初美 家守君とは久々だよね。
家守 そうかな。少し前にもあなたとは会ったと思うけど。
初美 久々というのは、こうして二人でやるのが久しぶりだということ。およそ3年ぶりぐらいだよ。この間、お互いそれぞれで項目を追加していたでしょう。君はいなかったし、私もいなかったから。
家守 そうか、そんなに間があいていたんだ。いろいろとばたばたしていたからねえ。
初美 間があいた理由はそれだけなの、ほかにはないの。
家守 かつて、あなたと話したことや、こっちでも考えたことなど、今後の項目については幾つか考えているのがあるはあるんだけど、その前にこの間のフォローをまずはすべきかなと思うんだよね。
初美 フォローって。
家守 例えばあなたが以前にやった「入り婿」という項。川柳で入り婿といえば、家つきの嫁さんに頭が上がらなく言いなりのまま、尻に敷かれっぱなしというキャラで、このことを説明するだけなら、あの項目でいいんだけれど、ほとんど破礼句は扱っていないよね。
初美 それは、だって、私が破礼句を扱うなんて、そもそも、できるわけがないでしょう。だから、最後に「今回はこんなところでいいかしら。あとは家守くんが戻ってきてからやってくれるでしょう」と入れたのよ。
家守 だから、そのフォローが必要かなと。
初美 ということは、今回はその続き、次は「入り婿さん2」になるのかしら。……えっ、本当に始めるの?
家守 そのつもり。
初美 本気か……そうか。やめるつもりもないものね。では、始めましょうか。嫌なんだけど。
 


12 入り婿2  おゑたのを見せて入聟あはれ也


初美 でもね、少しは破礼句を扱おうと試みはしたのよ。


 前回の「入り婿」の項で、川柳での入り婿のイメージは大体おわかりいただけたと思う。つまり、家つき娘に入った婿さんは、お嫁さんの言いなりのままで頭が上がらない、日々、肩身の狭い思いをして暮らしているというところかしら。
 
   花の留守聟つゝしんで相つとめ 二四15

 「花の留守」は舅や姑が花見に出かけた留守の昼間のこと、それで婿さんは奥さんに奉仕するということなんだけど、何を務めるのかな、努めるのもあるかな。

   入むこのかなしさいやなばんもする 末初32 入り婿の悲しさ嫌な晩もする

 何をするのが嫌なのか、よくわからないんだけど、したくない晩というのは例えばこちらの句のような日のことね。

   わがおやの日には入むこやはりする 末二6 我が親の日には入り婿やはりする

 「我が親の日」というのは自分の親の命日のことでしょう、また、その前夜の逮夜も精進日だから、おいたをしてはいけないんだけど、入り婿さんは奥さんに命じられて仕方なくしてしまうというのがこの句。でも、何をするのかしら。

   下になりなと入聟を好な事 一七42

 この句は「茶臼」の項には……えっと、出ていないな。いずれ、ほかのところに回そうとでも家守くんは思ったのかしら。この句の説明はこれで要らないでしょう。
 さて、これからどうしていこうかしら。順番に出していく? それはまずいな。少し構成を考えましょう。



家守 ここで挫折したのか。
初美 だって、いくら私だってできることとできないことがある。
家守 そうだねえ。では、入り婿に関する基本的な説明は既に終わっているので、以降、しばらくランダムに取り上げることにしようか。まずはこれから。

   入聟が抱ふといふとべそをかき 三4

初美 意味はこういうことかしら。小さい子どもがいる後家さんのところに婿入りしたら、小児ですらお婿さんが抱こうかといったらべそをかく、つまり、泣き出しちゃったという、お婿さんをとるお嫁さんといえばいいのかな、その人が居丈高なら子どもも同じで、お婿さんの今後の将来を予想させるとか。
家守 子どもにとってはままててになる人でも、もとは他人だから、そんな人に抱かれようとしたら嫌なので泣き出すこともあるからね、この句で嫁さんの居丈高というのは、あまり強調しなくてもいいんじゃないかな。でも、あの親にしてこの子ありとか、親に似ぬ子は鬼子ともいうし、何となく暗示している感じはするよね。

