02 出合茶屋  ねだ一重下は池だとどしつかせ
 


家守 今回から本題に入るわけだけど、しばらくの間はジャブみたいなものをいくつかやっていこうと思っている。理由は聞かないで。こちらの都合だから。

   出合茶屋忍ぶが岡はもつともな 末初3

 それで、今回は出合茶屋。かつてはとうに死語になってる連れ込み宿とか、こそこそ宿などともいったらしんだけど、要は今日のラブホのことで、江戸では少なくとも享保時代(1716〜1736)にはあったみたい。現在でも駅周辺とか、郊外だったら街道脇とかに点在しているけど、中には現在の湯島とか歌舞伎町の裏みたいに集中しているところがあった。江戸時代当時、特に多かったのが上野・不忍池にある浮島、中の島とか、弁財天が祭られているので弁天島ともいうけど、正式な名称は何というのか、この島に特に何軒か集中していた。忍ヶ丘というのは現在の上野公園一帯の古称で、出合茶屋はわけありの男女が密会する場所だから、句は忍ヶ丘とはもっともな呼び方だという意味。湯島にラブホが多いのはこの関係だそうだよ。そうそう、これまで句に現代仮名遣いを添えていたけど、つけなくてもわかるのはそのままにしようと思う。どうだろう。
初美 それでもいいんじゃないかしら。

   しのはずへ貮てい辻駕きばる也 一〇22      不忍へ二丁辻駕籠気張るなり
   出合茶屋朝つはらからよくとしさ 破礼16(雑体) 出合茶屋朝っぱらから欲どしさ

家守 1句めは出合茶屋に駆け込む様子。急いでくれなんて男女がそれぞれに辻駕籠に乗って飛ばしている。そして朝っぱらから出合茶屋にしけこむなんて相当にがつがつしている様子だね。
 ところで、不忍池は今日でもハスの名所だから訪れる人が多く、当時、見物客相手の水茶屋なんかでは蓮飯を出していた。池にはすっぽんがいて、現代では考えられないことだけど、冬にはよく白鳥が飛来していたらしい。だから、ハス、すっぽん、白鳥、池の茶屋などの語が出てきたら、まず、不忍池の出合茶屋を想起するのがいいと思うよ。

   すつぽんがいやすと顔を二ツ出し      五29
   手の音にすつぽんのうく出合茶や     末三22
   すつぽんの度/\たまされるふいた紙  末初16   すっぽんのどどだまされる拭いた紙
   出合する所を白鳥のろりみる       末初30
   出合茶や蓮を見に來て立こめる     末三19

 2句め「手の音に」は、餌の合図かと間違えてスッポンが浮いてきたという句、3句めの「拭いた紙」も同様で、このように使った紙をよく池に投げ込んでいたらしい。5句め「蓮を見に来て」はハス見物にかこつけて、出合茶屋にしけこんだという意味なのは言うまでもないよね。
 ただ、出合茶屋のことを調べようと資料をあたると川柳ぐらいしかなく、細かいところまではわからない。当然といえば当然だよね。だって、現代だってラブホってこんなところですというようなガイドブックはないでしょう。それと一緒。そんなのは誰も買わないよ。江戸独特の風俗ならともかく、日本各地、どこにでも似たようなものがあって行けばわかるんだから。

   はすほりが見やすと障子引たてる  末三21
   ねだ一重下は池だとどしつかせ  末二21   根太一重下は池だとどしつかせ

 不忍池の出合茶屋は平家造りで、池に臨んで島のへりを囲むように建っていて、座敷の一部は池に張り出していたらしい。1句めは「はす掘りが見ます」と女が言うので、座敷の障子を締め切ったというもの、「根太一重」は、床の根太の下は池で人がいないから気兼ねすることなく、どたんばたん、組んずほぐれつ取り合ったという意味だね。でもさ、ハスとか池とあるから不忍池とわかるけど、これがなかったら状況が理解できず、混沌としてくるよね。「芋掘りが見やすと障子引っ立てる」とか。

   一組ハとなりへおくる出會茶や 末四22   一組は隣へ送る出合茶屋

 繁盛する出合茶屋では、客室がすべて埋まっちゃうと隣の茶屋へ行ってもらったりしたようだ。この句から複数の見世があることがわかる。
初美 でもねえ……。
家守 何か。
初美 えっ……何でもないの、ひとり言。

