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リアル・ストーリーの光と影

STAGE_03 「開かれた、扉」 SCENE#7
 はぁはぁはぁ──息が切れる

 ずきずきずき──躯が痛い

 どくどくどく──心臓が悲鳴を上げている

 ──僕は、死んだのだろうか? そうじゃない。まだ・・・まだ、生きている。躯は、まだ盛んに痛みを訴えてきている。良かった、痛覚はまだあるんだ──

 先輩はどうしただろうか? あんなに血を流していて──大丈夫の筈がない。三奈瀬翔(みなせしょう)は、霞む目を凝らして目の前の相手を睨み付ける。黒い、影のような相手──僕を、嬲るように切り刻んだ相手。単に遊ばれているのだろう──どの一撃も倒れる程の致命傷ではなかった。だが、その程度でも、翔の躯のそこかしこから出血し、目にも入ったのか視界も真っ赤だった。

 せ、んぱい──頼むから、逃げてください・・・

 そう願わずにはいられない。何もできない自分は無力だ。視界も、意識も霞んでいく。もう、とっくに限界は越えている──

 その時──自分の意識を揺さぶる微かな声が聞こえた。

「・・・翔・・・くん・・・」

 その声を聞いた時、自分の中でまだ死んでいない何かが、もう一度自分を突き動かした。正直言って苦しい。正直言って、今他の誰かのことを構っている余裕なんて無い。それでも、どんなことがあっても、譲れないことがあある。そして、その決意を表す時は、今この時だ。言葉にしなければ。少しでも、不安を取り除いてあげなければ。歯を食いしばって、その言葉を口にする。

「・・・せん、ぱい・・・大丈夫、ですか・・・」

 そこまでだった。無理して声を出したせいか、急激に躯から残った力が抜けていく。情けない・・・このまま倒れてしまうのか? 意識が遠のくとともに、翔は地面にゆっくりと崩れ落ちた。

★  ★  ★

 肩の激痛が止まない。翔が相手にぶつかった反動で突き刺さった剣は抜けたが、ひっきりなしの出血が止まらないからだ。まるで、躯から生きる力が流れ出していくようだ──がっくりと膝を付いて、神和姫葵(かみわきあおい)は浅い呼吸を繰り返した。ぼんやりとした視界には、手から滑り落ちた鞄を中心に、地面に広がる紅い模様が映っている。

 近くで、叫び声がする。

 誰だろう? 誰って・・・あぁ! 翔くんがいるんだ。わたしを庇ってくれているの・・・? そんな。そんな、無理をしないで・・・。

 歯を食いしばって、顔を上げる。そして、心が凍るような光景が目に飛び込んだ。そこに、全身から血を流して、翔が立っていた。物も言わず、動きもせず──もはや、意識があるかどうかも定かではない。ただ、相手に対して拳を構えることだけは止めていなかった。

「・・・翔・・・くん・・・」

 掠れたような声が、それでも漸くでた。あんなになってまで──どうして、立っていられるのだろうか? どうして、逃げないで自分を庇っているのだろうか?

 どうして・・・

 出口のない思考がぐるぐると巡って──次の驚きに辿り着く。

「・・・せん、ぱい・・・大丈夫、ですか・・・」

 信じられない。そんな状態でどうして、相手の心配をするのか。翔も瀕死の重傷だろうに、どうして相手を思いやる力が残っているのか。そんなになってまで・・・。

 そして──翔がゆっくりと倒れていくのがスローモーションのように目に入った。絶望に似た諦めの想いが、心を冷たく浸食していく。

 ごめんなさい、翔くん・・・もう・・・動けない・・・

 涙が流れ落ちていた。諦めて仕舞いつつある弱い自分なんかを庇ってくれて──謝罪の言葉を呟きながら、葵もゆっくりと地面に倒れ込んだ。

★  ★  ★

 身動きしなくなった翔にそれ以上構うことなく、黒い影は滑るように葵に近づいた。そして、影のように霞むような手を葵の上に翳すと、低い呪文がそのフードの奥から零れ出す。

『・・・Verrate mir, wo es sich befindet. Verrate mir, wo es ist・・・(それが何処にあるか、我に知らしめよ)』

 何かを捜すかのように、その手は彷徨った挙げ句、深紅に染まった葵の鞄の上でぴたりと止まった。影は地面に膝を付くと、鞄を閉じる留め金に暫し手こずった後、ぱちんと解錠した。歓喜の波動が沸き起こる。

  ・・・見つけた・・・ついに見つけた・・・

 だが、その邪悪は笑みは、驚愕に取って代わられる。無造作に開けた鞄から、目映い金光があふれ出したのだ!

