににっと笑ったエルに、セイネリアはわざと意地悪そうに言ってやった。

「ただおそらく、今回のお前の働きはシーグルに教えてやる訳にはいかないと思うぞ。だからあいつから感謝される事はないと思え」

 それに、む、と顔を顰めたエルだったが、言わなくても彼だってそれくらい予想出来ていた筈だから彼のその表情はわざとだろう。

「ちぇ、ま、いーよ。こっそり弟のために動いてやるのも兄ちゃんの役目だ」
「なら今週末に騎士団へ報告を聞きに行く役はお前がやれ。その時ついでに声掛けて話してくればいい。俺からの用事があると言えば断らないだろ」
「そらー恐怖の将軍様の用事とあっちゃな」
「名を聞いて怯えた場合はフォローを頼む、慣れてるだろ?」
「おー、すっげぇ慣れてるわ」

 エルとの話はそれで終わりだ。だからあとはカリンに言う。

「お前は引き続き神殿周りで調べてくれ。あとフユに、シグネットと例の神官が直接話す事がないようにしろと言っておけ」

 それにはエルが口を挟んだ。

「まともな神官なら、まさか子供に直接恨み言をいいやしねぇだろ」

 確かに、まだ子供のシグネットには、いくら恨みがあっても神官が何か言う事はないだろう、だが。

「シグネットが気づいてる。あの悪ガキならこっそり抜け出した後、本人に理由を聞こうとするかもしれない」

 それにエルが頭を押さえ、カリンが、そうですね、と苦笑した。
 シグネットはまだ子供だが、立場と教師のせいもあってそういうのには敏感だ。シーグル譲りともいえるが、父親と違って自分に対する感情には更に敏感だからセイネリアとしてはそこは息子を見習ってほしいと思うくらいである。

「とにかく、今回の件は早く終わらせるぞ、ヘタに話が広がる前にな」

 今はまだあの神官も城に出入りするようになったばかりであるから、多少不審に思う者がいても問題にまではしない段階だろう。だがこのまま放置すれば必ず噂が出始めるし、シグネットが愛される王である故に誰かが本人を問いただす事になるだろう。
 セイネリアとしてはシーグルとシグネットは当然として、出来れば彼等に近しい者達に何も知られる事なくこの件を解決しておきたかった。







――っていうマスターの気持ちは分かるんだけどな。

 考えながら、エルは首を左右に振って筋肉を解した。やっぱり城だ騎士団だと堅苦しいところはいるだけでも疲れる。さすがにエルも立場上最初の頃みたいに、そういうとこへは絶対行かない、とは今は言わないが苦手感が克服出来た訳でもない。

 騎士団は一応将軍府の配下になるため、将軍府内の地位ある者が週に一度は行って視察と現状報告を聞く事になっている。初期の頃はセイネリア自身が行く事も多かったが、最近は殆どキールかカリンだ。ただセイネリア以外ならソフィアがついて行く事になっていたから、そらーなんか悪だくみしてたらバレバレだよなぁ、とエルとしては思うところだ。
 勿論、今回もソフィアがついて来ている。
 彼女は将軍府の警備の要でもあるが、今日はあっちにセイネリアが一日いるから問題ない。

「んで、例の神官がどこにいるか分かるか? 一人でいる時に話しかけられたらベストなんだけどな」

 エルが騎士団側の用事を済ませている間、ソフィアには神官の居場所を探してもらっていた。普通なら城内は千里眼も転送も使えないが、彼女は限られた城内の断魔石の穴の場所を知る人間であるためある程度移動も見る事も可能である。

「はい、ただ一人ではありません。他の宮廷神官達と一緒みたいです」
「うー……ん、そっか、どうすっかなぁ」

 他の神官にあの神官が将軍様の用事で連れて行かれた、なんてのを見られたら噂になるかもしれない。

「……なので、フユさんに頼んで誘導してもらう事にしました」
「お、そりゃ助かる」

 今はたまに弟子に任せているらしいが、フユは王様の影の護衛役として常に城内にいる。エルとしては団の頃からセイネリアの次に敵に回したくない人間だと思っているくらいなので、彼の有能さは疑いない。

「んじゃ、誘導後はそこに飛ばして貰えると思っていいんかな?」
「はい、勿論です」
「そら良かった……正直城内をうろうろ歩き回りたくねぇからな」

 一応エルの立場として城に入るくらいは問題ないが、うろうろ歩いていれば不審に思われるし、なによりあの雰囲気と、いつ貴族に会うかと考えただけでげんなりする。

「王様の方は大丈夫なのか?」
「はい、今は大人しく摂政殿下の仕事を見ている最中です」
「おー、それなら大丈夫だな」
「そうですね」
「勉強中だったら、こっそり授業の合間に抜け出す可能性があるらしいからな」

 それにソフィアと一緒になって笑っていれば、彼女が急に表情を変えた。

「あ、誘導出来たみたいです、飛ばしますね。話が終わったら迎えに行きますので」

 手の中にある冒険者支援石が光っているのを見るところ、フユが呼び出し石を使って知らせたのだろう。

「おう、頼む」

 言えば彼女はにっこり笑って、エルの体に手を触れた。
 そうしてふっと軽い浮遊感のようなモノを感じたかと思えば、景色が移り変わって……。

「誰ですか?」

 いやいや飛ばすにしてもいきなり本人の目の前は勘弁してくれよ――とエルは頭を抱えたくなったが、今そんな事を愚痴ってる余裕はない。気を取り直して、相手に軽い笑顔を向ける。

「俺は将軍府の人間でね、一応あのおっかない将軍様の補佐って事になってる、エルラント・リッパーだ」

 思った通り相手の顔が強張る。いやそら将軍様関連ときたら怯えるよなーと思いつつ、エルは出来るだけ気さくに見える表情を作った。

「あー、特にあんたに何かしようとして来たわけじゃないから、そこは心配しないでくれ。ただちょっとウチの将軍様がさ、あんたが王様を見ていた時の顔を見て何か事情があるんじゃねーかって気にしてる訳なんだ。あれであの人は王様をめちゃくちゃ大事にしてて心配してっからさ、少しでも不安要素があれば確認しておきたいんだよ。あんたが問題行動を起こすような人間じゃないと分かってるけど、念のため何かあるなら聞かせてもらえないかな?」

 ちなみに一応エルだってこれだけこの地位にいれば、改まった話し方だって出来る。だが今回は気さくな話し方の方がいいと判断しただけだ。
 そのせいもあるのか、こちらを警戒していた神官も話してる最中に表情の強張りが解けていくのが分かった。ただこれは話の内容のせいだろうが、その顔はどんどん思いつめたものにもなっていって、エルとしては『事情』とやらが相当辛い話のようだと思わずにはいられなかった。
 それでも神官は暫く考え込んでから、その悲し気な表情のまま口を開いた。

「そうですね、お話します、実は――」




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 神官の事情は次回。
 



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