将軍府の人々
シーグルとセイネリア以外がメインの将軍府の日常話



  【5】



 今日の会議はどちらかと言えば報告会で、今期の大きな事業や法律の改正など、国として行った政策の報告をするための会議であった。そういう内容であるから出席者は議会の者だけではなく有力商人や神殿の代表等と言った平民出の有力者たちも呼ばれ、それだけはなく完全な一般平民さえ希望者から抽選で呼ばれているという、この国で言うところの公開会議と呼ばれるものであった。
 内容が内容であるから当然国のトップである国王と摂政は参加する。そうなればそれを守護する最高責任者である将軍セイネリア・クロッセスも参加しなくてはならない訳で、ただ最近は王が幼いころのように王座の傍にいるのではなく貴賓席の隅、他から少し下がった場所でその存在だけで会場内に睨みを効かせている、というのがいつもの事だった。

――とはいえ、皆から思いきり見える席っスからねぇ。見えないのをいいことにあの坊やにちょっかい掛けて遊んでる訳にはいかないスから……出席が面倒になったんでしょうスね。

 フユは苦笑して会議場の上――魔法による警備や、顔を明かせない特殊事情のある客用に設置されたバルコニーの特別席を見上げた。
 基本的にフユの現在の仕事は王の警護であるから、ここにシグネットがいる段階でフユもここにいるのは当然ではある。ただいつもならセイネリアが王の傍にいる時は、フユも付かなくていい事になってはいるのだが……今日はその将軍様はちょっとすぐに出てこれない場所にいて、将軍席には身代わりが座っているからフユも仕事続行となったのだった。

 それでもこういうところではフユだってすぐ出て行けるような近くで見ている訳にもいかないし、やはり将軍席にセイネリアがいた方がいざという時の対処は安心ではある……のだが。

「まぁ〜そぉろそろ王様を狙おうなんてぇ連中もそうそう出てこないだろうって判断したからというのもあるのでしょうねぇ」

 傍の魔法使いの間延びした声に、そうっすねぇ、と曖昧に返事を返してフユは議会場全体に一通り視線を投げた。
 こういうひらけた場所はフユでさえ隠れるのは厳しい。自力でなら一般招待客に紛れ込むくらいしかないのだが、そうなれば遠すぎて王に何かあった時にすぐ駆けつけるのが難しい。だからこの手の公の場所ではこの魔法使いの世話になって、幻術で姿を隠して貰うのがいつもの事ではあった。どちらにしろ魔法使いは魔法使いで別途王の警護をしている。ならば互いに協力するのが合理的だ。
 ただいくら幻術を使っているとはいっても、まさか王の席に直でいけるような場所に紛れ込む訳にはいかない。いくら見えないようにしてはいても魔法使いや一部の神官には見えているし、近づかれると一般人でもバレる。だから会議場全体を見渡せて、比較的すぐに王の元へいける場所で人のいないところ……壁際とか警備兵の近くの隅とかでの待機となる、今回は前者だが。堂々と表立って動けない役というのはこういう時に面倒ではあった。

「ま、ボスとは比較ならないと言っても、一応代理役の中身さんも王様の為なら反射的に命張って守るくらいはしてくれるでしょうスからね……」
「そりゃぁ、アウドさんですからねぇ。緊張でガチガチでく〜らくらしてても、愛しい主の息子さんになぁにかあったら体張ってくれるのは確実ですねぇ」

 なにせアウドはシーグルを守る為の人の壁になるという事でセイネリアと契約が成立したのだ。実際、ウィズロンの式典へ行く最中、シーグルと王を守るために言うだけの事はやっているからそこは疑いようがない。

「それもあっての人選なんスかね、やっぱり」
「そりゃーそうじゃないですかぁ?」

 フユもいい加減セイネリアとは長い付き合いではあるが、最近の彼は意図を深読みしていいのか、それとも単純に考えていいのか迷う事が多い。以前ならこちらの深読みの更に上を行ってくれるのが普通であったから、こちらが理解出来ない事でももっと深い意図があるのだと思って納得出来た。
 だが今は……。