   出合茶屋小便におりしゝにおり    末初3
   出合茶やあんまりないておりかねる 末初17

家守 これらの句は市中にある出合茶屋だと言われていて、つまり、二階建てだったことがわかる。「しし」というのはおしっこ、幼児語を使うことで女を表していて、客の男女が階下のトイレにおりてきたということ。ただ、不忍池のほうはそもそも建物が狭いから、それぞれの見世に個別のトイレはなく、共同の総後架になっていたらしい。
 出合茶屋についてわかっていることをもう少し紹介しておくと、見世先には一見、それということを隠すために料理屋と思わせる看板が出ていて、料金は軽い酒肴も含めて1分だった。4分で1両だから1両を10万円ぐらいとすると、1分は2万5000円だから結構な値段だね。市中の出合茶屋には裏口があったようで、お帰りはあちらからどうぞと客に勧めている句もあるらしい。表口から出ていって、入ってくる客や往来の通行人と出くわしたら恥ずかしいよね。
初美 そうなのよ、嫌なんだよね。
家守 そう、だから……嫌って何が。
初美 何のことかしら。
家守 だから、今、嫌だとか言ってた。
初美 私、何か言ったのかしら。嫌というのはあなたの相手をするのが……ううん、そうじゃなくてちょっと混乱していて状況がよくのみ込めない。どうなっちゃってるんだろう。少し外で頭を冷やしてくる。
家守 あ、出ていっちゃった。仕方ない。一人で続けるか。
 では、これから出合茶屋の中での痴態を紹介していこう。
 

家守 ……それで、「こつぜんと亭主おへ」の「おへ」は、「終える」じゃなくて漢字を当てれば「生える」、つまり、勃起するということ。「おへる」「おやす」とあればほとんどがこれ。「終える」だと果てたことになっちゃうって、一人でやってると何だなあ、まるっきりばか丸出しって感じだなあ。
初美 本当にばか丸出し。あのさあ、さっきから聞いていれば、出会い、出会いとうるさいんだよ。そんなに出会いが欲しいのか。だったら秋葉原へ行け。「お帰りなさい」と相手してくれるのがいっぱいいるわよ。あるいはネットを見なさい。売ります、買いますがよりどりみどりの選び放題。それとも男が欲しいんだったら二丁目へ行け。でぶせん、やせせん、うみせん、やません、どれでもこれでもお好み次第。まあ、何て素敵なんでしょう。
家守 初美か。いつ、戻ってきてたんだ。
初美 私、もう開き直ったから言いたいことは言わせてもらうわ。やい、家守。いつも人のことを初美、初美と呼び捨てにしやがって、私のことを何だと思っているんだ。たまには、初美ちゃん、かわいいねとでも言ってみろ。
家守 おい、初美。
初美 やっぱり、隠し持っていたわね、こいつは。

 美しいやつのほうからよほどきている出合なれば離れかね、男はせめてのことと裾より手を入れ、玉門のあたり、さねがしらをいらえば、女はもう上気して前をあらわに、ええ、もう辛気な、はあはあというもことわり。男に去られてよりこのかた、男の肌を嗅ぎもせぬにほれた男にこういじられては、ただ、身も失うばかり。男も大物をおやして女に握らすれば、ひとしお、はずみ強く、これはもし、ええ、つんとつんととおいどを振れば、淫水は男の手へたまるくらい。
 女は男にしがみつき、たとえどうなればとて、これがどうやめられましょう、早うと股を広げて男の前へすりつけ、一物ひん握ってさあさあと言うに、男も鈴口のきりきりするほどきざしてもうやみくもになり、わしもどうもこたえられませぬ、伝法やってみようと内股へ割り込み、はずみ切った火炎のような一物を差し当てぬらぬらと入れれば、下からはおこり火に水がかかったように、ああ、ああと震い声、消えていくように、もっと深う、もっと深うとの頼みごと。

 何だって。女に握らせれば、一物はいっそうびくんびくん。ああ、これよと女がお尻をふん、ふんと振れば淫水が男の手のひらにたまるって、そんなに流れ出るものか。おしっこをもらしてるのよ。
家守 これって……。
初美 見たのよ、あんたのところにあった枕草紙。おまえは猿か、がきんちょか。いつもそうやっておっ立ててろ。
家守 あなたからその言葉を言わないでほしいな。
初美 どうして今さらやめられますか。早くしてと男にしがみつき、股を広げて一物をひん握り、さあさあ。男も鈴口が鈴虫、きりきりときりぎりす、きゅうり刻んで塩をひとふり、やみくもにもめば即席浅漬け、これにビールはこたえられませぬ……。
家守 おい、初美、大丈夫か。あれ、こいつ、目を回してる。まずいな、とりあえず気つけ薬……。

