仮面と嘘と踊る人々




  【5】



 シーグルだってまったく疑っていなかった訳ではない。
 こちらにわざわざ女性パートを踊らせていたから、もしかしてこいつ俺に女装させるつもりなんじゃ……と警戒はしていたのだ、一応。
 ただ当日になって、当然のようにいつもの鎧姿で出かけようとしてもセイネリアは何も言わなかったし、カリンがちゃんとパートナーとしてドレスアップ着てついていたし、そこで安心してしまったのだ。

「結局あいつはこれが目的だったのか……」

 シーグルが呟けば、周囲が皆苦笑する。

「えーぇ、そりゃぁそうでしょう。あぁの男のご機嫌ぶりを見れば、これくらい企んでいるのは分かるかとぉ思いまぁすが」

 キールがやけに浮かれた声で言いながら、荷物から何やらアクセサリーらしきものを取り出して睨んでいる。……そりゃまぁ確かに、セイネリアがやたら機嫌がいい時は何かたくらんでいる時、というのはシーグルだって重々承知しているのだ。

「あの、シーグル様……こちらを」

 カリンはドレスの下にいつもの服を着ていたようで、さっと脱いだドレスをこちらに差し出してくる。

「俺に拒否権は……ないんだろうな」

 一応聞いてみれば、カリンは申し訳なさそうに言ってくる。

「はい、大変申し上げにくいのですが……やらなければナスロウ卿との詳しい話はしてやらないぞ、とのことです」
「あいつは……」

 シーグルは眉間を押さえた。
 つまりだ――カリンのドレスがやけに肌を見せないつくりになっていたのも、ベールまでつけて顔が分かりにくくなっていたのも、自分と同じくらいの背になるような高いヒールを履いていたのも、全部途中でシーグルと入れ替わる予定だったからという事だろう。

「どうしますか?」

 彼女が悪い訳ではない、それは分かっているのだが、シーグルは思わず彼女を睨んでしまう。けれどそれにも苦笑しか返せない彼女を見れば、大きくため息をつくしかない。

「……分かった、女装くらいしてやる」

 だがあとで見ていろ、とシーグルは黒い男のしたり顔に思う。

「そーれではまずちゃぁっちゃと鎧を脱いでくださいませ〜。シーグル様の場合コルセットはなしでもいいかぁ〜って事であとはドレスを膨らませれば誤魔化せますしぃ」

 シーグルが了承すれば後は早い。鎧を脱ぐまではアウドが手伝って、そこからはカリンとソフィアがてきぱきとドレスを着せる。髪を整えるのは付け毛のせいで手間取ったが、あとは小物類を整えればあっという間に着替えだけは完了した。
 ただ鏡を見て、これでは髪の色が混ざっている……と思ったら、そこはそこで最後にキールが、カリンが先ほどまでつけていたのとそっくりな緑色の石のネックレスを差し出しながら言ってきた。

「って事でこれで髪の色と目の色を黒に見せられますのぉで〜」

――それでキールがいた訳か。

 もうここまでくれば何にも拒否をする気はなく、シーグルは大人しくそのネックレスを受け取った。








 摂政となれば、専用の小部屋だけではなく会場内に専用の椅子、というか会話用のスペースが設けられている。基本身分を気にしなくていい仮面舞踏会もここだけは別だ。とはいえこの手の席では流石に謁見の時とは違って砕けたスタイルでの会話をする場所として設置されているから、ちゃんと会話相手用にも椅子が設けられている。だからセイネリアはそれに座って、ロージェンティと仕事の話をしていた。ただセイネリアもこんな席でそこまで重要な話をする気もなければ、いつまでも彼女を拘束する気もない。打ち合わせというか確認程度の会話があらかた終われば、あとは軽い雑談になる。

「ダンスなんて久しぶりに踊りました」
「そうとは思えない流石の優雅さだったが」
「当然です、貴方と違って子供の頃から徹底的に教え込まれていますから」
「それはそうだ」

 セイネリアは軽く笑ってグラスの酒を飲む。

「……ですが貴方もなかなか堂に入っていましたよ。一部の者達はさぞ悔しがっていた事でしょう」
「まぁな、奴らの間抜け面は見ものだったぞ」
「それは私も見たかったですわね。流石に私の時に渋い顔など出来なかったようですし」

 ロージェンティと話をしたいと思う者は多くいても、セイネリアが傍にいればまず近づいてくる者はいない。だから彼女も遠慮なく貴族達に対して毒のある言葉を吐く事が出来る。