   入むこの仕合は先ツ床がいも 四14

初美 「仕合」は、五七五の語呂からいけば「しあわせ」と読むのが正しいのかな。「先ツ」は「まず」、「床がいも」は床下手ということだよね。つまり、あっと、えっと、うっと、その、何だ、テクがないと。
家守 何を恥ずかしがっているのか、理解できないんだけど、この句は床下手というあなたの理解でいいと思う。この句の場面は、嫁さんも婿も経験が少ないから、婿は床下手でも文句は言われず、まあ、よかったね、幸せだよねというところかな。テクニックがあったら何度もせがまれちゃうだろうし。
初美 でも、女の子のほうからせがむなんて普通は……。
家守 そうかな。こんな句があるよ。

   とつぷりと暮れてと聟の方でいひ 四22

 昼取りについては確かに男から仕掛ける句が多いんだけど、これは嫁のほうから求めたもの。でも、ほかの家の者や往来の人にだって声は聞こえるだろうから、陽の高いうちから求められても、いまはご容赦をと普通はなる。
初美 そうねえ。女の子でも明るいところでは、ちょっとそれは嫌だなという人が少なからずあると聞いたことがあるよ。
家守 でも、この場合の相手は高慢な家つき娘だし。

   支度ないとハ入聟の大禁句      五八5    したくないとは入り婿の大禁句
   おへたとて入むこめつたにハならず  末初35   おえたとて入り婿めったにはならず
   女郎でも買なとむこをばかにする  一一35
   夜たかでもしよく過やすとむこいハれ 末二11   夜鷹でも職過ぎやすと婿言われ
   朝歸り聟女房に去られそふ       三九23   朝帰り婿女房に去られそう
   わたくしにへのこを遣ひむこだされ   四〇22
   へのこさへ内證遣ひに聟ならず    傍三27   へのこさえ内証使いに婿ならず
   お預りもの同前ハ聟のイハ       葉末31   「イハ」は人偏に八。「まら」と読む


 1句め、「支度ない」は準備ができない、その気にならないという意味で、支度が整わないとやりたくないを掛けているのだろう。でも、逆に嫁さんがその気にならないと2句めのように、入り婿はへのこをおやしていてもめったにならない、つまり、思うようにならないから、3句め、女郎でも買って間に合わせろと言われたり、でも、夜鷹のような1回24文の最下層の街娼ですら職過ぎる、つまり、入り婿には分不相応だとやりこめられてしまう。5句めの「朝帰り」はほとんどの場合、吉原からの朝帰りで間違いなく、このように婿が自分勝手にへのこを使おうものなら家をおん出されることになり、結局のところ、「内証使い」、つまり、自分ではこっそりと使うこともできない。最後の「お預りもの」の句も、自分の持ち物であってもままならないということだから、その前の句とほぼ同様だね。
初美 それが入り婿さんの宿命。
家守 そんな句ばかりだね。
 ところで、最後の「お預りもの」の句の出典である「葉末」とは、「柳の葉末」という天保6年(1835)刊の破礼句集のこと。以前にも説明したかもしれないけど、簡単にこの句集のことを紹介しておくと、「其昔、柄井川柳引墨したる末番の句をひろひ集め、末摘花と題せしは版元の余慶のもふけものなりしが、おしいかな、更に今行方を知らず」とあって、末摘花第4編は享和元年(1801)刊(一説にその翌年刊とも)なので、最後の刊行から約35年後、その句集もすっかり散逸してしまったことから、新たに破礼句会が催されてまとめたのが本書「柳の葉末」だそうだよ。
 さて、本題に戻ろうか。

   する事がいやなら出なにむここまり  末二4
   おがんだらさしようとむこをじらす也 末二15   さしよう:させよう
   ねたとこをして入むこはくらわされ  末二6    寝たとこをして入り婿はくらわされ
   おゑたのを見せて入聟あはれ也   筥初10
   有物にむこちよつ/\と事をかき 玉1     ありものに婿ちょっちょっと事を欠き

 最後の句の「有り物」はあり合わせのもの。
初美 最初の句の「出な」は家を出ていけという意味ね。ほかの句もあまり説明するまでもないか。
家守 では、また、ランダムに戻って。

