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将軍様と側近のお気楽いちゃいちゃ話 【１】 誰もが恐れる最強の騎士である将軍セイネリア・クロッセス。恐れられるのは地位やその騎士としての実力の所為だけではなく、その人を追い込む手腕や頭の良さであるから彼に逆らえる者はいない――という、この国で一番恐れられている男、なのだが。 「待て待てっ、イキナリは止めろといつも言っているだろっ」 将軍府の執務室の隣にある寝室で、今日も将軍の側近レイリース――つまりシーグルの怒鳴り声が響く。ちなみに特殊魔法で寝室ごと執務室は守られているから外へ声は出て行かないようにはなっている。……もっとも、外出先から帰ってきた将軍様とその側近のその後の行動が分かっている将軍府の幹部連中は部屋に近づこうなんて思っていないから、例え声が漏れていたとしても大きな問題はなかっただろうが。 「帰ってきたばかりだぞ、しかも昼間だ、何故それで寝室に直行なんだ」 兜は取っているもののベッドの上に鎧のまま押し倒された状態のシーグルは、上からむすっとした顔で見下ろしている最強の将軍閣下を思い切り睨み付けた。 何度も何度も言っている事だが、ベッドの上で鎧を脱がされるのはとにかく勘弁してほしかった。不潔極まりないし、終わった後に鎧自体がベッドの下に転がってる光景なんて見た日にはシーグルとしては本気でうんざりするしかない。 それでも一応、文句を言えばどうにか起き上がって自ら鎧を脱ぎだしてくれるからシーグルもほっとする。毎回文句を言えばどうにか言うことを聞いてくれるからいいものの、そこまで何回も言われて何故最初から文句を言われるような行動をしないということにならないのかが不思議だ。とりあえずヤる事自体は諦めているからシーグルも大人しく脱ぐが、それでも愚痴が出るのは仕方ない。 「まったく……即物的すぎるんだ、お前は」 馬車でべたべたして帰ってきた途端夜昼構わずベッドへ一直線……こんな事が一度や二度や三度どころか、回数として数えられないくらいにあるのだからこちらとしてはたまったものではない。 「なんだ、女みたいにムードを作ってほしいとでもいうのか？」 わざとらしく笑って、こちらの顎をもってそんな事を言ってくるその言葉にシーグルは頭が痛くなる。 「そういう問題じゃない」 「じゃぁどういう問題だ」 聞きながらもベッドに座っているこちらを彼は押し倒してきて、上にのしかかってくる。裸同士だから当然そうすれば彼と肌が密着するだけでなく下肢ではそれが『当たる』訳で、なんというか……本当にいろいろ直接的過ぎて呆れるしかない。 「なんでそう、すぐヤル方向に行くんだと言ってるんだ」 「お前を一番感じられるからだろ」 これはどうとっていいんだろうとシーグルは少し考えた。頭のいいこの男だからどうとでもとれる言い方をして、後から都合よく解釈して使うつもりなのかもしれない。 だが考えてる間に彼はこちらの髪を撫でながらキスしてきて、シーグルの思考も途切れがちになる。 ムカつくが経験値が規格外の男であるから当然……彼のキスは上手い。ひたすらこちらにがっつくようだった頃のキスは意識を奪われて翻弄されるだけだったが、こうして二人でいるのが当たり前になってからのキスは段階を踏んでだんだんと――最初はじらすように浅く舌先を触れ合わせたり、合わせてはすぐ離して、それが繰り返されてじれったくなった辺りで舌を深く絡ませて互いに求めあって夢中になる……くらい、気持ちいいのだ、実は。シーグルも自覚はあってそれは認めざる得ない。 「俺はいつでもお前を感じたい。だから抑えなくてもいい場所へきたら抑えなくなるだけだ」 いやそれでも限度があるだろう、とはシーグルだって思う。 