強くなるための日々
シーグルがセイネリアから離れて修行中の時の話



  【5】



 将軍の側近であるレイリース・リッパ―は、鍛え直してきたいと将軍に訴えて少しの間休みを取った――というのは将軍府の者なら皆知っている話で、勿論王宮周りの連中も殆どが知っていた。
 だからセイネリアの傍にレイリースがいなくても誰も――一人をのぞいて――それを聞く者はいなかったが、彼がいない将軍府の中は微妙に緊張感が増していた。

 理由としてはやはり、セイネリアに対して唯一どんな文句でも言える存在というのは大きく、今までならどれだけセイネリアに言いにくい事であってもレイリースを通せばよいだけで済んだのが直接言わねばならくなった。いや、一応その場合もカリンやエルを通せばいいことではあるのだが、二人とも忙しいため優先順位の低そうな細かい事についてまでは取り合っていられない。
 レイリースは割合気軽に、下の者達がちょっと思った程度のことでも取り合ってくれて、いざとなったらその場で彼自身の判断で許可も出していた。彼がいなくてもある程度の意見が通るような制度は作っていったからまだマシではあるのだが、気楽に相談出来てあの将軍にも簡単に話が通るレイリースの存在は下の者にとってはかなり有難いモノだった。……勿論、幹部連中からしてみても、セイネリア相手に対等に文句を言える彼の存在は有難かった。エルに関してはレイリースがいないせいで気苦労が倍増しだと言ってもいい。

 そしてカリンは――まぁ私は純粋に仕事が増えた分くらいしか大変になった事はないか、と思う。

 後は彼がいない分、セイネリアの話……というか愚痴につきあう事が多くなった。つまるところ主の傍について主と話す時間が増えた。エルはそれが一番の問題だと騒いでいるが、カリンの場合は逆でそれは嬉しい事だった。
 例えプライベートな会話内容は半分以上レイリース――シーグルの話であっても、主と二人でいて話せる時間が増えた事はカリンにとっては無条件に良かった事である。

 特に夜、今日の報告をしながら夕食を共に取って、ついでに『レイリースの報告時間』まで彼の酒に付き合う時間がカリンにとっては一日で一番楽しみな時であった。

「顔を隠しているのに、向うでもあいつは人気者らしい」
「シーグル様は好かれる性格をしてますから」
「まぁな。だが本人は『正統な騎士の戦い方はここでは珍しいから皆手合わせしたがるんだろう』と言っていたが」

 カリンはそれにクスクスと笑う。セイネリアの方も明らかに機嫌がいい時の笑みを浮かべている。もうすぐシーグルの声を聞ける――というのもあって、この時間の主は一日で一番機嫌がよく、酒が入っているのもあってか割合饒舌になる。

「あぁ、そういえば最初の時は名乗ったらまず少し引かれたらしい。あの将軍の側近、という事でな」
「でしょうね」

 セイネリアが世間でどう思われているかを考えればそれは当然の事だろう。それでも皆からよく話しかけられる人気者になったのだから、それは本人の人柄のせいだと言えるのだが。

「ただあいつ自身は気楽に話せるタイプだと分かった後は逆に質問ぜめにあったそうだ。将軍は本当にそんな強いのか、恐ろしい男なのか、と」
「それでシーグル様はどう返していたのでしょう?」
「あいつも俺がわざと恐れられるように振る舞っているのは知っているからな、基本その手の噂話からきた内容は肯定したらしい。だからその後必ず『よくそんな奴の下にいられるものだ』と言われたそうだ」
「それには何と?」

 聞き返せば、誰からも恐れられる将軍セイネリア・クロッセスは本当に嬉しそうに柔らかい笑みを浮かべる。おそらくその頭の中には彼の愛しい青年の姿が浮かんでいるのだろう。

「『だが将軍は常に公平で公正だ。情を排して一番合理的で正しい判断を下すから冷たく思えるかもしれないが、信頼と尊敬に値する人物だ』……そう、答えたらしい」

 嬉しそうな主を見るのはカリンも嬉しくて、だから笑みが途切れない。そしてあの真面目な青年からそれを聞き出した時のやりとりも想像出来て、カリンはますます楽しくなる。

「その言葉を教えてくださる時、シーグル様はとても照れていたのではありませんか?」

 それには思った通りの答えが返ってくる。黒い男の少し意地が悪そうな笑みと共に。

「あぁ、照れて怒ってなかなか言おうとしなかった。それでも根負けして嫌々言ってくれたがな」

 やはりその時のやりとりが想像出来てカリンは笑う。それからグラスに残っていた酒を飲み干した。カリンはきちんと自分の分と言うのを弁えている、いつもきっちり時間を計って主の一番幸せな時間を邪魔しないように去る事にしていた。

「それでは私はそろそろ時間ですのでこれで失礼します。おやすみなさませ」
「あぁ、おやすみ」

 これからの事を考えて幸せそうに笑う主の顔を見て、カリンは部屋を出る事にする。それに寂しさをまったく感じないと言えば嘘になるが、それでも自分も幸せな気分で眠れるから不満はなかった。






 寝るための準備を全て終わらせて、シーグルは改めて双子草のある鉢の前に座る。相手は彼だと分かっていても、いつも最初はなんとなく緊張してしまうのは仕方ない。

「セイネリア、いるか?」

 絶対にあいつは時間前にいて待っている……とは分かっていても、最初はいつもまずそう尋ねる。そうすれば即、草が声を返してくる。

『あぁ……ぃるぞ』

 双子草で伝えられる相手の声はクリアとは言い難い。音の大きさに波があるし、最悪途切れることもあるが会話にはさほど支障はない。大抵は前後の話から補完できるし、聞き取れなかった言葉は聞き返せばいいだけだ。どうせ重要な話をしている訳でもない。