   丙午たね馬に來る聟かなし 最破礼16(雑体)

 丙午(ひのえうま)生まれの女は気が強くて、男を食い殺すという俗説があって、この年はいつも出生率が下がるんだよね。毎年の出生数を男女別に示した人口ピラミッドのグラフを見れば、前回の丙午の1966年だけ棒グラフががくっと減っているし、こんな迷信でもかたく信じられていた江戸時代にあっては、特に丙午生まれの女は嫁入りにも一苦労したんだろうね。そんな家の娘のところへ、ただ、種つけのためだけにやってくる入り婿は確かに憐れではある。
初美 ということは、次の丙午は2026年か。
家守 でも、次の出生率はどうなるかな。いまや出生率は毎年、減少の一途だし、丙午の迷信を知らない人も多いでしょう。

   入むこのいびりぬかれる旅やつれ 末三34

初美 旅から戻ったらやつれている入り婿さん。「どうしてげっそりしているの、さてはここぞ命の洗濯とばかりに羽を伸ばして遊びふけったんでしょう。白状をおし」とお嫁さんに旅戻りのその日からいびり抜かれている。
家守 遊びふけったというのは、宿泊先の宿屋の飯盛(めしもり)にでも入れ上げていただろうことを念頭に置いてのことだろうね。
初美 飯盛?
家守 宿場で春をひさぐ女のこと。揚げ代は200文が相場だったらしい。狂歌師の宿屋飯盛(やどやのめしもり)とは違うよ。
初美 そんなことぐらいわかります、というか、わざわざ宿屋飯盛を出すかな。かなりマイナーでしょう。
家守 そうか。
 そして、婿はいびり抜かれた挙げ句に……。

   こらしめに聟はへのこをつめられる 末四23   つめる:つねる

 つねるのは女の得意技。もっとも、軽くつねる程度なら一種の愛情表現でもあるんだけど、力任せだったらきついなあ。
初美 男をつねるのが女の愛情表現だなんて、一部の輩の独善的な妄想だよ。
家守 いや、少なくとも川柳で男が女をつめるのは、好意を持っているとされている。
初美 そんな勘違いが大手を振って跋扈しているからセクハラが減らないのよ。
家守 そりゃそうだけど。

   入むこはきかすにぬいてしかられる 末初33   入り婿は聞かずに抜いてしかられる

初美 この句は何を抜いちゃったの?
家守 それはあれだよ。

   ぬける迄おきなともゝへかぢりつき 末初8   抜けるまでおきなとももへかじりつき

 えっちが終わっても女はしばらく余韻を楽しみたいから、自然と抜けるまでそのままにしておきなと、これは恐らくそのように男が言われたんだろうね。
初美 抜くとはそのことね。では、次にいきましょう。あまりここで長居はしたくない。
家守 はい。

   入り聟は正直過てぢんきよなり 四九34   入り婿は正直すぎて腎虚なり

 しょっちゅう、求められるがままに応じていたものだから衰弱して腎虚になっちゃった。あごでハエを追うほどになるまで強いるのも悲哀だね。

   さねの動くもしらねえと聟いわれ 葉末28   さね:陰核

 この句は、「へのこが動くようにさねだって動くんだぜ、おめえはそんなことも知らねえのか、入り婿の一穴主義も大概にしねえと世間が狭くなるぞ」なんてからかわれているんだろうね。
初美 でも、動くって品玉じゃあるまいし。
家守 「さね」については広辞苑の陰核の項に、「女性の尿道出口の前方にある小突起。男性の陰茎に相当するが、きわめて小さく、尿道につらぬかれていない。性的興奮により充血し勃起する」とある。この句は説明の最後の「充血し勃起する」を動くと表現したんだと思うよ。
初美 この説明文はかなり嫌らしいよ。真面目かつ正確に表現しようとしているのだろうけど、だからいっそうに。
家守 それで、入り婿は嫁の尻に敷かれて頭が上がらないものだから。 

