第一章 スナイパー
「あーら、奥さん」と奴は言う。
何なんだ、「あーら、奥さん」というのは。
奴は、誰に向かってそんな事を言うのだ。そりゃ、奥さんに向かってだろう。じゃあ、奴は何者だ。奴は奥さんじゃないのか。
自分のことは棚に上げて、相手を奥さん呼ばわりか。それはどうなんだ。いいのか。フェミニズム団体的にはどうなんだ。OKなのか。
「そーら、奥さん」だったらどうか。そーら、って何だ。奥さんに向かって何か投げるのか? そうなのか? 何を投げるんだ、奴は。相手は奥さんだぞ。奥さんはちゃんとキャッチできるのか? 奴のコントロールはどうなんだ。心配ないのか。だいじょうぶなのか。
うまくキャッチできたとして、奥さんはそれをどうすればいいんだ。受け取ってしまってから、後悔はないのか。奥さんの人生はそれでいいのか。
旦那はどうしたんだ、旦那は。旦那は何をしている。奥さんと言えば、旦那だろう。無視していいのか。いや、無視されていいのか。自分の愛妻が奥さん呼ばわりでいいのか。
ところで、本当に愛妻なのか。そこに愛はあるのか。愛妻なのに、愛夫ではないのか。それでいいのか。愛されていないのか。愛するだけなのか。それとも女は常に主体ではなく客体なのか。それはどうなんだ。フェミニズム団体はどうしたんだ。
「あーら」にしろ「そーら」にしろ、なんだか人をバカにしてないか? 奥さんのプライドはどうなってるんだ。「あーら」と真ん中で伸ばすのがいけないのか。そうなのか。
「あらー」ならどうか。カタカナで「アラー」ではどうか。その場合には、イスラム原理主義に対する対策はあるのか。テロの心配はないのか。
奴の目的はなんだ。目的? 目的ってなんだ。偶然に奥さんに会っただけじゃないのか。偶然だろう。違うのか? 待ち伏せなのか。そうなのか。どっちが待ち伏せたんだ。奴か。奥さんか。それとも旦那か。
いや、もしかしたら、オレなんじゃないのか。
オレはスナイパー。銃を構える。そして奴に照準を合わせた。
第二章 最強!SK方式
そうなんだよ。トモキ君と、となりの席だよ。
どうしよう!こまったね。
なんたってトモキ君は塾に行ってるんだ。塾に行って、たくさん勉強して、いつでも成績はクラスで一番だよ。そんなトモキ君がとなりなんてさ。
席替えなんて、余計な事を!
そう。また慶子だよ。あいつ、いつだって余計な事するんだよ。
「先生!そろそろ席替えしませんか?」
うるさいんだよ!このブサイク女!
それだけじゃないよ。言わなくてもいいことばっかり言うんだよ。言わなくてもいい事だけ言うんだよ。そういう女さ、慶子はね。
しかも、自分じゃあ全然気付いていないんだよ。人気者のつもりなんだぜ。
トモキ君が行っている塾の名前は、えっと、確かSK塾とか言うのさ。何でそんなこと知りたいの?
え?君も行くの?SK塾に?マジかよ!え?ほんとうに?
そっか、そりゃあまた、こまったことになったもんだね。じゃあ、ジュース早く飲んじゃって。そこら、かたづけるからさあ。
でも、そうだよね。トモキ君だって、前はちっとも勉強なんかできやしなかったんだ。それが塾に行きはじめたとたんだよ!そんなにすごいのかな、塾って。え?あ、そうそう。ショーゴも行ってるって言ってたよ、塾。でも、あいつの行ってるのはSK塾じゃないさ。
君も、SK塾行くのかあ。僕も行った方がいいのかなあ。
まったく、こまったことになったもんだね。じゃあコップ貸して。下に持ってっちゃうからさ。
第三章 天使のボディガード
俺の仕事は、ボディガードだ。
守るのだ。体をはって守るのだ。そんな仕事だ。
俺はこの仕事を、天職だと思っている。
今度の仕事は、ちょっとやっかいなものになるかも知れないな。いや、この俺にかかれば、やっかいなものもやっかいではなくなるだろう。何しろ天職なのだ。
俺は、生まれた時にはもうボディガードだった。俺を産んだばかりの母親のことだって命がけで守ったし、産婦人科の医者や看護師のことも、命がけで守った。そう、俺はいつだって命がけだ。でも、生まれたばかりの俺は見事なアクションで暴漢の攻撃をかわしながら思ったよ。「礼はいらないぜ」ってね。だって、そうだろう。彼らのおかげで、俺はこの世に生まれてきた。彼らのおかげで、俺はボディガードになれたんだからね。
しかし、俺はプロになった。プロって意味を知ってるかい?