「ボスは今頃上で楽しくやってるんスかね」
「そぉりゃぁもう♪」

 魔法使いに楽しそうに言われればポーカーフェイス代わりのフユの笑顔も引きつる。今のセイネリアにとっては何よりも第一は最愛の青年である事は間違いないのだが、それが度を越しすぎて、ただの色ボケ発言なのかもっと深い意図があるのかつかめない状態になっているのだ。

「何せ場所が場所ですからごっ機嫌でまぁだ全然人が集まっていない時間から待機してましたしぃ〜。横に座らせてべったりくっついてキスなり頬ずりなり匂いを嗅ぐなりベタベタベタベタベタベタしぃっぱなしぃでぇしたねぇ」

 フユはちょっと頭を押さえた。
 あのセイネリア・クロッセスであるからいくら行動は色ボケのフヌケ状態であっても、頭は冷静に動いている……と思っているのだが。

「もぉちろんシーグル様に怒られては謝って、謝りな〜がらもあちこち触って服のなかに手ぇ入れたりですねぇ〜いやぁもう楽しそうでしたねぇ……怒られるのが」

 あまりにもシーグル相手だと人が変わるあの男を見ていると、孫にデレまくる厳格な親父を想像してしまってまさか……と思う事がある。いや、それでも彼なら完全に頭まで色ボケしていない、筈、だが。

「ボスはあの坊やに怒られると楽しい……んスかね」
「さぁ、でも蹴られて殴られてもシーグル様相手だと嬉しそうですねぇ」
「……っスよねぇ」
「ヘンタイさんですねぇ〜」
「…………」

 まぁあの男が『ヘンタイ』かと言えばそれを否定は出来ないのはいいとして、どういう意味での『ヘンタイ』かはフユとして少々考えるところだ。

「も〜本っ当に貴族の皆さんやら兵士の皆さんがニッコニコでベッタベッタしてるあの男を見たら凍るんでしょうねぇ〜って考えると面白いですよねぇ」
「そりゃぁ……凍るでしょうスね」
「驚きすぎて意識が飛ぶかもしれませんねぇ」
「そうスね。見たものが信じられなくて意識飛びそうっスね」

 慣れてる俺らでも時折固まるくらいスから――とは言わなかったが、信じてもいても本気でセイネリア・クロッセスが色ボケしていると思ってしまいそうな状況は多々ある。

「なんてーか、最近ボスのはしゃぎぶりを見ると……ちょっと不安になることもあるんスよねぇ」

 ため息交じりに思わず呟いてしまえば、口調はいつも気楽な魔法使いはやはり気楽そうに言ってくれた。

「まぁ〜貴方が相方さんにちょっかい出してる時と同じよーなモノとして深く考えなくていぃんじゃぁないですかぁ?」

 フユの笑顔の仮面がまた少し引きつったのは仕方がない。







――ま〜確かにあの男を知ってる者程あれを見たら凍るでしょうねぇ。

 心中複雑そうにしている男を横に見つつキールはここへ来る前、上の席に二人を連れて行った時の事を思いだしていた……。

『シーグル』
『なんだ』

 いつもの仕事の時同様、座ったセイネリアの背後にシーグルが立った途端、将軍の不機嫌そうな声が飛ぶ。

『何故そこにいるんだ』
『ここがいつもの俺の位置だろう』
『今は側近も将軍もない。なんのためにわざわざここにいると思ってる』

 キールとしては……いつもの将軍と側近の恰好さえしないで私服、明らかにおしのびでここにいる段階で、律儀にその位置に立つシーグルの行動にセイネリア同様つっこみたい。とはいえもしかしたら分かっていてわざと嫌味でそこに立っている可能性もある。なにせこの真面目過ぎる青年は将軍様だけに対してはわざと意地悪く振る舞う事があるのだ。

