みんなのいえ  3
 
日本映画の宝
01/03/06

さて、監督入りして1週間が経とうとした頃、僕は邦衛さんの台詞をソラで言えるようになっていた。
邦衛さんは体を使ってセリフを喋りなさる。
あの独特の間。
たとえ後ろ姿であろうとも的確にこちらに伝わってくる。
以前鑑賞して大いに衝撃を受けた『アマデウス』の出演者たちが体現していた「こっけいな演技ながらリアリティはそのままに」をモノにしていらっしゃる。見事です。
 
『みんなのいえ』が公開されたなら、ロビーで「っお〜」とか「っほ〜」とかモノマネしてる観客の姿が目に浮かぶようです。

ちなみに、邦衛さんは打ち上げのビンゴにて、見事大工セットを射止めてた。これも邦衛マジック。

その他の職人さんを演じたベテラン俳優勢も、うなるものがあるよ。
彼らは大部屋で頑張ってた頃、どんなに端役でも、いかに台詞を喋り、いかに認めてもらうか?に執心してたんだ。
だから、画面の端のほうに映ってても、メインの役者にカブらないような立ち位置に必ずいて、台本にない台詞をアドリブで入れてくれる。
アドリブといっても、元々台本に書いてあったんじゃないか?ってくらい自然で、あまりの自然さに、台本の一字一句を細かく役者に注意する三谷さんですら気づかないほど。
う〜ん、やっぱりベテランってスゴイよ!見習わなきゃいけないことが山ほどあるね。日本映画の宝です。

今日の棟梁
「内開きのドアなんて聞いたことがねぇよ!」
ある意味長回し
01/03/10

職人たちが一人、電気屋の松前は、その職業柄なのかデジカムが大のお気に入り。
本編中においても、電気屋としての職務はそっちのけで、とにかくデジカムを回している。
どこかに投稿するつもりなのか、はたまた裏ルートによる闇売買でさばくのか、やたらと回している。
彼の撮った映像はエンディングに使われる予定、ということで素材の上がりを一通りチェックすることに・・・

うーん、これは、その、ジェットコースターにでも乗りながら撮ったんでしょうか。
揺れが激しいですね。
あ、止まった。
これは?
足元・・・ですか?
ああ、スイッチの切り忘れ、なるほど。
音声だけはリアルな現場をこちらに伝えてくれてるんですけどね。
足元だけがずうっと写ってますね。
これはあれですか、『ブレアウィッチ』かなにかにシンパを受けてのこととか?
あ、動いた。
踊ってますね。野際さんがフィリピンダンサーと踊ってますね。
あれ?
ホワイトアウトしちゃった。
こう編集して欲しいってことなんですかね。
あ、写った。
また足元・・・・・ですね。
松前さんの足元だけが写ってますね、ふむ。
何も起きませんね。
あれ!ホワイトアウトしましたよ。
キャスト写ってなかったですよね。
やはりこれは松前さんなりのメッセージというか、どこかウォーホールめいたものを感じますけども。
あ、写った。
これは・・・・・誰ですか?
こんなキャストいましたっけ。
え?メイクさん?
はあ。
やけにシッカリ撮ってますね。
あ、ホワイトアウトした。


これ、ほんとに使うんですか?

今日のデザイナー
「お喋りしたいならスターバックスへ行けってんだ」
挑戦状
01/03/17

編集中は現場音しか存在しない。

表現を豊かにするサウンドトラックや、アクションを誇張する効果音なんかは、ダビングという仕上げの最終段階でないとつかないのだ。
これがなかなかやっかいで、それまで全くついていなかった音楽や効果音が編集されたものに乗ると、予想以上に体感速度が変わる。
それまで十分に取っていたと思っていた間が、流れて見えるようになる。

今回は、その感覚のギャップを早めに無くしておこうということで、Avidに服部さんの創った音楽を取り込み、編集の微調整を図ろうというスケジュールを設けていたんだけど、松前の撮った無作為素材でなんとかエンディングをこしらえたところで、三谷さんが「何か曲を流しながらエンディングを見てみたいですね」と、切り出した。

編集室には森下の愛聴CDしかなく、アドリブに弱い僕は、あろうことかジョン・レノンのCDをセレクトしてしまった。
Avidの再生ボタンを押し、タイミングを見計らってCDの再生ボタンをプッシュ。
「Mama don’t go!」というジョンの悲痛な叫びと『みんなのいえ』は、当たり前のように噛み合うところがひとつもない。
あああ、違うんです、操作を間違えたんです、ほんとはこっちなんです、とワントライ。

春まっさかりの編集室に流れる『HAPPY CHRISTMAS』

思いつめた僕は三谷さんに介錯をお願いしたけど、明日自分で用意してくるということで、なんとかその日は見逃してもらった。

翌日、三谷さんが用意してきたのはスコット・ジョップリン(『スティング』で流れてるアレのBOX CD。
自前セレクトということもあって、さすがにイメージにピッタリくる。
あれよあれよという間に、全編に渡ってスコット・ジョップリンをはわせてしまった。

いや、三谷さん、これは服部さんの職務領域を乱すことに、そのう、ある意味挑戦状を叩きつけるようなものでして・・・と注意を促すと、
「いえ、大丈夫です。服部さんにお見せするときは外します」と星の瞳でのたまわれた。

そしてオールラッシュ。
服部さんに『みんなのいえ』が初披露された。
柳沢行きつけのBARで流れるスコット・ジョップリンのBGMだけはそのままに・・・

今日の監督
「今はもう死んでしまった人たち、という感じの・・・」
音楽の職人
01/04/01

通常、映画制作の過程で音楽があがってくるのは、タイトなスケジュールのためか、ダビング本番の直前。
リテイクなんてもってのほかだし、あがってきた音楽の中でヤリクリしなければならない。
音楽がついたことで、ガッカリする顛末を向かえることも無きにしもあらず。

でも、今回は早めに服部さんに編集を見てもらえたし、出来上がった音楽に合わせての細かな編集調整もできた。

音楽担当の服部さんは、前述のオールラッシュ後の打ち合わせで、スコット・ジョップリンをものともせず、実際にピアノをひいて「こんなカンジ?」とやってのける、男子もウットリのミュージシャン。
三谷さんも負けじと、直立不動で縦笛を披露。
ぴょろ〜、ひょろ〜という奏でに、これまたスルリとピアノで伴奏をつける服部さん。
ニクイッ、ニクイですっ!

そんな服部さんの創ってきた音楽は予想以上の素晴らしさだった。

今回の音楽は、三谷さんのリクエストにより、「ドキドキする場面にはドキドキを煽る音楽、ホロリとする場面にはホロリを煽る音楽」とうのを敢えて避けた。
物語の展開とは関係なく、ただ、そこに流れる音楽。
しかし、その音楽があるのと無いのとでは、艶がまるで違う。
特に「上棟式」「エピローグ」のクダリは絶品。
ここだけは、場を盛り上げるカンジの音楽だけど、いまひとつ薄かった「達成感」を見事に救ってもらった。

自分がやった作品の中で初めて「このサントラ欲しい!」と思ってしまったよ。

今日の棟梁
「それが心意気だ。俺ら大工のよ」


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