それなりの報酬を払ってもらうよ。
今度の仕事は今までとはちょっと違う。俺が「奴」のことを守っている事を、誰にも気付かれるな、というのだ。それが条件なんだそうだ。しかも、守る対象である「奴」にだって気付かれちゃあいけないんだ。こいつはことだぜ。
でも、何しろ俺は生まれつきのボディガードだからな。どんな仕事だってこなしてみせるさ。
俺の変装は完璧だ。見事に「奥さん」になりすました。俺の変装が完璧である証拠に、「奴」は言ったよ。「あーら、奥さん」
どうだ、完璧だろう。俺はどこからどう見ても「奥さん」なのだ。
第四章 桜色の午後
「ちょっと!ちょっと!どなたかいらっしゃいませんの?」
と、わたくしは言ったざあます。
わたくしの息子の朋生のことで、どうしても村川先生にお話があったのざあますのよ。でも、どなたも出ていらっしゃいませんの。仕方ありませんので、わたくしはそのまま、高級スーパー「紀伊国屋」で、お買い物をするざあます!
あらまあ、今日はいいお肉が並んでいるざあます!今夜は「すき焼き」ざあます!
朋生も「すき焼き」が好きざあますのよ。
これでまた、朋生の成績が上がるに違いありませんことよ!おほほほほほほ!
さあ、早く、帰りましょ!
第五章 私の彼はナポリタン
私、彼のことで悩んでるんです。
彼は、私より2つ年下。まだ高校一年生。
去年までは中学生だったんだから、仕方ないのかもしれませんが、彼はちょっと子供すぎます。
例えばこの間、二人で美術館に行った時、私がルノアールの絵の前に立ち止まり「ねえ、この絵、好き?」と聞いたら、彼はこう言ったんです。
「中間」
そんな答えがあるでしょうか。
私は今、真剣に彼と別れる事を考えています。
第六章 ルール
この町には、独特の奇妙なルールがある。
それは、ある種の、リズムだ。
太鼓のリズムに似ている。
ドンドコ、ドンドコ言うのだ。
ダサくても、仕方がない。逆らえないのだ。いや、逆らう気もおきないのだ。
ドンドコ、ドンドコ。ドンドコ、ドンドコ。
これが、ルールだ。
誰も疑問を持ったりしない。
疑問を持とうとしても、無理だからだ。ドンドコ言うだけだからだ。そんなものに、どう疑問を持てばいいのだろう?
