かつて、あった風景
国王シグネットの小話



  【3】



『おやすみ、シグネット』

 綺麗な人はそういって微笑んでいた。思い出して、ちょっと口元が緩んでしまって、それに冷たい視線――確実にメルセンだ――を感じてシグネットは姿勢を正した。
 護衛官であるグス達が父を思い出す度に『お美しい』『麗しい』『綺麗な』という言葉を付けて話していた通り、父は確かにとても綺麗な人物だった。自分とよく似ていたけれど全然違う、というのも分かる。中身の違いというか……とにかく何か、纏っている空気が違い過ぎて父を自分と同じ顔とは思えないのだ。
 とはいえ、その空気感、というのはシグネットもちゃんと覚えていた。勿論赤子の頃の実際父に抱かれていた時なんて覚えていないが――シグネットは一度だけ、自我が芽生えてから父を見た事がある。

 鎮魂祭でたくさん人がいる中、馬上に現れた甲冑の騎士。確かに聞いた、謝罪と母を頼むという言葉それ自体は覚えていても、その時の声はもう思い出せなくなっていた。姿も確かに見た筈なのにどんどん記憶は薄れてしまって、あの印象的な青い瞳とその空気感だけしか覚えていなかったから……それが今回、キールの魔法でくっきりとした映像と声で補完された事になる。
 実を言うと、おぼろげな記憶の中でレイリースの声であの時の言葉を補完しようとしてみたりもしたのだが、どうしてもうまく当てはまらなくて――考えればそもそも違う声なのだから当たり前だった訳だが。今回聞いた声ではぴたりと当てはまって全てが鮮明になったから、我ながら無駄な努力をしていたものだと馬鹿さ加減に脱力する。

――そういえば、あの時の父上の姿の感じは……今回キールが見せてくれた幻像の人々と同じだった気がする。

 だからもしかして、あの時呼ばれた父上の魂の姿というのも本当はキールの術だったのかもしれない。あれ以降何度頼んでもアルワナ神殿でもリパ神殿でもシーグルを呼ぶ事は出来ないと言われたから、実際はキールの企み……いや、企んだのは将軍なのかもしれないとシグネットは正しく推測した。

 * * * * *

「陛下、今日はいつにもまして上の空だったのではないですか?」

 会議が終わって部屋から退出すれば、さっそくメルセンが傍に寄ってきていつも通りの小言を言ってくる。

「大丈夫だ、どうせ今日の会議は報告を聞くだけだし」
「陛下、聞くだけだから適当でいい、という話ではありません」

 そこでシグネットは足を止めると、横にいたメルセンに顔を向けて、更に指さすとイキナリ告げた。

「シグネットさまっ、私の剣をあなたにささげますっ、どうかおおさめくださいっ」

 唐突すぎるその言葉に、メルセンが目を大きく開いて固まる。だがどうやら彼は自分の言った言葉を覚えていたらしく、途中からみるみるその顔が赤くなっていくのが分かった。

「ど、ど、どうして、それ、を……」

 シグネットはにっと悪戯っ子特有の笑みを浮かべて笑った。

「さぁな。だが確かに聞いたしお前の剣は心の中で受けておいたぞ」
「いえ、それは、その、さすがに子供の時の話過ぎませんか?」
「なんだ、今は俺に剣を捧げる気はないのか?」
「そうじゃないです、この状況で捧げてないと思っているんですか貴方はっ、子供の誓いを今更という話ですっ」
「だよな♪ 頼りにしてるぞ、メルセン」

 それで彼は顔を赤くしたまま何も言わなくなる。シグネットは笑って、一歩後ろではアルヴァンも笑っている。とにかく今日のシグネットは機嫌がいいから、大好きな人々に囲まれている今を自覚するだけで楽しくて仕方なかった。




 ******* <おまけの後日談> *******

――それにしても、そんなに父上と将軍がいるところって見せ難いものか。

 言動はガキっぽいシグネットだが、あのキールの反応からすればあの二人の場面を見せるのが難しいのではなく、見せたくない、もしくは見せると不味いと考えて慌てていた、というくらいは分かっていた。
 更に言えば、どうして見せたくないのかも大方察しが付いていた。

――本当に子供の時ならショックだろうけど、別に今じゃ気にしないんだけどな。

 将軍が娼館生まれで冒険者をしていた頃は娼館に行きまくっていた、という話くらい今のシグネットは知っているし、ウィアとフェゼントが恋人同士だと幼い頃から当たり前のように聞かされているから、正直将軍と父がどういう関係かなんて大体わかってる。それは息子として父親がそういう事をされている――と考えるのは正直微妙な気持ちにはなるが、あの綺麗な人を見たらなんかすごくいろいろ納得してしまって『だろうな』で済んでしまう気分になった。
 だから別に将軍と父がキスしていようが裸で抱き合っていようがショックではないのだが、キールはこちらに配慮した、というところなのだろう。

「っていうか父上って綺麗なだけじゃなくすごいなんていうか……色気、っていうか……独特の目を惹く何かがあるんだよなぁ……俺と同じ顔に見えないのはその所為なんだろうな」

 一人になった部屋で、思わずシグネットは鏡に向かってそう呟いていた。



END.

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 シーグルの色気……そらもう経験的になぁ(==;。
 



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