無自覚騎士の困った噂
本編最終話から騎士団に入る前のお話。



  【4】



 ウィアは考えた。
 やっぱりシーグルにはせめてあの状況はマズかったという事くらいは知らせた方がいい。
 なにせ他人からも忠告を貰うような事態であるし、あれを成功だったと思わせておくのは本人のためにはならない。……というか、本人が後で絶対困る事になるのは間違いない。
 とはいえウイアはフェゼントを裏切りたくないし、シーグルを落ち込ませたくもない。さてどうしたものか……と考えて、ウィアは暇さえあれば唸っている事態となったのだが。

 それはパーティの翌日から2日後、当のシーグルのとある言葉で解決策が見つかる事になる。

「パーティに顔を出すだけならまだいいが、出来ればダンスはしたくない」

 この間の事を話していたら、シーグルがため息交じりにそういった。

「そりゃお前の場合、お嬢さんたちからの怒涛のお誘いがトラウマになんだろ?」

 この時までウィアは、シーグルはダンス自体を嫌がっているのではなく、貴族のご令嬢方にダンスのお誘いをされまくるのにうんざりしている、というのだと思っていた。いやそれはそれで間違ってはいないのだろうが、どうやらシーグルはダンス自体もあまり好きではないようだった。

「なんだシーグル、もしかしてダンス自体が嫌いだったのか?」
「あぁ、嫌いだし、苦手だ」

 そうだったのかー……というのが素直なウィアの感想だ。シーグルは貴族としてきっちり教育を受けてきたから当然ダンスなんか普通にこなせてダンス自体は別にどうとも思っていない……ようなイメージがあった。

「でも踊れるんだろ?」
「あぁ、けれど苦手だ」
「ふ〜ん、嫌いってのはなんかわかる気もすっけど、苦手そうには見えないけどな」

 最近ウィアはシーグルがこの見た目によらず、性格というか日常生活は貴族様というには肉体戦闘派寄りらしいというのが分かった。だから苦手というのはまぁ、分かる。だがシーグルならダンスくらいソツなくこなしそうなイメージがあったのだ。
 ……ほら、なにせ他のお嬢さんと踊ってるシーグルを見て次々申し込みがくるくらいな訳だし、少なくともそれでヘタな筈はないだろう。

「ファンレーンから言われたのは、『姿勢がいいから見栄えはするけど、少々女性の扱いが雑すぎる』だ。あとは『体をあまりくっつけたがらないのも良くない』とも言われた」
「ファンレーンさんか……」

 ウィアはフェゼントの師である女騎士の顔を思い浮かべた。確かに彼女なら、シーグルにはっきりダメ出しをしそうだ。

「あぁ、彼女に付き合えと言われてやはりあの手のパーティーに出た事があるんだ。そこで彼女と踊って、帰って来てからダンスの特訓をさせられた」
「特訓ねぇ……なら、その時より今は上手くなってるんだろ?」
「一応、多分……だが、苦手な事に変わりはない」

 ちょっと不貞腐れたようなぶっきらぼうな言い方からして、本気でシーグルは出来るだけダンスはしたくないのだろう。まぁガキの頃からひたすら鍛えてばっかいたみたいだし、いかにもお貴族様らしいそういう煌びやかな席が嫌いな段階でダンスが嫌いなのは当然といえば当然ではある。……なぁんて内心納得して頷いていたウィアは、そこでふと閃いた。

――そっか、ファンレーンさんだよ。あの人ならシーグルへうまく忠告してくれるだろーし、どっかの貴族から噂を聞いたって事にしてもらえれば……!

 シーグルにあれがマズかったと教える事も出来てウィアもフェゼントとの約束を破らなくて済む……ファンレーンさんも貴族だから噂を聞いても不自然ではない。俺って冴えてる!と浮かれたウィアは、早速シーグルから彼女の家を教えて貰って向かう事にしたのだった。(フェゼントに聞いたら絶対一緒に行くと言われるし、バレそうなので)






 ファンレーンのところへ、シーグルから連絡があったのは昨日の事だった。
 内容は簡潔に、フェゼントの友人のリパ神官がそちらを訪ねるという事前伺いで、勿論彼女はそれに即了承の返事を返した。
 フェゼントの友人の神官……と言えば、確かウィアとかいうあの可愛い男の子の事だろう。ならお茶とおかしでも用意しておいてあげましょうかと、彼女は使用人に頼んでおいた。
 そうして時間通りやってきたリパ神官はやはりあの時の子で、彼女は快く出迎えて言った。

「ようこそ、やっぱりあの時の坊やね。フェゼントと一緒じゃないって事はあの子には内緒で何か相談でもあるのかしら?」

 リパ神官の青年はそれにははっと引きつった笑いを返した。これは図星のようだ、と彼女はそう理解する。

「んー……やっぱ女性はそういうの鋭いなぁ」
「正直ね」
「おう! 俺は嫌いじゃない奴には正直者だぞ!」

 ファンレーンはそれにクスクスと笑った。自信がなさすぎるのが欠点でもあるフェゼントを考えれば、このリパ神官が傍にいるのはとてもいい事だと思われた。

「まずはお茶をいれるからお座りなさい。あぁ、こんな格好でごめんなさいね、今日はこの後出かける用事があるから」
「へ? 何かおかしいっけ?」

 彼女としては客人を迎えるのにいつもの甲冑姿であることを謝ったつもりなのだが、そういえばこの坊やは前に会ったのもこの恰好だから不自然に思わない訳だと思いなおし、それに何故か笑えてしまった。