『Gu・・・Aa・・・』

 呻き声と共に手で顔を庇い、二三歩後ずざる黒い影。ますます輝きを増す金色の光──金縛りにあったように、身動きしない影。 そして、その光の彼方から、目映く輝く“白い路”を歩んでくる者。そして──金色の鎧を纏った“戦士”が光の中から歩み出た。

「これはこれは、こんなところでDREAD KNIGHT(破滅の騎士)とは奇遇だな。何を血迷って、現世に脚を踏み入れてるんだ?」

 その言葉が引き金となったのか。それまでの金縛りから一転。剣を振りかざし、問答無用でその金色の人物に襲いかかった。

「ふん」

 鋭い金属音が響いた。必殺のその一撃を、難なく金色の籠手で受け止めると、にやりと笑う。

 「お返しだ。しっかりと受け止めろよ」

 ドンっ! と言う音と共に、逆の手が影にめり込んだ。そのまま、突き上げるように空中に放り投げる。為す術もなく、影は吹き飛ばされた。

「これで、仕舞いだ」

 先程まで剣を受けて止めていた手に、いつの間にか優美な細工の細い両刃の直刀が収まっていた。僅かに目を細めると、目映いばかりに直刀が輝きはじめる。

「In Namen der erwuedigen Koenig(崇め奉る王の名にかけて), lei mir die Kraft der Legende(我に伝説の力を与えたまえ)・・・DRACHEN SCHLAG(龍撃衝)!!」

 無造作に振るった直刀から、凄まじい魔導エナジー──EVOCATION POWERが影を直撃する。

『Ghaaaaaaa!!!」

 その影を“虚空の向こう”に吹き飛ばして、その圧倒的な魔導の流れは止まった。

「ふん。準備運動にもならん──おっと、こうしてはおれんな」

 倒れ伏した葵と翔をみやると、男はまず葵の傍らに屈みこんだ。いまだに出血の止まらない肩口の傷──その上に手をそっと当てた。

「Allmaechtiger Herr(偉大なる王よ), gib mir deine Kraft um diese Wunde zu heilen(この傷を癒す力を与えたまえ). HEILUNG(完癒)!!」

 呪文を紡ぐと、たちまちの内にその手が蒼く光り出す。葵の傷口を撫でるように、そっとその手を動かすと、すぐに出血が止まり、みるみるうちに傷口が塞がり始める。先程までは苦しげだった呼吸も安定し、蒼白だった顔色も目に見えて良くなっていく。

「よぅし、こっちのお嬢ちゃんは大丈夫だ。あとは、あっちの坊主だな」

 立ち上がって翔の元に歩いていく。事切れたように地面に倒れ伏す翔は、全身から出血して酷い有様だ。

「全く、無茶をする。DREAD KNIGHTと相対して、命が合っただけでも僥倖というものだ」

 先程同様に、翔の躯の上を蒼く輝く手が忙しく動き、再び同じ呪文が紡がれる。

「ふぅ・・・流石に、一日“完癒”(HEAL)二回はしんどいか。」

 言ってる内容とは裏腹に、余裕の笑みを浮かべている金色の戦士。さて、と周囲を眺めると。

「まぁ、坊主は良いとしても、お嬢ちゃんはなぁ」

 肩を竦めると、そっと葵を抱き上げる。ん? と落ちていた鞄も拾い上げると、一緒に近くのベンチに運んだ。翔は、そのまま放置である。いや、オトコノコは辛いものがある(笑)。

「さて。ここの“排他結界”はまだ保ちそうだし──すぐに気が付くだろうから、暫し待つとするか」

 葵が横たわるベンチの隣に座ると、金色の戦士はのんびりと構えて翔と葵の目覚めを待った。

★  ★  ★

「うっ・・・」

 体中に痛みが走った。完全に強ばっている。強ばる? 強ばるって、それだけなのか? あれだけ、傷を受けたのに?

