仮面と嘘と踊る人々




  【15】



 騎士団の英雄と呼ばれた前ナスロウ卿の墓となれば、もしセイネリアの師でなかったとしてもシーグルとしては出来るだけの敬意をもって墓参りをしたいと思うくらいの人物だ。だからふざけるなどもってのほか、なのだが。

「馬鹿おいっ、だから抱き上げるな」

 キスだけで飽き足らない男が、抱き寄せられたと思ったらそのまま持ち上げようとしてくれた。今度は膝で彼の腹を蹴って離れようとすれば、セイネリアはまったく効いてないながらも笑って一応下ろしてはくれた。

「師の墓前くらい、真面目にしたらどうだ?」

 シーグルの認識としては墓前というのは故人そのものを前にするのと同じだと思っている。相手が友人ならともかく、師の墓だというなら相応の礼儀に準じた態度でいるべきだろう。
 ……勿論、セイネリアはこちらの言葉にまったく気にした様子はないが。

「いいじゃないか、生前のジジイの前では真面目にやってたしな」

 気にするどころかやたらと楽しそうにいう男を見ればシーグルは頭が痛くなる。

「真面目か……これだけ主に対して失礼な口を利く従者は見た事ない、と言われたお前がか?」
「鍛錬は真面目にやったぞ」
「鍛錬だけは、なんだろ」
「まぁ、間違ってはいない」

 セイネリアは笑っている。というか本当に酔っぱらってでもいるのかと思うくらい(こいつは酔う事なんかないが)楽しそうに見える。
 思わず、なんだこいつは、とシーグルが考えるくらいに。頭のネジが飛んだのかと疑うような、なんだか不気味なくらいに今の彼はテンションが高い……と、そう考えてから改めて思う。

――そうか、こいつ浮かれてるのか。

 しかもそれは昨夜から継続中だ。シーグル以外の人間に彼がこんな状態になる事はないが、シーグルにはこんな彼にも覚えがある。まったく何にそんな浮かれているのか……考えても、舞踏会でいろいろあり過ぎたのもあって原因が絞れなかった。

 そうすれば未だに浮かれてる真っ最中の男は、ぴったり体をつけてきてからこちらの耳元に囁くように言ってくる。

「シーグル、墓標の名前をよく読んでみろ」

 言われて読んで、すぐにシーグルはセイネリアが何を言いたいかに気が付いた。
 墓石に刻まれた名はサエゼリ・ナク・クロッセス・ボード・ナスロウ。シーグルが顔を彼に向ければ、彼はこちらににこりと笑いかけて言ってくる。

「騎士になる時にどうしても姓をつけろといわれたからな、ジジイからもらったのさ。ジジイはエンシャルの民、黒の部族の出身だった。ナク・クロッセスが本名で、黒の一番という意味だそうだ。俺に似合うだろ?」

 それには呆れ半分だが同意する。

「そうだな」

 ともかく、前ナスロウ卿という存在がセイネリアにとってとても大きな影響があった人物だったことは間違いない。基本的に他人はどうでも良くて、人に借りを作るのが大嫌いな男が他人の名を貰おうなんて思ったのだから、師には恩だけでなく敬意や感謝の想いを持っていたのだろうと思われる。……当時の彼がどこまで自覚していたかは知らないが。

 そんな風に考えていたら、今度は唐突にセイネリアが肩を掴んできて彼の方を向かされた。

「という事でシーグル、少し付き合え」

 何をだ? 既にここまで付き合ってるだろう――と声が出る前に手を組まれて体を引き寄せられた。あまりにも突然過ぎて彼の意図がまったくわからなかったシーグルだったが、組まれた手を持ち上げられて歩き出したから気が付いた。

 セイネリアはここでシーグル相手にダンスをしようとしているのだ。

「え? おいっ、何やってるんだお前はっ」

 勿論踊りのパートは、このところ散々付き合わされたシーグルが女役をやる前提だ。離せと身をよじってみるが、セイネリアが手を離してくれない以上シーグルに逃げるという選択肢はなくて付き合うしかない。

「離せっ、何考えてるんだ」
「暴れないでちゃんと踊れ、もう忘れたとかは言うなよ?」
「男同士、しかも鎧同士で踊るとか相当ヘンだろっ」
「なんだ、ならヘンにならないようにちゃんとドレスを着てくれるのか?」
「着るかっ」
「着てくれるならカリンに言ってすぐ持ってこさせるぞ」
「だから着ないぞっ、それにお前、そんな事のために水鏡術の石を使う気じゃないだろうなっ」
「勿論使うさ、あとは誰か魔法使いに頼めばすぐ届くだろ」
「お前はっ、俺にドレスを着させるためだけにどれだけ手間をかける気だっ」

 ……と、こんな調子で鎧を着た騎士二人が踊っているのだから、ハタからみたらとてつもなく異様な光景だったのだろうとシーグルは思う。セイネリアは更に調子に乗っていて、ダンスが練習の時のものよりも大袈裟に……まるでシグネットとやっていたような踊り方になってシーグルは完全に振り回されているような状態になった。怒鳴っていたいたシーグルも、それに付き合っていればさすがに息が続かず声が出なくなっていく。