「たまにはお前の方から先に声を掛けてきてもいいじゃないか」

 やけに楽しそうな彼についそう返してみれば、セイネリアは更に楽しそうに言ってくる。

『俺が先に声……出して、お前の第一声が聞こえなかったら勿体ない』

――なんでこの男はこういう事を平然と言えるのか。

 彼には見えないからいいが、ちょっと顔を赤くしながらシーグルはそう思う。なんというか傍にいた時からもそうだったが、こうして声だけでの会話となると彼は益々恥ずかし気もなく、どれだけ彼が自分を想ってくれているかのアピールをしてくる。
 それ事態は嬉しくはあったが……やはりちょっと恥ずかしい、例え傍に誰もいなくても。

「分かった、毎回俺から声を掛ければいいんだろ」
『そうだ』

 それにクックと笑い声らしきものまでついてくる。彼は彼でこちらがちょっと恥ずかしく思っている事も予定通りなのだろう。

「まずは今日の報告だ。今日は朝食べ過ぎて……あまりにも腹がいっぱいで休憩していたら少し寝てしまった。おかげで午前は朝の鍛錬しか出来なかった」
『珍しぃな、お……えが居眠りとは。どれだけ食ったんだ』
「明らかな大盛り飯を出された。リッパー導師に少々脅されて……無理矢理食べた。いや、無理だと言ったら許してはくれたんだが……俺の限界の食事量を見たかったそうだ」

 それには言葉より笑い声が返ってくる。

『まぁ最初……無理矢理でも食べるしかなぃな。それで慣れろ』
「そう簡単にいうな。それで食えるようになればいいが……」
『お前はま……食う事に慣れろ。それと、食う事……楽しく思えるようになれ』
「楽しくか」

 シーグルは溜息をつく。無理矢理食べて楽しくなるのか、と。

『だがそちらで……生活は随分楽しそぅじゃないか。それにお前が居眠りを……くらいのんびりした気分になれているようだしな』
「うるさい、俺がのんびりしているのはお前がいないからもある」
『なんだ俺がぃると……ん張するのか?』
「あぁ、お前のいる時に居眠りなんかしたら何をされるか分からないだろ」

 それは当然嫌味のつもりでいったのだが、それさえもセイネリアは楽しそうに返してくる。

『そう……な、お前が居眠りなんぞしてぃたら勿論俺が何もしな……訳がない。髪にキスして、目元にキス……て、耳たぶを吸って、それでも起きなかったら喉を舐めてやる』

 彼が居直って肯定してくるのはシーグルも予想していたが、そんな話をされればぞくっとして思わず耳を押さえてしまう。

『胸元を緩めて喉から鎖骨……舐めて、指でお前の胸をまさぐってやろう。当然、服の下にぎり……隠れるくらぃのところを吸ってアトを付けておくな。……れでもまだお前が起きなかったら服の上からお前の腰を撫でて、それから足の間に手を滑らせて……ベルトをはず……て、直接お前の……』

 シーグルは顔を真っ赤にして怒鳴った。

「待て待て待てっ、それ以上はやめろっ、ふざけるなっ」

 本気でムカつくことに、こういう時でもセイネリアの声は落ち着き払っている。

『声しか届け……なくて実演でき……いからこうして言葉で説明してやってるだけじゃないか』

 これが冗談じゃなくその場にいたら本気で押し倒されそうで、シーグルはそれを想像しそうになってとめた。

「いくら他に人がいなくてもそんなのをわざわざ言葉にするなっ、どれだけヘンタイなんだお前はっ」
『なんだしーちゃん興奮し……った?』
「黙れっ、いい加減にしないと今日はこれでもう終わりにするぞっ」

 セイネリアは楽しそうに笑っている。あぁ本当にこの男は性格が悪い。

『それは困る』

 そうして、こちらが恥ずかしがって怒るのを分かっているくせいに、しれっとそう返事してくる。

「困ってろ。ともかく今日は寝るっ、俺はもう寝るからなっ」
『……仕方がない……寝ていいが鉢をベッドの傍におぃて……けよ』
「だめだ、寝てる間にとんでもない事を言われそうだ」
『あぁ……の手もあったな。寝入ったところでいろいろ囁いて……る』
「やったら絶対、二度と、鉢を傍に置いて寝ないからなっ!!!」
『冗談……だ。やらない』
「本当だな」
『あぁ、約束……る』

 セイネリアは約束は守る……筈だ。
 ただ自分に対しての場合『謝って済む』ような約束だと守らないこともある。そしてこの手のことに関しては、セイネリア的に『謝って済む』と判断しそうではある、だから。

「アウドとソフィアにも聞いて、部屋から一方的にへんな事話しているお前の声が聞こえたら寝るときに鉢にはカバーをかけてやるからな」
『分かった』

 さすがに彼的に絶対困るだろう罰があれば約束は守るだろう、とシーグルは思ってそこで安堵した……のだが。

『しーちゃ……お休み前の子守歌は?』

 それにはまた怒鳴る事になった。

「だからそれは嫌だと言ったろ、今日は諦めてさっさと寝ろっ」




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 放っておいたらセイネリアはどの段階まで話したのやら……。
 



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