「よう。気が付いたか坊主」

 ちょっとおもしろがっているような声が、唐突に聞こえてきた。咄嗟に身構えようとするが、満足に躯が動かない。

「だ、誰だっ」
「そうだな──お前達にとっては、救い主ってヤツかな」

 歯を食いしばって、ままならない躯を起こしてみる。金色の鎧を身に纏った男が近くのベンチに座っていた。その傍らには・・・

「先輩っ!」
「心配するな。傷は癒してやった。じきに目が覚める」
「傷を・・・癒した?」
「聞いた通りだ。あのままだと、このお嬢ちゃんはもうあと僅かしか持たなかっただろうよ。因みに、お前さんはお嬢ちゃん以上に酷い状態だったがね」

 ──二人とも癒してやったんだ、少しは感謝して欲しいものだぞ、と金色の男はどこか不満そうに言う。

「そうか・・・それは、ありがとう」
「いいってことよ。お、お嬢ちゃんが目を醒ますぞ」

 力を振り絞って立ち上がると、翔は葵が寝ているベンチに歩み寄った。まだ満足に躯に力が入らず、ベンチの前に座り込んでしまう。

「・・・あ・・・」

 低く呻いて、葵はゆっくりと瞳を開けた。

「先輩、大丈夫ですか? ご気分は?」
「・・・翔・・・くん・・・無事・・・」
「はい、僕は大丈夫です。何でも、先輩も僕も、この人が助けてくれたって・・・」

 その時漸く、葵は自分の隣に座っている金色の男に気が付いた。

「やぁ、お嬢ちゃん。初めまして、だな」
「・・・あなたは・・・」
「名乗る前に、質問がある」
「・・・なんで・・・しょう・・・」
「お嬢ちゃんは“賢者”にも“夢見”にも見えないが・・・アンタが召喚主(Summoner)か?」

「しょう・・・かんしゅ・・・?」
「あぁ。魔導の力を持っているようにも感じないので、些か疑問だが・・・」

 隣で聞いていた翔が、その言葉にぴんときた。だが、不用意に口にして良いものかどうか判らない。何せ、この金色の男は敵か味方かも判らない。相手に判らないように言ってみる。

「先輩。もしかすると、アレかも・・・」
「・・・アレ・・・あっ・・・」

 身動ぎした葵の手が、鞄に当たった。金具が止められていなかった為に鞄が開いてしまい、中のものが地面に零れ落ちる。教科書に混じって、カランと乾いた金属音が鳴った。

「ほう・・・。なるほどな」

 金色の男は、目を細めて転がり出たものをみた。金色の小杯は、先に葵の流した血潮が紅くこびり付いている。ふむ、と唸ると、金色の男は立ち上がった。

「何を!」
「坊主、ちょっと黙ってろ。何もせんから心配するな」

 立ち上がりかけた翔は、金色の男に頭を押さえられて、再び座らされてしまう。打って変わって、荘厳な雰囲気を纏った金色の男は、葵の前に片膝を付くと仰々しく一礼して、本日三回目の非日常的な状況に翔と葵を巻き込んだ。

「古(いにしえ)の理(ことわり)に従い、我、龍王(リュオン)・漠羅爾──召喚の声に応じ、参上つかまつった」
☆☆ SCENE_8に続く ☆☆

天査からのメッセージ
 予定より早く完成したので、予定を前倒しにしてアップすることにしました。書かねばならないシーンはまだまだあれど、日数的には不足気味・・・という感じなので(苦笑)。
 さて、今回の『Summon』(召喚)は魔導師が自力でやろうとすると、かなり高位の実力(レベル)が必要となります。現在はNormalmanである葵や翔に、そんな芸当が可能な筈も有りません。こんな時に助けてくれるのが『魔法のアイテム』(Magic Item)です。当人の実力不足を補ってくれるので、本来の実力以上にエキサイティングな冒険に巻き込まれさせてくれます(笑)。まぁ、“本来の実力以上”って点が食わせ物で、このアイテムが“弾切れ”になったりすると、油断するもなにも、あっという間に全滅です。DMもプレイヤーも、十分にその点を認識して有効にアイテムを活用しましょう。
 さて、今回使った『金色の小杯』はArtifact(神遺物)です。普通の魔法アイテムとは力も能力も桁違い──超魔法アイテムとでも言えるでしょうか。無論、量産品ではなく一点物で、大概ユニークな能力と、能力を使った時に生じる、厄介なバックファイアを併せ持っています。どうやら、葵がこの金杯の力を呼び起こしてしまったようですが、どんなバックファイアが生じるのか。それは、また次回の更新で。

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