初美
 ……家守くん? 私、どうしたの。
家守 こっちが聞きたいよ。いきなりぷいっと出ていって、戻ってきたと思ったら目を回しちゃってるんだもの。
初美 途中から覚えていないの。どうしたのかしら。
家守 覚えていないのか。じゃあ、これまでビデオを最初から再生するから見てごらん。

家守 今のがこれまでの経緯。
初美 初めのところは何となく思い出してきた。でも、途中からは全く。それにおっ立ててって、私、こんなことまで口走ってたの。へこむなあ。
家守 しばらく休んだほうがいいんじゃない。


家守 そろそろ、続きに戻ってもいいかな。
 まず、どんな人が出合茶屋を利用していたかなんだけど。

   池迄ハ手のとゞかない奥家老      末四32   池までは手の届かない奥家老
   出合茶屋下に岩内のんで居る    末二27
   蓮池院つれて助兵衛茶やへ來る   一二28   蓮池院(れんちいん)連れて助兵衛茶屋へくる
   蓮を見にむす子を誘ふいやな後家 一七17
   はちす葉の眞中へ來て後家よがり  末四32

 奥を差配する奥家老でも、奥女中、腰元の屋敷外での行動までは見張っていられない。この奥女中は上屋敷にいる大名の奥方に仕える奥女中か、大奥の場合もあるよね。それと後家。2句め、「岩内」は奥女中の供をして出合茶屋にきた中間あたりの武士、「言わない」を掛けていて階下で口止め料の酒を飲んでいる。3句めの「蓮池院」は法名風にして後家であることがわかるし、4句めの「蓮を見に」は最初のほうで出てきた「出合茶や蓮を見に來て立こめる」と同趣旨。川柳の場合、この句に出てくるような息子というのは、多くは中規模か、大店の商家のぼんぼん息子のことだよ。

   出合茶屋あやうい首が二ツ來る      六13
   蓮池をこいつと思ふ二人つれ       六26
   氣の知れたあばたをつれて出合茶や 一四24

初美 利用者は今日のラブホの客と一緒じゃないの。若かったり、年配のカップル、年齢が不釣り合いの場合もある。いずれにしても家ではできない人たち。家人がいたり、不倫か、ウリか、カイか。どうしても人目をはばかる人たちよね。ひとり暮らしだったらラブホになんか行かずに、どっちかの家へ行けばいいんだから。

    後家へ出すかけま壱本つかい也  末初26   後家へ出す陰間一本遣いなり
    仲条でたび/\おろすかけまの子 末初31   中条でたびたびおろす陰間の子

家守 こんな句があるから、相手の男は時には陰間だったこともあったらしい。陰間というのは前にも説明したことがあるけど、繰り返すと専門は男色で、ただ、女客を相手にすることもあったらしい。一本遣いというのは両刀遣いじゃないということ。中条(ちゅうじょう)は主に堕胎が専門の医者で、川柳では女医者という語でも出てくる。
 それで、次に出合茶屋での客の痴態の様子ということで、川柳には「小便におり」のように写実的な句もあるけど、実はこんなことがあったらおもしろいよねと想像した句のほうが圧倒的に多い。商家の下男や下女にとって休日というのは、正月16日と7月16日の藪入りしかなかったし、奥女中だって藪入りのほかはめったに屋敷の外には出られないから、冒頭の句のように辻駕籠であたふた駆け込んできた男女の久々の逢瀬はこんなことになる。

   とぢついた毛をひつはなす池ノ茶や 末四21   綴じついた毛をひっぱなす池の茶屋

家守 「綴じついた」で前回からかなり時間が経っていることを表している。当然のことながら、のりで固めたように貼りついてるという意味じゃないよ。

   出合茶やはめをはづしてしなといふ  末初15   出合茶屋羽目を外してしなという
   出合茶や上やいなやたゝきすへ   末二18   出合茶屋上がるや否やたたきすえ
   初手弐番程は二かいがぬけるやう  末ニ8    初手二番ほどは二階が抜けるよう

 「たたきすえ」というのは張り倒すということだけど、ここでは見世に上がるや否や、どたんばたんがいきなり始まったという意味。それが2回めも同じありさまで、「羽目を外してしな」と言ってるのは見世の者じゃないから、男か、女か、この場合はしてくれと女が頼んでいるんだろうね。つまり、久々に楽しむのだから、女のほうが積極的になるだろうと句のつくり手が想像してるんだよ。つくり手はほとんどが男だろうから。