だからこのルールは、反論されることもなく、いや、ほとんど意識される事もないままに、人々の心に、いつのまにか忍び込む。
この町で生まれた子供たちにとって、ドンドコ、ドンドコは当たり前なのだ。それを否定するという事が、どんなことかもわからないのだ。
僕は、東京で生まれた。そして14歳の時にこの町に越してきた。
よそものである僕には、ドンドコ、ドンドコが、やたら耳障りだった。でも、それも最初の半年くらいで終わる。あっという間だ。
僕はルールを守ろうとした事も、ルールを侵そうとした事もない。
ただ、この町で生きている。
祖母は生前、「この町ではね、誰もがみんなしあわせなんだよ」と、よく言っていた。僕はその意味を、長い間理解できないでいた。
海が見える。でも、ここは瀬戸内じゃない。
「これ、何?」と、となりの家の子供が僕に聞いた。それは塾の広告のチラシだった。僕はそのチラシにサッと目を通す。
そこには何か、この町にはそぐわないものがあった。
第七章 リキュール
最後に、もう一回だけ確かめてみようと思った。それでダメだったら仕方がない。きっぱり、あきらめよう。
きっぱり。
きっぱり、あきらめられるとは、本当は思えないけどね。いつだって、ふたを開けてがっかりするのは僕の方だ。でも、今までの僕の経験からして、どんな時でも、がっかりするのは一瞬だった、ような気がする。
だから、こんなに絶望的なシーンを見つめながらでも、僕は思うんだ。
「最後に、もう一回だけ確かめてみよう。それでダメだったら仕方がない。きっぱり、あきらめよう。」
きっぱり。
「もう一回」が、「更にもう一回」になるかもしれない。それでもダメなら、「また更にもう一回」。きりがない。きりがない、ことになりかねない。
「一回」は「一回」って、絶対に決めなきゃだめだ。きっぱり。
きりがないことにならないためには、きっぱり、あきらめることだ。
君が、黄色い、木でできたきりんの置き物を、今日作り、「気分がいい」「気持ちがいい」とくり返す。
「ほんとう?」
「『ほんとう?』」
無理だった。きりがない迷路に迷いこまないためには、きっぱりとあきらめることだった。やっぱり。
最後に、もう一回だけ確かめてみようと思った。
思った。
思ったんだけど、
確かめるのは、あしたでもできることだからね。やっぱり。
カラン、と音がした。今日はもう、終わり。
第八章 エキサイト
人が倒れた!
何?なにが起こったの?
私はもう、なにがなんだかわからないし、何だか怖いし、でも、それと同時に、ちょっとエキサイトしてたの。
だって、だって! 目の前でいきなり人が。女の人が。中年の女の人が。「ざあます」風の、ブルジョワジーな感じの中年の女の人が。
さっきまでは、ピンピンしてたのよ!「さあ、早く帰りましょ!」なんて言っちゃって。
それがバタンッて。急に、急によ! それに血ィ流してんのよ、よく見たら。アスファルトがこう、どすぐろく染まっていくのよ。
なんなのー!
「何ですか?」と、若い男の人が私に聞いたの。
「え? いえ、わかんないっす。あ、わからないです」
「なんでしょうね」
「はあ」
近くには、私と、その男と、もうひとり、男と、あと「奥さん」が二人で立ち話をしていたの。その奥さんの一人のほうが、すごいけわしい顔して、それもちょっとびっくりしちゃった。しかも、しかもよ、パパッとすばやい動きだもの。「奥さん」なのにね。
なんなのー!
「私に話しかけてきた狐目の男」じゃない方の男が、携帯で警察に連絡。
私と、「警察に連絡したタヌキ目の男」じゃない方の男が、倒れた女におそるおそる近寄り、でもねえ!そんな、そりゃ、そういう、なんていうか、市民の義務? そういうのもあるかもだけど、もう、どうしたらいいものか、わかんないもんで、ほんとに。ただ、おそるおそるそばによってみたんだけど。
いやっだあ、死んでるみたいなんだもの。確認なんてできないし、こわいし、どうすればいいのかもわかんないしね。
もーっ、どしてー!?
人が死ぬのに立ち会うなんて、そうそうできる体験じゃないもんね。そりゃあ興奮するって。
エキサイト!
…でも、嫌だ! すっごい嫌だ! もうっ、いやだっ。 嫌だよー!
なんなのー!
