無自覚騎士の困った噂
本編最終話から騎士団に入る前のお話。



  【5】



 シルバスピナ家の首都の館。
 この家の主であるシーグルも今は仕事に出ていないため、朝、昼、夜の食事の時間とお茶の時間は出来るだけ皆で集まって一緒にとる事になっていた。これは当然、何かやる事があれば食事を抜いたり簡単に済ませて終わりにしてしまうシーグルに対して、フェゼントが3食ちゃんと食べてもらおうとして決めた事である。
 とはいえそれでも、ちょっとした手続きに出かけたり挨拶回りや何やらで昼食は別になる事も多い。シーグルとしては出来るだけパーティのような席には出たくないので、近隣の貴族の館に当主が来ていると聞けば自ら進んで挨拶に行くようにしていた。となれば朝早くは流石に失礼だし、夜にいくと豪華な食事を出されるしと、昼前に行く事が多かったのだ。

 という事であるため今のところ、朝夜以外でシーグルが確実に屋敷にいるのはお茶の時間だったりする。この時間はフェゼントのお手製のお菓子でお茶という事になっているが、菓子は無理に食べなくてもいいと言われているのでシーグルとしては気楽に出られるというのもある。勿論それでも、わざわざシーグルも食べられるように甘味控えめに作ってみた、と言われればちゃんと一つは食べる事にしていた。
 ……ちなみに挨拶回りにお茶の時間を選ばないのは、『ウチの娘の手作り』とか言われて菓子を出されて食べなくてはならない状況に追い込まれた事があるからだったりする。小食なだけでなく、シーグルは甘い物は割合苦手であった。

 ただ今日はそのお茶の時間につくと、珍しい客人が参加していてシーグルは驚いた。

「ファンレーン、来ていたのですか?」

 会ったのは随分久しぶりだがすぐに分かって、シーグルはそう声を掛けた。振り向いた彼女は相変わらず貴族女性というより騎士としての甲冑姿で、シーグルは変わらない彼女のその姿になんだかほっとする。彼女は笑って手を上げるとウインクをしてくる。

「おかえりなさい、ここのご主人様に断りなくくつろいでいて申し訳ないわね」
「いえ、フェゼントが招待したのでしょう、なら俺の許可は必要ありません」

 ファンレーンが自ら用事があってくるなら先に知らせを送ってくる筈だし、だからてっきりそうだと思ったのだが……彼女が苦笑して、更にはフェゼントも苦笑しているに至ってシーグルは少し困惑した。

「いえ、今日はこっちの坊やの招待」

 いってファンレーンは隣に座ってるウィアの頭を軽く引き寄せてみせる。ヘラっと笑ったウィアが胸を張って答えた。

「おぅ、この間たまたま街中で会って、んで話してるうちにフェズの作るお菓子の話で盛り上がってさー、んで今度お茶にって誘ったんだよ」
「そ、私の従者時代にもこの子がいろいろ作ってくれたわーって話になってね」
「それは……一度ラークによく作っていたものを作ってみたら、お屋敷の厨房に連れてこられてこの材料を好きに使っていいと……そんな贅沢な材料使った事なかったのもあって楽しくなってしまったんです」
「うん、兄さんお師匠様のところから帰ってくる度に新作のお菓子持ってきてくれたよねー♪」
「フェズが手作り菓子をでいろいろ作るようになったのはファンレーンさんのおかげなんだよなー♪」

 思わずシーグルは、ウィアとファンレーン、フェゼントにラークが楽しそうにそう話すのをぼうっと聞いてしまっていた。ちなみにシーグルも、病気だった母の代わりをしていたせいでフェゼントが男でも料理や家事類が得意な事は知っていたが、菓子作りにハマったのはファンレーンの従者時代だったというのは初めて聞いた。

