第十一章 紅茶、もう一杯!

 裕美は、ここにはいなかった。
「ここにたどり着けば、きっと裕美がいる」
 そう思ってたのに。
 なんでいないんだよ!!
 残念!
 せっかく、この町の「はしっこ」まで来たのに。
 この町の「果て」まで来たのに。

 まあ、裕美がいなかったのはいいとしよう。
 問題はだ、ここに来ても、今までと、何も変わりがないことだ。僕には、やはり何もわからないのだ。
 もう、怒られるのも嫌だ。しーんとして、気まずいのも嫌だ。
 あー、嫌だ嫌だ。
 見渡す限り、この町の風景だけだ。
 何でだよ! この町の「はしっこ」に来たってのに!!
「となり町」はどこにいったんだ!
 この町の「はしっこ」を探しだすのに、どんだけ苦労したと思ってやがるんだっ!!!

 落ち着くのには、紅茶が一番! 熱い紅茶を入れて、ゆっくり飲もう。

 そして、最後に、もう一回だけ確かめてみよう。
 それでダメだったら仕方がない。きっぱり、あきらめよう。
 絶対に、きっぱり、あきらめよう。

 きっぱり。

 やっぱり。
 
 

第十二章 中山先生の講議

 中山先生が、黒板に大きな字で書いた。
『世の中には、二種類の人間がいる』

 正吾は、ドキドキして、ワクワクした。いったい、どんな「二種類の人間」がいるのだろう?

 中山先生が続けてこう書く。
『ひげのあるものと、ひげのないものだ』

「へ?」

(あたりまえだ)
 と、正吾は思った。

 すると、あろうことか、中山先生はくるっと振り返り、生徒達に向かってこう言い放ったのだ。
「あたりまえです!」

 中山先生は、今度はこう書いた。
『世の中には三種類の人間がいる』

(おいおい!二種類じゃなかったのかよ)

 先生は書き続ける。
『パンダが好きなものと、パンダが嫌いなものと、別にどちらでもないものだ』

 そしてまたもや振り返り
「あたりまえです!」
と言った。

 正吾は思った。(それを「あたりまえだ」と思うこと自体があたりまえだ)
 正吾の反応は、あたりまえのものであった。

 中山先生は、こう言った。
「みなさん、今、この黒板には何が書いてありますか?」
 生徒達は、あまりのばかばかしさに、何も考える気がしなかった。
「いいですか、みなさん。今、この黒板には何も書いてありません」

(「何も書いてない」だって!?)
 正吾は驚いた。だって黒板には、さっき中山先生が書いたくだらないたわごとが、へたくそな字で確かに書いてあるのだ。それを「何も書いてない」なんて。
 正吾は思った。
(きっと中山先生は、自分が書いてしまったアホな言葉を、「なかったこと」にしようとしているんだ。責任逃れをしようとしているんだ。なんて卑怯なやつなんだ)

 正吾は、もうこんな塾はやめてしまおうと思った。そして、朋生や慶子の通っているSK塾に、自分も行こうと。絶対にそのほうがいいに決まっている、と。
 
 

第十三章 慶子の日記

 わたしは、嫌われている。
 わたしは、クラスのみんなから嫌われている。
 今日だって、わたしが席替えを提案したときのみんなの反応は、ひどいものだった。

 わたしは、せいいっぱい、がんばっている。いつだって笑顔を忘れないし、誰にだって話しかけるし、ホームルームでも授業でも、必ず手を上げて発言をする。
 いじめられている子のことはかばうし、足の速い子のことはほめるし、頭の悪い子のことだって、決してバカにしたりしない。

 先生のいいつけにも、ママの教えにも、逆らったことなど、一度もない。

 わたしは、勉強もできるし、運動も得意だし、絵だってクラスの誰よりも上手にかける。
 歌だって、たぶん一番うまいはずだ。
 それでも自分の才能を、自慢したりすることはない。

 うちが大金持ちでも、それを鼻にかけたりしない。
 それでいて、クラスのみんなには、いろいろ高いものをプレゼントまでしている。

 なのに、
 なのに、

 わたしは、嫌われている。
 なぜ?

 それはきっと、わたしが美人だからだ。
 
 

第十四章 キツネとタヌキ

「あ! あなたは!」
と狐目の男(以下、キツネ)が言った。
「あ! これはこれは、どうも、すみません」
とタヌキ目の男(以下、タヌキ)が言った。

「先日は、ほんとに、また」
と、キツネが言った。
「ほんとにねえ、すみません」
と、タヌキが言った。

「物騒な世の中になりましたねえ。あんな町のど真ん中で、普通の主婦が打ち殺されるんですからねえ」
と、キツネ。
「まったくですねえ。なんでもね、近くのビルの屋上から撃ったらしいですよ。ほんとに、すみません」
と、タヌキ。