   みゝに口あてゝはしいる出合茶や  末二10   耳に口当てては強いる出合茶屋
   あすハもふ上ると出合しつつこさ   八31   あすはもう上がると出合いしつっこさ

家守 「耳に口当てて」は組み合っているときに女が男の耳に口を当てて、もっとしてとか言っている図、「あすはもう上がる」は藪入りの奥女中で、あすは屋敷に戻るからとしつこく強いている。

   出合茶や何か女のしいるこえ  一三31
   出合茶や何か男のわびるこへ 一三37

 これは説明するまでもないよね……どうした。まだ少し気分が悪い?
初美 気分はもう大丈夫。ちゃんと聞いてるよ。私がリアクションするところじゃないから黙っていただけ。
家守 じゃあ、続けるよ。それで、女のほうが積極的だから得てしてこんなことになる。

   上ヘにしたそうで出合の高笑ひ       末二17
   出合茶やじゆつなか下になりなさい     末二39   出合茶屋術中下になりなさい
   こしはわたしがつかおふと出合しひ      末二39   腰は私が遣おうと出合しい
   まず今日(こんにち)はこれきり出合茶臼  末四29

 茶臼で取っているということだね。茶臼はいずれ別項目で取り上げるかもしれないけど、これに対して男がどんな感じに思っているかというと。

   茶臼とハ美食のうへの道具也 末初4オ   茶臼とは美食の上の道具なり

 つまり、茶臼というのは男にとってたいそうなもてなしだということ。女のほうが動いてくれるからというのもあるんだろうけど。
初美 茶臼って茶葉をひく臼のことでしょう。でも、ここではその意味じゃないのはわかるんだけど、何を言っているのかよくわからない。何かの隠語なの?
家守 そんなことを聞くかな。隠語ってほどじゃないんだけど、「四十八手」は見てないの。
初美 私が知ってるのは「四ツ目屋」だけ。ほかに私は出ていないから。
家守 それはそうだけど、茶臼とは女が上になる体位のことで、茶葉をひく臼は二つの石を重ねたものでしょう。男女の尻の重なっているのが、臼の石が重なっているのと形が似てるというので、このような名称がついたらしい。上下の石を固定するには心棒が必要だし。
初美 現在の大阪市天王寺区にある茶臼山は、大坂冬の陣で徳川家康が本陣を構え、翌夏の陣では真田幸村が戦死した場所、それで豊臣も滅亡して天下がひっくり返ったからという説もあるそうじゃない。
家守 それは多分、こじつけだよ……って、どうして知ってるの。
初美 今、さっと見てきたのよ。
家守 ああ、最近はそういうことが簡単にできるんだね、スマホとかでちょいちょいと。
初美 でもさ、寝間なんて他人の目を気にする必要はないんだから何をしてもいいのに、それでも女から上になるのは結構恥ずかしいものなのよ。肉食系女子は今に始まったことじゃないということかしら。
家守 そんなのはインプリンティングされた価値観で行動してるからでしょう。女だったらしとやかにとか、男だったら女々しくするなとか、武家に嫁ぐ娘はそんなこともあったようだけど、庶民はどうかな。人目があるからあまり大っぴらな行動はしなかっただろうけど、肉食系は古今東西、どこにでもいるでしょう。それが合コンだったら人目をはばからずにまた当然のごとくお持ち帰りされたり、そんなことをあけっぴろげにしゃべったり、隠さないようになってきただけじゃないの。
初美 確かに会うたびに男が違うという子がいるよ。いろいろ理由をそのたびに聞くけど、次々と男を代えてることについて本人は別に何とも思っていないみたい。

家守
 では、出合茶屋の続き。

   なかぬのハござりませぬと出合茶や  末二38
   ふとゞきさ池へひゞけるよがり声    末初17   不届きさ池へ響けるよがり声
   出合茶屋泣きさけぶのが耳につき   末二2

 まさに宴もたけなわ。

   出合茶やひつそり過キてのぞくなり 末三22   出合茶屋ひっそりすぎて覗くなり

 嬌声、共鳴、阿鼻叫喚、けたたましいのが当たり前だから、あまりに静かだと見世の人は何かあったのかとかえってびっくりしちゃう。心中なんかされでもしたら大変だからね。
初美 でも、別の意味で死にに来ている。
家守 いくいく、死にます死にます、殺して殺しての連呼だからね。それで……。