 そうしてさんざん踊らされた後、始まった時と同じく唐突にセイネリアはダンスを止めた。ついでに終わった最後のポーズからこちらを抱きしめた。当然、シーグルはその時にはもう怒って引き離そうと暴れる気力も体力もなかった。
 なんだかもう、なるようになれという状況で、抱きしめられた状態のまま、耳元で笑う彼の笑い声を聞いている事しか出来なかった。
 そうしてさんざん楽しそうに笑った後、彼がまた囁くように聞いてきた。

「疲れたか?」







 腕の中で疲れ切ったのか何も抵抗をしなくなったシーグルを抱きしめて、セイネリアは彼に、疲れたか、と聞いてみた。

「……あぁ、疲れた。もう踊るどころか文句を言う気力もない」

 だからそのまま彼を抱き上げたが、彼は本気で疲れたのか大人しく抱き上げさせてくれた。ただし、抱き上げて顔を見た途端、じとりと抗議するように睨まれたのは言うまでもない。

「怒っているのか?」
「……怒るより、呆れた」
「そうか」

 そこで思わずククっと笑ってしまったのは、シーグルの反応に対してではなく、自分のこの行動のおかしさに対してだ。我ながら今日の自分は相当おかしいと思いつつ、楽しく堪らないのだから仕方がない。

「あのジジイはな、ジジイになってから初めて好きな女が出来たんだ」

 そう言えば、シーグルは睨んでいた目に少し困惑を混ぜた。

「問題はその歳の差でな、孫みたいな歳の娘を好きになった。だから、互いに好きあっていても二人が結ばれる事はなかったのさ」

 物語とすれば確実に悲恋の物語というところだろう。お堅い老騎士とその老騎士を暗殺するために送られた娘の物語は、互いに相手を想い、優先するが故にハッピーエンドは迎えられなかった。いや……悲恋の物語として美しく締めるのならば、死して結ばれたと言うのかもしれない。勿論、セイネリアとしてはそこまで詳しくシーグルに話すつもりはない。彼に余計な同情をさせる気はなかった。

「ただその二人――お堅くて気難しいジジイと、愛情を感じた事がなかった娘が、ダンスの見本だといって踊ってみせた時……本当に、幸せそうだったのさ。だから俺も、お前と踊ってるのは幸せそうに見えるかと思ってな」

 やはり二人の話に同情したのか神妙な面持ちだったシーグルは、その言葉で顔を顰めた。

「つまり、お前は師に、自分は今幸せだって見せたかった訳か?」

 セイネリアは笑って彼の頭にいつものように鼻を埋めた。

「あぁ……そうかもな」

 そうすればシーグルは文句を言わず、ただ溜息だけをついて黙った。
 セイネリアはそんな彼の額に触れるだけのキスをしてから顔を上げて墓石を見た。

 セイネリアには生まれた時から父がいなかった。だからおそらく、師であった森の樵とナスロウ卿を自分は父のように感じていたのかもしれないと今更に思う。他人などどうでもいいとしか思っていなくても、彼等が気のすむようにしたかった、彼等に何かを返したかった。当時は受けた恩=借りは返すくらいのつもりだったが、自分はきっと彼等を父のように慕ってもいたのだろう。

 だから、今の自分は幸せだと、それは『彼』がいるからだと、息子になれといってくれた男に見せてやりたかったのだ。







 城の広間の一つで幻の影が踊っている。
 それはもう何年前の事になるのだろう……かつて実際ここであった過去の映像だ。

「このドレスを着て踊っているのが父上とは……確かに母上が言うだけあって俺より全然綺麗で似合ってるな」

 シグネット――正式には現在は父の名を継いでアルスオード2世となった彼は、一応将軍府付属の元父の部下であった魔法使いに嬉しそうに言った。

「そりゃぁ〜見た目もですが立ち居振る舞いも大きいですしねぇ」
「それは分かる、俺の踊り方は酷かった。あれは確かに母上が怒るのも無理はない」

 元は父付きの文官だった魔法使いキールの能力は、過去実際にあった出来事をこうして映像として見せられる事。だから吟遊詩人から父の本当の話を聞いた後、こうしてたまにその力を使って父の姿を見せて貰っているのだ。
 本当は父だけではなく、将軍の姿も、とは思っていたのだが……どうやら剣の魔力の影響で将軍の姿や声は魔法による場面再現は殆ど出来ないらしい。
 よく見ればぶすっと不機嫌そうなドレス姿の父に、クスクスと笑みを浮かべながら見ていたシグネットは、キールの呆れたような声にそちらを向いた。

「まぁぁったく、将軍様の顔が見せられないのがざぁんねんでたまりません。そりゃもう口元がにやにやにやにや……笑いっぱなしでしたからねぇ」
「知ってる」

 そう返せば魔法使いは、おや、と片眉を上げた。
 こうして映像で見れなくてもシグネットはちゃんと覚えている。なにせ入ってきた時、将軍があまりにも楽しそうに踊っていて、当時はその相手がカリンだと思っていたから、そんなにその女性が好きなのかと思ったくらいだったから。

 だから、それが本当は父であったというならわかる。どれだけ将軍が父を好きだったのか、父と将軍がいつもどんな感じで過ごしていたのか、それがすごくわかるのだ。

END.



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 これでこの番外編は終了。ちなみにキールから、将軍府や馬車の中の二人を見せるのはNGといわれてます。(いつヤってるか分からないので)
 



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