「え? 俺が何かおかしい?」
「いえ、なんでもないわ。そこのお菓子は好きに食べてね、すぐお茶もくるから」

 言えば早速リパ神官は嬉しそうに目の前の菓子に手を出す。食べては、美味いと、幸せそうに笑う様はまさに子供だ。確か前に聞いた時にシーグルと同じ歳と言っていたと思うから、あの甘えられない青年と比べるとその違いぶりにまた笑いそうになる。

「さて……内緒の話があるんでしょ?」

 ファンレーンも彼と向かいのソファに座れば、リパ神官は口の中の菓子を飲み込んでから口を開いた。

「あぁ、うん、まぁちょっと……フェズに言いたくないっていうか、俺は今ちょっとフェズのお願いとシーグルへの心配との板挟みになって困ってるんだ」
「あら……」

 そこで彼が話し出したのはつい最近あったサヴォア夫人の誕生パーティーでの話で、聞くだけならぜひ見たかったと思う程の面白い話だったが、状況的にはマズイというのは彼女も理解出来た。

「フェゼントは……ちょっとお兄ちゃんとしては過保護かしらね。まぁ、まだ兄弟として仲直りして間もないから距離感がうまくつかめないというか……ちょっと兄として気合が入り過ぎてるのかも」
「だよなー、うん、そういうとこあるんだよな。なんかさ、シーグルにはたくさん苦労させたからその分を返したいっていうか、確かにちょっとフェズは気合入りすぎてるかな。あ、でもさ、別に無理してるってのはないから、シーグルの世話やくのが楽しくて仕方ないって感じ」
「そう、それは良かったわ……」

 ファンレーンとしてもそれは嬉しい報告だった。シーグルからもフェゼントからも別々に報告を兼ねた礼の手紙を貰っていたから仲直り出来た事も、首都の屋敷で一緒に住むようになったことも知っていたが、第三者から見ても楽しそうにやっているのなら心配はないだろうと思う。

「分かったわ、シーグルには私から言っておくわね」
「ありがとうっ、お願いしますっ、ファンレーンさんっ」

 本当に板挟みで悩んでいたのだろう青年は、心から安堵したという顔でこちらを見て笑っていた。

 勿論ファンレーンはこの後すぐにシーグルに連絡を取って話がある事を告げるのだが……ただ実は彼女には、ウィアからの話で疑問に思っている事があったのだった。






 首都セニエティに比べれば温暖な気候のアッシセグでは、セイネリアの部屋も大きな窓があって明るく、しかもその窓は開かれている事が多かった。
 部屋に入った途端、微妙に機嫌が良さそうなセイネリアを見てカリンはすぐにその理由を察した。

「何かシーグル様の事で良い報告があったのですか?」

 それに彼は肩を竦めて見せる。対外的にはどこまでも非情な男だと思われている彼だが、ことシーグルに関してだけはとても分かりやすく感情を顔に出す……少なくともカリンの前では。

「良い事というか、おもしろい事、だな」
「というと?」
「フユからの連絡でな、シーグルが貴族のパーティーに出なければならなくなって、パートナーがいれば他の貴族女に声を掛けられずに済むだろうと、兄に女装させて連れていったらしい」
「それは……確かに面白い事になってますね」
「いや、実際面白いのはここからだ。女装させても兄だからな、シーグルはそれはそれは兄を大切に扱ってまわりの貴族女が嫉妬して大騒ぎだったらしい。……まぁ、普段のあいつはあの手の場所ではずっと仏頂面だからな、そこはそうだろうとしか言えないな」

 カリンもそれですぐ情景が想像出来た。
 まったくあの青年には困ったものだ、と思いながらもだがそこで少し考える。シーグルの状況としては少し面倒な事態になりそうなのに、何故この男は楽しそうにしているのだろう。
 カリンの表情が変わったのが分かったのか、それでセイネリアは口元に薄い笑みを浮かべて言ってくる。

「でだ、更に面白いのはな、その後のフユからの連絡では、あれだけ頭に血が上っていた貴族女がいたのにその後思った以上にそれが噂として広まっていないという事だ」
「そうなのですか?」
「あぁ、あんまりに酷い噂がたつようならフユも手を打とうと思ったんだが、そこまで貴族達の間でも噂になっていないからどうすればいいか……というのがついさっき来た報告内容だ」

 セイネリアの表情を見れば、どうして噂が広まっていないのかを分かっているのだろうとカリンは思う。

「どう答えたのでしょう?」
「放っておいていい、と言っておいたさ」

 やっぱり、と思ってカリンは苦笑する。

「ボスは、噂が広まらない理由が分かってらっしゃるのですね」
「まぁな」
「フユには教えないのですか?」
「たまには、あいつが想定外の事に脱力する様を見るのもいいだろ」

 カリンはそこで声を出して笑った。



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あと1,2話で終わるかと。
 
 



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