   出合茶やこつぜんとして亭主おへ 末三3
   出合茶やぬき足をしてしかられる  末三8
   出合茶や耳をすましてしかられる  末四11

 こちらも見世の従業員の様子。
 そして、最後はというと……。

   出會茶屋同じ枕に十余ばん       二〇38   出合茶屋同じ枕に十余番
   ありつ切男をしぼる出合茶や       末二36   ありっきり男をしぼる出合茶屋
   首のすつこむまで出合しいるなり      末二24
   出會茶やしまひハおつぺしよつて入  末四29   出合茶屋終いはおっぺしょって入れ

家守 「ありっきり」は「あるったけ」、「おっぺしょって」は「へし折って」ということ、3句めの「首のすっこむ」とほぼ同じ意味だね。
初美 その首というのは不忍池のすっぽんつながりかしら。
家守 そう読み取ることはたやすいけど、深読みしすぎるとかえって解釈に余計なものが加わっちゃうことがある。単にここは首でいいんじゃない。
初美 亀頭か。
家守 直接的だなあ。
初美 それと、初めの句の「十余番」って何が番なの。
家守 えっ、この使い方は現代でもするでしょう。何番、とったとか、江戸時代の枕草紙ではこれが一般的な表現。つまり、十余回したということ、端的には男が果てたということだね。

   仕廻たか出合扇の音がする    末三3
   出合茶やすもゝのやうな顔で出る  末四11
   出會茶やすこしいきれをぬいて出 末四4
   出合茶やあんまりしないつらで出る 末三2

 「仕回った」は「仕舞った」「終わった」、「すもゝのやうな」はすもものような赤い顔、上気した顔、「いきれ」には熱という漢字を当てる。逆にほてりを冷ましてから出るということだね。それで、どうでもいいんだけどさ、ついさっきまで、殺してだの、死にますだのと嬌声を上げていたのにさ。
初美 死んじゃうなんて言う人いるのかしら。いっちゃうはあるみたい……いや、そういうのを聞いたことがあるということなんだけど。
家守 うん、それで悶えていたのに、いざ、事が終わって見世を出るときになると、何でもなかったようなすました顔になるんだから、このギャップは何だと思うよ。いや、おいらもそういうのを聞いたことがあるということだけど。
 それで、こんな句もある。

   そりはしをはつておとこはかえる也 末二16   反り橋を這って男は帰るなり

 不忍池の弁天島にかかる橋は反り橋、つまり太鼓橋になっていて、そこを這って帰る男なんているわけがないけど、一体、激しいんだから、こんなのがいたらおもしろいよねと思っている句。もっともほとんどの客はすましたというか、むしろ、何かが落ちたようなすっきりした顔で帰っていくんだろうね。
 そのとき、見世ではというと、

   おそろしくしたとはき出す出合茶や 末三7   恐ろしくしたと掃き出す出合茶屋

初美 ちり紙や兵(つわもの)どもが夢の跡か。
家守 ……そうやって無理やり落とそうとするかな。

初美 ところで、冒頭でしばらくの間は軽いものをやっていくとか言ってたけど、それにしては今回は少し長かったんじゃない。
家守 小項目を想定していたんだけど、初回だから手探りのところもあったし、でもまだ、出合茶屋関係の句はたくさんあって相当省いたんだけど、どうだろうか、こんな感じでやっていけばいいんじゃないかなと思ってるんだけど。
初美 紆余曲折があるかもしれないけれど、とりあえず、こんな感じでやっていけばいいんじゃない。
家守 では、今回はここまでということで。


初美 でも、もっと短くてもよかったんじゃないかな。
家守 途中でイレギュラーなことがあったからね。
初美 ごめんなさい。
家守 気にしていないよ。とにかく何もなくてよかった。
初美 私ってさ、こういうのって、実は抵抗があるというか、免疫がないというか。
家守 そうなの。そうは思えないけど。
初美 結構、これでも無理して背伸びしているのよ。だから、そうは見えないのかも。それで、にわか仕込みでいいから知識をつけようと思って、途中でここを出ていったのは、悪いと思ったけど、あなたの家にあるいろんなものを見るためだったのね。
 ねえ、ところでこのあと、少し時間があるかしら。
家守 きょうは大丈夫。何かあるの。
初美 いいでしょう。新しい建物もできたことだし。私、もう自分に正直になることにしたの。汗もかいてるし。
家守 何が……あれっ、ちょっと待って……まずいな。まだ、帳がおりてないじゃん。
初美 ええっ、うそでしょう。嫌だ、本当だ……聞かれちゃったかしら。切るよ。


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