第九章 コーヒーおかわり
裕美は、そこにいた。
こんなことなら、初めから探すんじゃなかった、と僕は思った。つまり、誰の助けも必要としていなかったんだよ、裕美は。それを僕たちが、すっかり勘違いして、追い回していただけだったんだ。
そういえば、裕美は、この町の生まれじゃない。
なんでも、北のほうの生まれだって。
北って、どのへんだろう? 多分、僕らの中の誰もが、くわしいことは知らなかったんじゃないかな。
「北」っていうのが一体どのへんなのか僕にわからないのと同じように、「そこ」がどこなのかも、ずっと長い間僕にはわからなかった。「そこ」は、僕の頭の中ではいつもぼやけていて不可思議で、そんな場所が本当に存在するのかも、ときどき疑問に持つほどだった。
裕美が「そこ」にいたのを見つけた時には、「なんだ、こんなに近くにいたのか!」ってあきれた気持ちになったけど、僕はその時まで「そこ」がどこなのか少しも知らなかったのだから、実は、僕のことを初めて「そこ」に連れていってくれたのは、他ならぬ裕美だったのだ。
「なんで、そんなにドンドコ、ドンドコ言うの!?」
と、ときどき裕美はキレた。
でも、僕らには、まったく意味がわからなかったんだ。
僕なんかは、裕美の言うその「ドンドコ、ドンドコ」というのが、僕らの使う方言のことじゃないかと思っていたくらいなんだから。
本当のことをいうと、今でも僕には「ドンドコ、ドンドコ」が聞こえない。だからほんとうにはわからない。理解していない。
僕にわかったことは、裕美にはそれが確実に聞こえていて、そしてそれは確かに、この町の「そこかしこ」に存在しているという事。
それがわかっただけでも、大変な進歩だよ。ついこないだまで僕は、そんなものは「裕美の頭の中だけにあるものだ」と、タカをくくっていたのだからね。
僕はいつか、この町を出ていこうと思う。
よその土地で暮らせば、わかるのではないか、と思うからだ。
その新しい土地で、僕が、
「ここには、本来あるべきものがない」「なにかたりない」
と感じたとしたら、それこそが「ドンドコ、ドンドコ」なのではないか。
僕はその時、それがないその土地で、
それがないことに耐えられるだろうか。
それがないことを許せるだろうか。
第十章 メタフィクション!
マサカズくんは、「パタンッ」と本を閉じました。
そして、こう思いました。
(なんだよ、これ! 「それ」とか「そこ」とか指示語が多くて、ちっとも面白くないよ。もっと具体性のある小説はないのかよ。)
マサカズくんは次の本を開きました。そこには、こんなことが書いてありました。
赤井陽介は、平田幹生や神崎奈美子と共に、高田伸彦の家に向かった。神田邦太郎が前
から気にしていた通り、中川友之と白石琴子は親密な関係になりつつあり、それが佐々
木信道の耳に入ったのだから、香川祥子に知られる前に赤井陽介は真相を確かめる必要
があったのである。
マサカズくんは、また「パタンッ」と本を閉じて、こう思いました。
(人名事典かよ! じゃなければ、電話帳か、住所録だろう。こんなの読んでる人は、頭おかしいとしか思えないね!)
マサカズくんは、わずかな希望を胸に、次の本を開いてみました。こんな本でした。
冬の気配が、まだ静かに息づいていた。だが、たしかに春は来ていた。あたたかく透き
通った鈍色の空気が、少しだけかじかんだ体にまとわりつく。フッと鼻をつく花の香り
が、私の遠い記憶を呼び覚まし、幼い頃に住んでいた、あの小さな、だが住み心地のい
い家の、その庭で毎年花を咲かせた…
そこまで読んで、マサカズくんは、またまた「パタンッ」と本を閉じました。
(本題に入れよ、本題に! いったい、いつになったら小説が始まるんだよ!)
マサカズくんは、「それらの三冊の本」を部屋の窓から投げ捨てて、大声でこう叫びました。
「メタフィクションなんて、もう流行らないんだよ! ばかっ!」
「ばかっ」と言われてビクッとしたのは、家の前を偶然通りかかった、スナイパーでした。
スナイパーがビクッとしたのには、三つのわけがありました。
一つめは、スナイパーは、自分が「ばか」なのではないかと、いつも不安に思っていて、「ばか」という言葉に敏感になっていたこと。
二つ目は、家の窓から突然三冊も本が飛び出してきたこと。
しかし三つめは、一番深刻な理由でした。
なんとスナイパーは、今までに四冊も本を出したことがあったのです。しかも、そのどれもがメタフィクションでした。だからスナイパーは、突然「ばかっ!」と投げ捨てられた本が、どれもみんな、自分の書いた本ではないかと、心配になったのです。
スナイパーは考えました。
(きっと投げ捨てられた本は、あれとあれとあれに違いない)
でも、確かめにいくわけにはいきません。スナイパーは急いでいたからです。今すぐ「奴」を撃ちにいかなければならなかったからです。
(でもオレは今までに、四冊の本を出した。あれとあれとあれは投げ捨てられても、あの本は大丈夫だろう。あれは面白い。なんたってタイトルが「すってきなブラジル」というのだ。大丈夫!)