「物騒と言えば、オヤジ狩りね」
と、キツネ。
「ああ、ありますねえ。怖いですねえ、ほんと。すみません」
と、タヌキ。

「狩りにあったことあります?」
「え?私がですか? いえいえ、私は幸い、まだありませんよ。すみません」
「私はあるんですよ」
「へえ、本当に? それは大変だったでしょう。すみません」

「これがその時の傷です」
と、キツネはワイシャツの袖をめくってみせた。

「あ、でも私は罠にかかったことならありますよ。これがその時の傷です。すみません」
と、タヌキはズボンの裾をまくってみせた。

「それはそうと、今度うちの娘が結婚することになりましてねえ」
「はぁ、それはおめでとうございます。すみません」
「しかしあなたね、相手の男っていうのが、イタチなんですよ」
「イタチですか。それは、どうも…。ほんとに、すみません」

「まったく、嫌な世の中になりましたなあ」
「まったくですなあ、すみません」
「それじゃあ、また。今度、飲みにでもいきましょう」
「そうですね。すみません」

 キツネとタヌキは、それ以来、この町で会うことはなかった。
 
 

第十五章 発明

 あの、画期的な方法を考え出したのは、実は僕なのだ!
 そう。SK方式のことだ。

「SK方式って、あのSK塾でやっている勉強法のことだろ」
と、あなたは思うかもしれない。しかし違うのだ。

 もはや、そんな小さな世界の出来事ではない。この町のいたるところで、それは始まっているのだ。

 ずっと昔から、この町の人たちは奇妙なルールに支配され続けてきた。しかしようやくこの僕が、そこから人々を解き放つ、革新的な方法をあみだしたのだ。

 それが、SK方式だ!
 
 

第十六章 腰痛

 SK方式ねえ。ふーん。いや、やっとわかってきたよ、それがどんなものであるか。しかし、あれだねえ。いつのまにか、こんな所にまで浸透してきていたんだねえ。

 いったい、誰が考え出したんだろうね、ありゃ。
 確かに、よくできている。それは俺も認めるよ。でも結局、あんなものじゃね、俺のこの「腰痛」は治せやしないんだ。わかるだろ。

 俺は腰が痛いんだよ。いたくていたくて、たまらないんだよ。
 でもさ、、前に誰かが言ってたよ。この町に生まれたものの宿命だってね、姿勢が悪いのは。だから、腰にきちまうんだとさ。

 SK方式は、すぐれものかもしれないよ。でもそれは、なんだかんだ言っても、この町のルールの中でしか役に立たないもんなんだよな。
 そりゃあ、画期的だったろう。成績優秀、仕事もはかどり、人柄もよく、顔もキリっとしてくる。今までにないよ、そんなの。たしかにね。

 みんなにほめられるだろう。気分がいいだろう。
 でもさあ、「この町の居心地がよくなっちまう」だけだろ、それじゃ。
 居心地いいんだから、まあ、いいようなもんだけどさ、でも、困んだよな、それだけじゃ。だって、痛いんだよ、腰がさ。これだけは治んないね。この町にいる限りはね。

 俺は、腰が痛いんだよ。いたくていたくて、たまらないんだよ。
 
 

第十七章 ご主人は、今夜が峠です

 医者は言った。
「ご主人は今夜が峠です」

 医者は、「ご主人は今夜が峠です」と言った。

 「ご主人は今夜が峠です」と、医者は言った。
 

「いったい主人は、いつが峠なんですか? そんな言い方じゃあ、わたくし、さっぱりわかりませんわ!」
 
 

第十八章 オレンジ色の落日

「ここで会ったが、百年目」
と、スナイパーが言った。そして、「奴」に銃を向けた。
「おいおい、そんなやり方はないだろう」とボディガード。
「ああ、確かにな」
 スナイパーは、でもけっして銃をおろさない。

 スナイパーはもう「狙撃すること」なんかには、興味を失っていた。だから、「奴」の目の前に出ていったのだ。そして至近距離から「奴」を狙う。

「それじゃあ、スナイパーじゃないだろう。お前はもう、スナイパーじゃないだろう」
「いや、オレはスナイパーだ。今日から、スナイパーだ」

 ボディガードは大声で言った。
「お前、自分が狙撃に失敗したからだな! そうなんだな!」
 スナイパーはたしかに、以前「奴」を撃とうとして、失敗した。全然関係ない人を撃ち殺してしまった。でも、スナイパーは首を横に振った。
「そうじゃないよ」

「奴」には、わからなかった。
「奴」はそもそも、自分が「狙われていること」を知らない。と言うか、自分が「狙われているのかどうか」を、知らない。
 だから、目の前にいるスナイパーを「スナイパー」と呼ぶべきかどうか、見当もつかないのだ。

 そして「奴」は自分が「なぜ」狙われているのかも、やはり知らない。
 しかし、「奴」が「なぜ」狙われているかを知らないという点においては、スナイパーもボディガードも同じだった。