『部下に面倒な仕事を押し付けておいて、遊んでいる気はない』

 あー……そっちですかぁ……本当にこの人は真面目さをこじらせてますねぇ――とキールはため息をついた。

『別に遊ぶ訳じゃないだろ』
『お前の傍にいくとお前が遊ぶだろ』

 まぁそりゃ間違っていませんけどねぇとキールはこっそり頷いた。

『ともかく、ここにいる段階で将軍の仕事も側近の仕事もなしだ。今日は問題が起きない限りここから見ているだけでいい』

 そこまで言えばまさにしぶしぶといった顔をしながらもシーグルもセイネリアの隣に座る。それだけでセイネリアの持つ空気は一変して、さっそくその手は愛しい青年の腰に行ってその体を引き寄せる。
 この国の恐怖の象徴である将軍閣下のまるで冗談のような機嫌の変りぶりにはキールでさえも脳内つっこみが追い付かないが、一応黙って引き寄せられているシーグルの顔は思いきり不機嫌そうだ。
 これはもう一喧嘩ありそうですねぇ――なんて思っていれば、案の定シーグルは冷い声で言った。

『人から見えない場所だといっても、いざという時にはすぐ動ける状態ではいなくてはならないのは分かってるな』

――あーそれはつまり、服を脱がすなってぇ事ですねぇ。

『勿論、分かってるぞ』

 と、ご機嫌な将軍様の声が返すが、その手はごそごとシーグルの服の中に入っていく。

『セイネリアっ』

 名前を呼んだ段階で完全にプライベートモードですねぇ……と思った通り、今までは冷静さを保っていたシーグルの声が明らかに怒りの声になる。

『ふざけるな、見えてなくても下には大勢人がいるんだぞ』
『なら声は抑えておけ』
『お前、さっき俺が言ったこと分かってないだろ』
『分かってるぞ、鎧じゃないなら脱がさなくても楽しめるから問題ない』
『問題ありだ、それに何を楽しむ気だっ』

 何をって……ナニですよねぇ――ともう慣れているから心の中のつっこみだけでスルーしていたキールだったが、さすがにこのままここに立っているのもいたたまれなくなってきた。というか、シーグルに対して申し訳ない。

『馬鹿、そこは……ン……や……ンンっ』

 楽しそうにシーグルの耳たぶを吸いながら、セイネリアの手は細い青年の腿と胸を探っている。いやそりゃもう何処触ってるかなんてわかり過ぎるので、キールはちょっと二人から目を逸らした、のだが。

『ン……』

 そこで唐突にシーグルの声もセイネリアの声も途切れてちょっと水音なんて聞こえてきたから、何が起こっているのか分かったキールはやはり目を逸らしたままでいた。セイネリアのキスはしつこいと常々シーグルが愚痴っているところからしてすぐに終わらないのは確定で、キールとしてはこのまま黙って逃げるか、一声かけて逃げるか悩んでいたのだが……ガッ、という鈍い音と共に、そこでまた唐突にキス終了イベントが起こったらしかった。

『まったく……お前は……いつもこれで俺を無理やり静かにさせようとするな』
『それで唐突に蹴るのかお前は』
『お前はそれくらいしないと止めないだろっ』
『俺相手だと本気で容赦がないなお前は』
『お前程容赦の必要がない人間はいないからなっ』

 この会話の困ったところは、シーグルの声は明らかに怒っているのだがセイネリアの声の方はやけに楽しそうな事で……これでは蹴られて喜ぶヘンタイと思われても仕方ないですねぇとキールは思う。しかもセイネリアは謝りながらもシーグルの体をぴったり引き寄せたままあちこち触ったりキスしているのだから本気で許してもらう気もないに違いない。
 とはいえ、これはいいタイミングだ。

『え〜、では私は下に参りますので〜会議が終わったら迎えにきまぁす』

 そこでばっとこちらを振り向いたシーグルの顔は赤くて、キールは主のそんなレア顔に眼福と手を合わせたい気持ちになる。どうやらこちらがいるのを彼は忘れていたらしい。当然将軍閣下の方はこちらがいるのを承知で見せつけていたので、すまし顔で片手を上げるだけだったが。


「まぁ〜……今までのあれこれが嘘のように平和ですねぇ」

 そうっスねぇ、と返事をしたフユの声が笑っていたことでキールもクスクスと笑い出した。




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 キールとセイネリアの回。二人とも茶化してるようで冷静に観察モード。だけどフユは最近少しセイネリアの言動に不安が(笑)。
 



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