「ほら、なにここの主人がいつまでも突っ立ってるのよ、早く貴方も座りなさい」

 ファンレーンに言われて、シーグルはそこで初めて自分が馬鹿みたいにただ突っ立っていたという事に気づいた。

「お久しぶりです」

 シーグルはファンレーンに改めて挨拶してから空いている椅子に座る。

「久しぶりね。貴方とフェゼントがちゃんと仲直りしたって聞いていたから、いつかその様子を見に来たいとはずっと思っていたのよ」

 母親よりも少し年下くらいの彼女には、シーグルもいろいろあって逆らい難いというか頭が上がらない。ただ彼女を尊敬しているし信用しているのは確かだから、警戒をすることはなかった。

「良ければ久しぶりに、後でぜひ剣の相手をお願いいたします」

 ただ騎士としての彼女の腕も尊敬していたから、自然とシーグルはそう言ってしまってから少しだけ失敗したと思った。ウィアとフェゼントが呆れた顔で苦笑していたからだ。
 ただそれを当のファンレーンは軽く笑い飛ばしてくれる。

「相変わらず色気もなにもなく真面目ねぇ。でもレディに対してまず手合わせの誘いはどうかしら?」
「……すみません、つい」

 確かにいかに騎士として尊敬していると言っても、久しぶりにあった女性に掛ける言葉ではない。ただ彼女は、シーグルが謝ったのにも大笑いで返してくれた。

「いいわよ、それはそれで貴方としてはこっちに敬意を込めての事だっていうのは分かってるわよ。ほんっとに、お堅くて、その綺麗な顔に似合わず頭は強くなることで一杯なのね」
「はい、すみません……」

 大声でも下品にならず、ころころと軽やかに笑っていたファンレーンはそこで笑みを収めるとシーグルの顔をじっと見た。それから。

「でも本当に、相変わらず綺麗な子ね。……ただ前程細くはなくなったかしら、少し男っぽくなったわよ」
「本当ですか?」

 それには素直にシーグルは嬉しそうな声を出した。

「えぇ、フェゼントががんばってちゃんと食べさせてるのが分かるわ。それに表情が……とても柔らかくなったわね、今は幸せなのかしら」
「はい」

 きっぱり答えると、女騎士はにこりと口角を上げる。

「なら良かった、私も嬉しいわ」

 シーグルも彼女に対しては兄弟間の事でいろいろ心配をさせてしまったという自覚はある。だから彼女に申し訳ないと思うのと同時に、彼女が自分達の仲直りを喜んでくれた事を素直に嬉しいと思う。

「さって、挨拶も終わったならお茶いれようぜ、んでお菓子お菓子っ♪ フェズの新作っ♪」

 席についたのになかなかテーブルの上のバスケットから布が取り払われないのに我慢しきれなくなったのか、ウィアがそう言いながらバスケットに手を伸ばした。それをペシリとフェゼントが叩く。

「行儀が悪いですよ、ウィア」
「そーだよ、ほんとに神官とは思えないガサツさだよねー」
「ンだと、お前人の事言えんのかよっ」
「少なくとも俺、ウィアよりはマシだよ」

 と、いつも通りのウィアとラークの喧嘩が始まって、フェゼントがため息をつく。それを見ていたシーグルは笑ってしまって、そうすれば視線を感じて思わず顔を向けた先に……ファンレーンがいた。

「本当に、ちゃんと笑えるようになったのね」

 母親のようにそう言われてしまえば、シーグルとしては少し気まずい。

「そんなに……笑えてませんでしたか、前の俺は」
「えーえ、いつでもピリピリツンツンしていて、真面目で冗談も通じない。熱い視線を向けていた女の子達を無視して、鍛錬しか頭にないって顔が普通だったわよ」

 シーグルは少し落ち込んだ。
 いや、確かに冒険者になる前はそうだという自覚はあるが、少なくとも冒険者になって以降はちゃんと仲間と笑って話も出来ていたと思うのだが。ただ確かに、彼女とはそういう仲間達と一緒の時に会う事はなかっし貴族関係の席も多かったからそう見えたのかもしれない。
 そこで丁度お茶が入ったから、シーグルは気を取り直すのもあってその茶を飲んだのだが。

