春と嵐を告げる来訪者




  【12】



 今日もまた一日事務仕事、というだけでなくずっとセイネリアと一緒という事で、時折浮かれる彼の相手をしなくてはならい事態にシーグルはいろいろ疲れていた。とにかく彼を喜ばせすぎると後が面倒で、だから昨夜の発言には後悔しかない。自分も寝ぼけた勢いで言ってしまったし……なんて弁明したところで、言ってしまったからには彼の相手をするしかないのだ。
 そんな中、城からの摂政直の使者が来て部屋の外に出る事になったのは、シーグルにとって良い息抜きだったと言えた。そこでソフィアに声を掛けられ、カリンとお茶をするところだったから来ませんかと誘われてついていったのも、ちょっとくらいは愚痴を吐き出したい気分もあったから……だったのだが。

「本当に、ボスは今日は今朝から機嫌が良すぎるくらいですから、シーグル様は相当大変だろうとは思っていました」

 基本セイネリアの細かい身の回りの世話は全部やっているカリンは、シーグルの疲れぶりに笑ってそう返してくれた。

「まぁ、あいつが喜ぶ事自体はいいんだ、いいんだが……なんであいつは行動に起こすのを我慢できないんだ」

 そう、シーグルだって別にセイネリアが機嫌が良くて嬉しそうにしているそれ自体は嬉しくはあるのだ。だが、ただでさえ暇さえあれば構いたがる男が浮かれると際限なくべたべたしてくるのは……さすがに実害がありすぎる。

「そもそもボスは口に出すより行動の方ですから」
「そうといえばそうだが……」

 口より行動、というのは仕事や戦闘では頼りになるが、恋愛ごとでは迷惑なだけだろう……などと考えてから浮かんでしまった『恋愛』という言葉に、ちょっとシーグルは我ながら赤くなる。

――俺とあいつのこの気持ちは、恋愛、なんだろうか。

 愛してる、にはいろいろな意味があって、セイネリアが自分に感じているもの、自分が彼に感じているもの、それは恋愛なのだろうかと考えたシーグルは……そこでまた思考がオーバーヒート状態になって考えるのを一度諦めた。

「シーグル様、ご気分が悪いのですか?」
「いや、あ、ぁ大丈夫だ」

 頭をがくりと落としたせいか、ソフィアが心配そうな声を出したから、シーグルは急いで姿勢を正した。
 そうして正面にいる、優雅にゆったりとした笑みを浮かべて茶を飲んでいるカリンを見て、ふと、シーグルは思う。

「カリン……貴女は、セイネリアを愛してると言っていた。なら……今回のタニア嬢が来た事について……何も、思わなかったのか?」

 思ったら声にしていて一瞬聞いた事を後悔しそうになったが、その話をカリンがやはり優雅ともいえる余裕のある笑みを崩さず聞いていた事でシーグルは最後まで言い切ってしまった。

「何も、というと?」
「その……彼女とセイネリアが結婚したら……自分の位置が、とか」

 やはりカリンはクスリ、と余裕の笑みで笑う。

「それは嫉妬したか、という問いでしょうか?」
「あ、いや、そういう……そんなものかもしれないが、その、何か苛立ちというか、焦りというか」

 カリンの笑みが深くなる。赤い唇を艶やかに釣り上げた彼女は、どこにも迷いのない目と声ではっきりと告げた。

「貴方は知ってらっしゃるはずです。私はあの方が誰を愛そうと構いませんし、私を愛してくださらなくても構いません。私はあの方の部下として一生あの方のために仕える事が決まっています。それだけで十分です、私はあの方を愛しているというその気持ちがあるだけで幸せなのです」

 シーグルは目を見開いた。
 そうして確かに、彼女にかつて聞いた事を思い出し、また彼女にそんな事を聞いてしまった自分に恥ずかしくなる。

――彼女の強さは、女性だからだろうか。

 動揺している自分の方が女々しいと思いながらシーグルは自分に呆れる。

「やはり……何というか、貴女は強いな」

 けれど、そんなシーグルを見て笑っていたカリンの笑みが一度消える。それから彼女は何かを思いついたかのように含みのある笑みを浮かべると、シーグルにわざとゆっくりとした言葉遣いで聞いてきた。

「今のシーグル様は、ボスの事を愛してらっしゃいますか?」

 他人に聞かれてそれを肯定するのはとんでもなく恥ずかしい事ではあるが、彼女が堂々と言ったからにはきちんと返事を返さなくてはならないとシーグルは思う。

「あぁ……愛している」

 カリンは笑みを深くする。けれどもその黒い瞳は細められ、少しばかり昏い光を灯してまた、聞いてくる。

「ではもし、ボスが貴方を愛してなかったとしても、貴方はボスを愛せますか?」

 シーグルは思わず絶句した。
 彼が自分を愛していない――それがまず思い浮かばなくて、そんなに自分は自信家なのか傲慢なのかと思ったり、いやそもそも彼の方からこれだけ愛されなければこの状況はあり得なかったろうとか、だが彼女の言いたいのはそうじゃなくこちらが彼女の立場でも愛することが出来たかという事だろうしと――いろいろ考えていたら混乱してきて熱が出てきたようにぼうっとして頭が痛く痛くなってきた。