   入聟のへのこ一目よわくおへ   葉末4
   おへ脉が弐分程足らぬ聟のイハ 葉末29   おえ脈が二分ほど足らぬ婿のまら 「イハ」は人偏に八の「まら」

 おえ度合いもよくてフルの8割程度が限度。
初美 若いのに提灯だなんて。
家守 はい?
初美 聞き流して。
家守 老人じゃないんだから相手によりけりさ。

   よけいのくろう入聟のかわかぶり 一七4    余計の苦労入り婿の皮かぶり
   かてゝくわへて入聟の皮かぶり   葉末30   かてて加えて入り婿の皮かぶり
   聟不首尾夜中くちらせられている 葉末21   婿不首尾夜中くじらせられている

 3句めの「不首尾」はうまくいかないことだから、この場合は不本意というような意味なのだろうね。「くじる」は指人形を使うことで、夜通し嫁さんへ指で奉仕させられていたという句。
初美 でも、夜通しだなんて普通はあり得ない。
家守 だから、そういうことがあったらおかしいだろうという想像句だよ。
 そして、虐げられてばかりいるといずれ婿は爆発しちゃう。

   入むこがやくわんをぬぐとむづかしい 一六13   入り婿が薬缶を脱ぐと難しい

 「薬缶を脱ぐ」は堪忍袋の緒を切ること。その一例としてこんな句がある。

   ふみぬいて入むこおへたのをみせる 末二5   踏み抜いて入り婿おえたのを見せる

 「踏み抜く」は、どたんばたんとけたたましく廊下を踏み鳴らして、ついには床板を踏み抜いちゃったということ。そうまでして今の俺はこうなっているんだと見せつける。

初美 ずっとさせてもらえなかったんだ、今宵こそは本懐を遂げるぞって、何だか鬼気迫るものがあるなあ。
家守 床板を踏み抜いたら自分だって痛いだろうに、そんなことはものともせずにずっかずっかと迫っていくのだからね。
 ところで、家つき嫁さんが間男をするとどうなるかというと。

   入むこと間男迄にあなとられ    末初30    入り婿と間男までに侮られ
   付合ひてさせたがなせと聟へ言  末四9     つきあいでさせたがなぜと婿へ言い
   おかしさは蜜夫とらへてむこふるへ 四一27    蜜夫(みっぷ)=密夫:間男
   月足らず聟ハひそかにおもへらく  一六一11   

 間男は、普通は亭主にばれないようにこっそりするもの、だから、密男(ひそかおとこ)とも呼ばれるのに家つき嫁は悪びれもしない。1句めは、間男が堂々と亭主面して入り婿を見下している。3句め、「不義者、見つけた」と取り押さえてみたものの、まずいことをしたなと震えているのは、奉行所に訴え出たら嫁さんはまず死罪だし、示談にして内済料を取ったとしても世間に知られることになるから、「よくも恥をさらしてくれたわね」と逆切れされるんじゃないかとおびえているんだろうね。
初美 でも、2句めのつきあいというのは何のつきあいなの?
家守 「私というものがいるのに、なぜ吉原へなど行ったのよ」と問い詰められて、「たまたま、つきあいの流れでそうなっただけ、悪気があったわけじゃないよ」などと男は言いわけするでしょう。その男の言葉をそのまま援用しただけの句だと言われている。でも、既に句で見たように入り婿が同じようなことをすれば、逆に「家を出ていけ」と強要される。

   さり状を書と入聟おん出され   一〇5    去り状を書くと入り婿おん出され
   入聟は下女と一所におん出され 末二33   入り婿は下女と一緒におん出され

 「去り状」とはいわゆる三くだり半の離縁状のこと。離縁状は亭主が書いて嫁さんに渡すものだけど、入り婿の場合は書いて渡したら自分が家を追い出されてしまう。
初美 本来なら逆なんだろうけど、それがルールなんだからしようがないわね。
家守 「小糠三合あるならば入り婿するな」ということわざがあるしね。
初美 小糠三合?
家守 わずかでも蓄えがあるなら婿になんか入るものじゃないということ。

   聟のかなしさ男氣をしまつとき    一六二31
   男めかけの氣で居なとむこにいひ 二一ス9

 入り婿になろうものなら、生涯、肩身の狭い悲哀が続くから。

末摘花扉に  戻る

裏長屋扉に  戻る