「それでもだ、部屋に帰ってきたらまずやる事が他にもあるだろ」 「なら先に何をしろと言うんだ」 「まずは着替えて……例えば、行って来た仕事の資料作成とか……」 イキナリ言われて少し言葉が詰まってしまったものの、シーグルがそう返せばセイネリアはそれを鼻で笑う。 「急ぎではないし明日やればいいだけの事だろ」 「だが翌日になれば忘れる事だってあるだろ」 「書類に残す程重用な事は忘れんから問題ない」 確かにセイネリアはそういう部分では有能で、そこを押すのをシーグルは諦めた。 「その日の内にその日の仕事の事は話し合っておいた方がいいだろう」 「仕事についての話があるなら馬車ですればいい」 それにはさすがにシーグルだってキレそうになる。 「何言ってる、お前、いつも馬車では基本的に話をする気ないだろ、狭い空間でここぞとばかりに思い切りべたべたして楽しんでるだけじゃないか」 「あの距離にお前がいて、手を出さないでいられるか」 それを堂々と当たり前だ、という顔で言ってくれるからシーグルは呆れるやらムカつくやらで益々頭が痛くなる。この理論で全部押し切られたら、何を言っても無駄だと思ったシーグルは一つ提案をする事にした。 「なら、出かけてきた疲れを癒してほっと一息つくために、帰ったらまず着替えてお茶をする、という事にしないか」 「俺は疲れていない」 「俺は疲れるんだ、一息くらいはつきたい」 「どこのジジィだ、俺はその時間も惜しい。そもそも休憩ならベッドに寝るんだから問題ないだろ」 「ならそのベッドでまずゆっくり寝かせてくれるのかお前はっ」 普段は驚く程頭が回るのに、なんでこういう話だけはどこまでも馬鹿になるのだこの男は――と思っても、自信たっぷりに『引く気はない』という態度のこの男にはぶっちゃけシーグルでも手の施しようがない。 しかも彼はこの言い合いの時間も惜しいとでもいうように、有無を言わさずこちらの喉から鎖骨に舌を這わせてきて、シーグルの反論を強制で抑えつけようとしてくるのだ。 「そんなに疲れてるなら、お前は何もせず寝てていいぞ」 それをこちらの胸の乳首を弄りながら言ってくれるのだから頭にくる。 「ン……これで、寝れる訳ないだ……ろっ」 こちらが感じているのが分かって、自然と彼の唇に笑みが登る。それだけでなく、彼の手は腰のラインを滑らせるようになぞって下りていくと、下腹部から内股周辺を撫でてくる。撫でながら少しづつ足を開かせていく。 「ならまずは俺に付き合え、終わったら寝かせてやる。こっちはずっと我慢していたんだ……」 そうして足の間に体を入れられ腰を持ち上げられればあとはなし崩し的に――まぁいつものことだが流されて好きなようにされて、気づいた時には窓の外は暗くなっている……という事態になる。 「セイネリア……今日の仕事は？」 起きた途端、上機嫌でこちらを抱きかかえて髪やら頬に口づけていた男は、それにあっさり答えた。 「視察に出掛けたろう」 「書類の確認は？」 「そんなもの明日やればいい。なんなら殆どあの魔法使いに投げてもいいしな」 シーグルは瞳を険悪に顰めて目の前の男をじっと睨む。 「つまり今日の事務仕事は全部サボった、という事だな」 「最終的に間に合えばいい」 それはその通りではあるが、間に合わせるために自力でどうにかしようと焦りもしないこの男には言いたい事がある。 「間に合わせる為にキールやエル達に押し付けていて言っていいセリフじゃないだろ」 仕事がたまり過ぎると、セイネリアはガンガンキールが率いる重要文書の処理係に仕事を放り投げるのだ。 「俺じゃなくても問題ない仕事は別に俺がやらなくてもいいだろ」 「それでも一応お前が確認したって事になるんだぞ！」 「だからそれで何か問題が起こったら俺が責任を取る、あいつらに任せた段階であいつらの判断は俺の判断だ」 シーグルは思わず言葉に詰まる。つまり、仕事を丸投げするくらい部下を信用している、責任は投げた本人が取るから任された部下は好きにやれ――そういう意味に取ると、上に立つ者の発言としてはなんか尊敬したくなるからムカつく。