 カリンはくすくす笑っている。
 なんというか、彼女の愛の強さというか、彼女の自信と余裕を見せつけられたようで……ハッキリ言えば、頭に浮かぶのは『勝てない』という言葉で、つまるところなんだかシーグルは今、彼女に対して敗北感を味わっていた。

「あ、あの、お客様がお帰りのようですから、シーグル様は早く戻った方がいいと思いますっ」

 そこでソフィアが助け舟のように慌ててそう告げたから、シーグルはカリンに返事を返さずに済んだのだが……どちらにしろ、返事など言わなくても彼女は分かっていたのだろう。
 勝ち誇った笑みで、がんばってください、と告げられる声を、シーグルはなんだかやけに重いプレッシャーを掛けられたような気分で聞きつつ部屋を出る事になった。

 そうして思う、カリンといいタニアといい、女性というのは強い、と。






「えー……お疲れさん、て事で」

 音頭取りのエルが言えば、皆がそれぞれ持っていた杯を掲げる。双子やアルタリアやソフィアは酒ではなかったりするが、とりあえず今日は将軍府の夜の食堂を貸し切って幹部連中でのお疲れ会が開催されていた。なんのお疲れ会かと言えばそれは勿論、将軍閣下の花嫁騒動を機にシーグルをつついてみようという企みのお疲れ会で、最初の話し合いより増えた人数で揃って祝杯(?)となったのだ。

「いやもうなんかマスターはむっっっちゃくちゃ上機嫌だしな、ありゃきっとレイリースが何か言ったに違いないぜっ」

 実際シーグルが何を言ったのかすべてを知っているのはソフィアだけだが、セイネリアの状況からしてきっと企みは成功したに違いない、という事でのある意味無理やりの宴会である。
 なんだかんだと理由をつけての憂さ晴らし……ともいえるかもしれないが、セイネリアが上機嫌で、そうして皆が喜ぶのだから祝っていていいのだろう――カリンは思って微笑みながらグラスを傾けた。

 なにせ、今日のカリンはちょっとばかり機嫌がいい。

 セイネリア・クロッセスが愛しているのはシーグルただ一人、その心に他のものが入り込む余地などない――それは分かっている事で、それに妬みや怒りといった負の感情を感じたことは一度もないが、羨ましい、と思った事は正直ないとは言わない。それでもさすがに『彼のように愛されたなら』とまでは考えないところには我ながら欲がないと笑うくらいだが、あの孤高だった男にあれだけ求められてそれを素直に受け入れきれない彼を少しばかり困らせてやりたい、なんて思っても罰は当たらないだろう。
 どうせ彼が悩んだ先は、愛するあの男が喜ぶ答えしかない訳で、だから遠回りには主のためでもある。

――でも少し、意地悪だったでしょうね。

 力なく帰って行った彼を思い出せば、またくすりと自然と笑みがこぼれてしまう。
 きっとセイネリアのもとに帰った彼は、どうしたんだ、どこへ行っていた、と聞かれて少し不貞腐れて言い返してそこでまた少し口論をして……結局は仲直りするのだろう。

 きっと、あの青年は気付いていない。あの男と本気で喧嘩を出来る人間が自分だけだという事を。それがどれだけあの男にとって大切で嬉しい事か、あの青年は知らない。それこそが絶対にカリンではあの青年の代わりになれない理由の一つであって、だから嫉妬はしない、主のために彼こそが必要な事は分かっているから。

 少し、羨ましくてちょっと意地悪してみたくなっても、それでもカリンはあの青年に感謝もしていた。あの絶望しかなかった愛する男に幸せというものを教えてくれたのだから。未来を閉ざされたあの男に、未来を見る気にさせてくれたのだから。

「お、珍しく随分機嫌がよさそうじゃねぇか」

 少し頬を赤くして、エルは近くの椅子に座ると顔を手で扇いだ。

「ご機嫌なのはそっちだろう」

 言えばエルはにかっと歯をむき出して笑って、それからちょっと意地悪い顔をしてウィンクをした。

「ま、今現在のマスター程じゃねぇと思うけどな。なにせ今日は仕事も早めにさっさと終わりにしちまったみたいだからな」
「成程、なら今頃は……」
「そそ、今頃一番ご機嫌な時間を過ごしてるとこだろーぜ」
「違いない」

 セイネリアの片腕同士である二人は、共に笑って主の上機嫌と、それからこの国とこの将軍府の平和に杯を掲げた。



END.

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 思った以上に長くなりましたね。しかしなぜか最後はカリンさんがもっていきました。
 



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