 スナイパーは言った。
「それからな、オレがもし『スナイパァ』と表記されたとしても、オレはスナイパーだ」
 ボディガードは、「奴」を横に突き飛ばすと、スナイパーの銃の銃身をつかんだ。
「俺はボディガードだから、「奴」を守るのだ」
 そして、続けてこう言った。
「それは、おれがボディガードだからだ!」
 
 

第十九章 灰色オオカミの逆襲(死闘編)

 スナイパーはこう言いました。
「この町から出ていくよ、オレは」
「なんだとっ!」
 ボディガードは、怒りで顔がまっかになりました。でも、本当はあせっていたのです。なぜならボディガードは、ずっとずっと「この町から出ること」だけを考えていたからです。そのためにボディガードになったと言っても過言ではありません。つまり、ボディガードの人生は、始まった時から「この町を出ていくこと」一色だったのです。
 ああ、それなのに、スナイパーは自信ありげに「この町から出ていく」と宣言をしたのです。

「この町の外には行けないさ。お前にはね」とボディガードは言いました。
 でも、何の根拠もなく、そう言ったのです。そう言わずにはいられなかったのです。
「この町の外には、何もないんだぜ」と、ボディガードは続けます。
 でも、何の根拠もなく、そう言ったのです。そう言わずにはいられなかったのです。

 ところが、「その通りだ!」と、スナイパーは言いました。
 ボディガードはびっくりです。なんと、その通りだったのです!

「オレはこの町から出ていくが、この町の外側に行くのではないのだ!」
「何を、負け惜しみを言うのだ」と、ボディガードはあきれた顔をしました。
「まったく、こまったことになったもんだね」と、少年はジュースをかたづけながらつぶやきました。

「この町から出ていくとは、この町ではない場所へ行くということだ」
と、朋生が言いました。
「その通りだ!」とスナイパーが言いました。

「『この町ではない場所』は、この町の外側ではなく、この町の内側にある、ということじゃないんですか?」
と、キツネが言いました。
「うーん、多分そうなんじゃないの」とスナイパー。
 スナイパーも、なんだかだんだんわからなくなってきていたのです。
 だいいち、何でこんなところにキツネがいるのでしょう?

 すると、ボディガードは、スナイパーの銃の銃身を「えいやっ!」とひねって、スナイパーの銃を奪ってしまいました。そしてこう言ったのです。
「俺は、「そこ」がどこであるか知っているよ」
 でも、何の根拠もなく、そう言ったのです。そう言わずにはいられなかったのです。

「なんだ!こんなに近くにいたのか!」と、男が言いました。男は、裕美が「そこ」にいるのを見つけました。そして男は「そこ」がどこであるか、やっと見つけました。

 キツネが言います。
「ほんとう?ほんとうに見つけたの?」
 スナイパーはますますわからなくなりました。
 だいいち、何でキツネが人間の言葉を話すのでしょう?

「「そこ」は、この町よりも大きいんですかね。小さいんですかね」
と、キツネ。
「中間」と、「中間」が答えます。

 中山先生は黒板に大きく、こう書きます。
『ここには何も書いてありません』
 そして振り返り、こう言うのです。
「黒板には、何が書いてありますか?」
「わかりません」と慶子。
「なぜ、わからないのです?」と村川先生。
「それはきっと、わたしが美人だからです」

「ふざけるな!」と少年は怒りました。「「そこ」が「この町」と同じ大きさだなんて、誰が決めたんだ!」

 ボディガードは、奪った銃をスナイパーに向けました。
「これで、立場は逆転だ」

「撃てるものなら撃ってみろ」

 すると、遠くから、その音が聞こえてきました。
 おや、遠くではありませんね。すぐ近くでなっているのです。
 わたしにも、あなたにも聞こえてきました。
 もちろん「中間」にもです。
「ドンドコ、ドンドコ」「ドンドコ、ドンドコ」

 もしかしたらこの町から出られるかも知れない、と、腰痛の男は思いました。だから最後に、もう一回だけ確かめてみようと思いました。それでダメだったら仕方がない。きっぱり、あきらめよう、と。
 
 

第二十章 終わりの章

 スナイパーはこう思いました。
(オレたちは、瀬戸際まで来ていたんだ)

 そしてボディガードも、こんなふうに思いました。
(俺たちは、瀬戸際にいる)
 でも、何の根拠もなく、そう思ったのです。そう思わずにはいられなかったのです。

 この町ではない場所。その内側には、いったい何が待っているのでしょう。

 実はスナイパーたちは、これから「そこ」で、様々な冒険をくりひろげるのですが、
 それはまた、別の機会に。
 
 

第二十一章 エピローグ

 食卓にはすき焼きがグツグツするはずでした。
 でも、すき焼きは、なんにも言いません。
 だまったままです。
 でもそれじゃあ、すき焼き、食べられないじゃないですか!

「『いったい主人は、いつが峠なんですか? そんな言い方じゃあ、わたくし、さっぱりわかりませんわ!』
そんな言い方じゃあ、わたくしにも、さっぱりわかりませんわ!」
 

 マサカズくんは、「パタンッ」と本を閉じました。

                   おしまい