「そりゃな。奴らは俺に反感を持ってるだけであんたの事はちゃんと支持してる」
「相変わらず、貴方は自分が悪く言われるのは気にしないのですね」
「王室には喜んで従い、俺には恐怖で従う、それで丁度いいのさ」

 この辺りは何度もしたやりとりだ。その度に彼女は微笑と共にいつも言う。

「あの子を宜しくお願いします」
「勿論だ、約束は守るさ」
「そうですね」

 こういうところが母親という奴かと思うところだ。ただそこで、視線の先にレイリース――の恰好をした中身エル、が見えたかと思うと、彼はこちらの視線に気づいて軽く手を振ってきた。セイネリアは思わず笑いそうになる。手を大きく上げず顔の辺りまでで振っているとはいえ、あの動作はシーグルならしない。
 とりあえず、彼が出て来たと言う事ならそろそろなのだろう。

「ところで摂政殿下、他の方とダンスはされないのですか?」

 今度はわざと丁寧な言葉遣いで言ってみれば、ロージェンティは仮面をしてても分かるくらい顔を顰めて、皮肉たっぷりに返してくる。

「私をダンスに誘う度胸がある者など貴方くらいでしょう」
「それは寂しいことですな」
「別に、本当に踊りたい相手以外ならどうでもいい事です」

 そこでどこか遠くを見る彼女に、今度はセイネリアが苦笑して聞く。

「本当に踊りたい相手、か……勿論それはあいつ、なんだろうな」
「えぇ勿論。あの人以外となら別に踊りたいとは思いませんもの」

 そう言ってから彼女は思いついたようにクスリと笑って、こちらに言ってくる。

「貴方のダンスもなかなかうまかったですけど、あの人には敵いませんわ」
「そりゃ、生まれがな。それこそ習った年期が違う」
「えぇ、特にあの人は姿勢がとても良かったから」

 それは確かに。いつでも背筋をまっすぐ伸ばして立つ彼の姿を思い浮かべれば、セイネリアも自然と笑ってしまう。

「確かに、敵わないな」

 そうして視界の隅に、今度はやはりピンと背筋が伸びた姿勢のいい赤と黒のドレス姿が見えたから、セイネリアは摂政に別れを告げて席を立った。







 大人しく長椅子に腰かけているシーグルは、セイネリアが近づいていくと明らかに睨みつけてきた。
 それには笑ってしまいながら傍にいけば、彼女(彼)に話しかけようかとそわそわしながら周りにいた連中が散っていく。とはいえ人目はあるから、シーグルもいきなりこちらを怒って怒鳴りつける事は出来ない。彼は抑えて抑えて……セイネリアが横に座ってから、抑えつけていた怒りをこちらにぶつけてきた。

「騙したな」

 ボソっとそれだけの呟きと、あとはぎろりとこちらを睨む。だがセイネリアはそれにも上機嫌で笑いかけてやる。

「黒髪に黒い目もなかなかいいじゃないか」

 もちろんこちらも小声で。

「うるさい、最初から俺にこの恰好をさせたかったんだろ」
「似合うぞ」
「似合うからいいという問題じゃない。俺に黙って何かするのはやめろといった筈だな」
「だがこういうのは事前に言うよりサプライズでやったほうが面白いだろ」
「面白いのはお前だけだ」
「……いや、違うな。お前以外は皆楽しんでる」

 それには暫く沈黙が返って、シーグルは後ろにいるエルを見る。エルはそれにぐっと親指を立ててみせる。セイネリアとしてはいつものレイリースの恰好で、シーグルなら絶対にやらない動作をされると面白くて仕方がない。

「俺以外は皆グルな訳だな」
「そうだ」

 シーグルは盛大にため息をつく。だがこの恰好をしてここにいる段階で彼が既に諦めているのは明白だ。だから不機嫌そうに横を向く彼の手を取ってセイネリアは立ち上がった。

「ほら、いくぞ」

 一瞬、訳が分からないという顔をした彼も、すぐに分かったのか嫌そうに立ち上がった。

「覚えてろ」

 手を持って引かれながら、彼が一言そう言ってくる。セイネリアはその手を引いて彼の腰を抱いて引き寄せると両手を組んだ。

「踊れるな?」
「お前に付き合わされたからな」

 将軍セイネリアというだけでも目立つのに、大柄な二人が出て行けばどうしても人目を引く。それで周りから浮く黒い恰好をしていればなおさらだ。
 皆の視線が集まる中、音楽に合わせて二人は踊りだした。




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 ってことで現在のシーグルは黒髪黒目だったりします。
 



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