「……そういえば、いつでも氷の貴公子様然とした貴方が、この間のパーティでそれはそれはニコニコしていたそうじゃない?」

 う、と思わず茶を吹き出しそうになって、シーグルは必死で口を押さえて飲み込んだ。どうにか落ち着いてからファンレーンを見ると、彼女は笑顔でこちらを見ていた。

「サヴォア夫人のパーティに、貴女もいらしていたんですか?」
「いいえ、ちょっと噂で聞いただけ。で、この子に聞いてどうして貴方がニコニコしていたのかその理由も分かったわ」

 今度は視線をフェゼントに向けて、彼女は楽しそうに笑う。

「見たかったわー、この子のドレス姿♪ 可愛かったでしょー?」
「そらもう! 俺の見たとこでは参加者1だったぜ!!!」
「ですから……いろいろ誤魔化していましたし、顔だってベールで半分隠していたからどうにかなっただけです」
「でも見れなかったのは本当に残念、知っていたら行ったのに」
「いいですっ」

 顔を真っ赤にしているフェゼントを見てまた笑っていたシーグルだったが、そこで急にくるりとファンレーンがこちらを見た。

「で、シーグル、いい?」
「……はい、なんでしょう」

 勢いに目を丸くしたシーグルに、ファンレーンがにこりと笑いかけた……と思ったら、彼女はちょっとだけこちらを睨んで子供を叱るような口調で言ってくる。

「いつでも仏頂面の貴方が別人みたいにニコニコ話しかけてたのを快く思ってない女の子は多かったようよ、そこはマズイって自覚はあるわね?」
「はい」

 シーグルはそれには素直に肯定した。

「そう、なら心配はいらないわね、とにかく貴方ももう子供ではないのだから、もう少し良い女性のあしらい方を考えなさい」
「そう……ですね、分かりました。あんな手はあれ限りです」

 それを聞くと、ファンレーンだけでなく、ウィアとフェゼントが安堵の息を吐いた。
 実はシーグルはこの間のパーティーの席で、フェゼントに敵意を向けてくる女性達の目を分かってはいたのだ、ただし……。

「ところでファンレーン、それはその……そんなに噂になっていたのでしょうか?」

 今度はファンレーンが少し目を開いて、それからくすりと笑って肩を竦めてみせた。

「そうね、実を言えばそこまでではないわね。私もそんな話を聞いたから、さぞ女の子達が脚色しまくって酷い噂になってるんじゃないかと思ったんだけど……そうでもなかったわ」
「そうですか」

 今度はシーグルが安堵の息を吐く。

「で、どうやらその理由は『シーグル様が連れていた女性はシーグル様にとっては妹のような存在だったらしい』とか『近々結婚するから最後に華やかな世界を見てみたかったらしい』とかって噂が一緒にくっついていたからみたいなのね」
「そうですか、そこはきっとサヴォア夫人のおかげでしょう。彼女が問題がないように噂を操作してくれたのだと思います」
「……えぇ、そうね。まったく、本当に貴方は真面目なのね」
「流石に、招待主を騙す訳にはいきません」

 その会話中、シーグルとファンレーンの顔を他の面々――特にウィアは、ポカンと口を開けて聞いていた。兄弟とウィアが何故そんな顔をしているのかわからないシーグルは、それに気づいて首を傾げた。

「何か、あったのだろうか?」

 そこでファンレーンが今までで一番大きな声を上げて笑い出した。
 シーグルは困惑する。見ればフェゼントやウィアも困惑しているらしい。
 一人ファンレーンだけが腹を抱えて笑っていて、シーグルは彼女を見ている事しか出来ない。ただ暫く待っていれば、やっと笑い声が収まったらしい彼女が目の端の涙を拭ってこちらを見てきた。

「シーグル貴方、事前にサヴォア夫人には女装したフェゼントを連れて行くって言ってあったのね?」

 それには、『うぇ』という声がウィアとフェゼントから上がる。シーグルには彼等が驚いているその理由が分からなかった。



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次回で終了……かな。いや今回このシーン長くなりすぎて、フユのとこまでかけなかったという……。
 
 



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