スナイパーは、胸を撫で下ろしました。
と、ちょうどその頃、ボディガードは、どんな変装をしようか、真剣に悩んでいました。
変装は、「変装している」とバレてしまってはしょうがない。しかし、「もともとの自分」と、あまり変わっていなければ意味がない。
それにボディガードは、変装に夢中になって「奴」を守ることができなければ、そもそも仕事にならないのです。
(こいつは、ことだぜ)とボディガードは思いました。
それから、ボディガードは、自分のことを「ボディーガード」と表記する人のことを、もっとも許せないと、その時にもやはり考えていました。そんなふうに表記されたら、自分がそこにいる意味がすっかりなくなってしまうことを知っていたからです。
「奴」は、自分が狙われていることも知らずに、ボディガードに守られていることにも気づかずに、今日もまた、芸能人のゴシップに夢中でした。
「奴」は、離婚したり借金したり暴力団のパーティに出るのが、芸能人の仕事だと思っていました。「奴」は、芸能人がワイドショーのネタになってもギャラをもらえないことを、知らなかったからです。
歌をうたったり芝居をしたり…。それもこれも不倫騒動を起こすための伏線なのだと「奴」は考えていました。
(不倫は楽しいのかな)と、ある日「奴」は考えました。でもすぐに、そんな考えは意味のないことだと思い直したのです。なぜなら、「奴」は芸能人ではなく、だから仮に「奴」が不倫をしたとしても、たった一人のレポーターも、「奴」に取材を申し込むことはないからです。そんな「不倫」が楽しいわけがありません。
たとえ「奴」が自殺をしても、ワイドショーは来ないでしょう。なのに、そんなことのために命を捨てるバカがいるでしょうか。誰も読まない遺書を書くために、死ぬことはできないのです。
朋生君は、塾にいく途中でした。塾の名前は「SK塾」です。この町では、いちばん有名な塾です。ここに通えば、成績がグングン上がります。その理由は、朋生君にもわかりません。ただ、朋生君の成績も、やはりグングン上がったのですから、まったく問題ありません。でもその時、朋生君はふと、思いました。
(いったい僕は、「何の」成績があがったのだろう?)
朋生君は何を考えているのでしょう? そんなこともわからないのでしょうか。朋生君は「学校」の成績が上がったのです。
朋生君の学校の成績が上がって一番喜んでいたのは、朋生君のお母さんです。
ほんとうですよ。ほんとうに心から喜んでいたのです。
食卓にはすき焼きがグツグツするはずでした。
でも、すき焼きは、なんにも言いません。
だまったままです。
「中間」は帽子を買いに行きたい、と思っていました。
彼は何を聞かれてもすぐ「中間」と言うから「中間」なのです。と言うか「中間」のほんとの名前は、どこにも書いていないから、わからないのです。
人はすぐ、書いてもいないことを「読もう」とします。それが頭がいいことだと思っているのです。だから素直に「書いていないから、わからない」とは言わないのです。
それでいて、そこに書いてあることは、どんなにわかりやすく書いてあっても、ちゃんと読もうとしないのです。
せっかく書いても無駄になるから、誰もがだんだん、書くことをやめてしまいます。
「中間」には、どんな帽子が似合うのでしょう? つばがこーんなに広いのでしょうか。それとも、ほとんどつばのないやつでしょうか。本人に聞いてみて下さい。
「中間」というでしょうね、「中間」は。
そんなことだから、年上の彼女にもふられるのです。
スナイパーは、道の上に、見覚えのあるものを見つけました。でも、道の上に落ちていたそれは、スナイパーがいつも見ているものより、はるかにクチャクチャで、はるかにたくさん人の足跡がついており、はるかに多くのつばをはきかけられていました。それは本でした。表紙には「すってきなブラジル」と書いてありました。