いや確かに、言うだけの事をセイネリアはする気があるし実際出来るのだが、そもそも丸投げする理由が『仕事がしたくない』という単純なサボりたいだけのモノであるから素直に称賛なんて出来る訳がない。 サボる事＝悪として生きてきたシーグルがこれで大人しく納得するのは到底無理な話だった。 「……お前、カッコつけた言い方しても結局サボりたいだけじゃないか」 睨んで言えば、セイネリアはまた笑ってこちらの額にキスしてから言ってくる。 「シーグル、サボりたいという気持ちは何も悪い事じゃない。人間、サボりたいから与えられた仕事をただやるだけではなく考えるようになる。どうすればもっと楽が出来るだろうと考えるから効率化が起こる。サボって後の事を考えないだけなら馬鹿だが、サボっても問題ないように考えてサボるならそれは後々のためになる。俺の仕事を普段からあいつらがやってくれているから、俺がいなくなった後も焦らなくて済むようになる」 シーグルは顔を顰めたまま口を閉じた。この男に口で勝てる気はしないと改めて思う。まったく――普通は武の方面でとんでもなく強い人間というのは、それを得るために鍛錬一辺倒な生き方をして頭で考える方は苦手になるものだ。シーグルだって次期シルバスピナ当主という立場がなければ勉強なんてしたくなかったというのが本音だ。今でもいろいろ考えるよりは行動で解決したいと思う。 ……なのに誰よりも強いくせに誰よりも頭が回る、この男のデタラメさには話していてよくイラっとする。なんだこの存在がインチキな男はと怒鳴りたくなる。 力で勝てない上に、口でも勝てないのだからどうにもならない。 だからシーグルは、こういう時は分かっていて反則の手を使う事にしていた。 「今日の分の仕事を込みで明日の事務仕事が終わらなかった場合、俺は明日一人で寝る。お前を部屋に入れてやらない。無理矢理入ってきても断固一緒に寝るのを拒否してやる」 ずっとにんまりと笑みを浮かべていた男の顔から笑みが消える。ふーとため息をついて、本気で困ったという感じを出す。 「……それは困る」 力でも口でも勝てないから彼の弱点――というか嫌がらせというか彼が一番困るだろう事――を言った訳だが、そうすればこの最強の男も途端に強く出られなくなる。この最終手段が使えるからこそ、最強の将軍に抗議したり文句を言う役はシーグルにしか出来ない。さすがにこれは反則だと分かっているから無暗やたらと使うつもりはないが、それでもこのすべてが思う通りという男にはたまにこうして灸をすえてやってもいいだろうと思う。 「勝手に困ってろ」 シーグルはそこで無理矢理体の向きを変えて彼に背中を向けた。セイネリアとしてはここで押さえつけてそれをさせない事も出来ただろうが、そうすると更にシーグルの機嫌が悪くなると分かっているからそこまでしてはこない。 「シーグル」 困っている、という声でセイネリアが後ろから抱きしめてきて頭に鼻を埋める。シーグルが黙っていれば、頭の上でまたため息が聞こえてから彼は言って来た。 「分かった、明日はちゃんと今日の分も含めて仕事を終わらせる。だからお前も明日は一日事務仕事だけになるのを覚悟しておけよ」 実を言えばシーグルだって一日事務仕事なんて嫌ではあるがこの場合はそうなる事が分かっていても彼にちょっと抗議をしたかったのだ。 「……分かっている、忘れるなよ」 「俺は一度した約束は違えない、分かってるだろ？」 「分かってる」 それでセイネリアがシーグルの体の向きを直そうとしてきたから、シーグルは大人しくされるがままにしてやった。それでも顔が見えてすぐ、シーグルは彼を睨みつけてやったが、彼は構うことなく嬉しそうにキスをしてきた。 --------------------------------------------- 大きい問題が終わった後は、将軍府では大体こんな感じの日常が繰り返されていました。 ……うん、シーグル大変だな。 |