■ まくらをたてにしてみよう
□ Written;せいる


 その日は、晴れていた。

「んーっ」

 縁側に座って足をぷらぷらさせながら、私は背伸び
をした。

 うにゃー。

 隣の座布団に座っているぶち猫も同じように、体を
伸ばして鳴いた。

「どうかしましたか、ぴろ?」

 うにゃ?
 喉をこすってやる。

 うりうり。

 うにゃぁぁ〜。

|ふぁ。|gif

 目を細めるぴろは、不意にぴょん、と私の膝の上に
乗って来た。そしてそのまま、丸まる。ふぁ、とあく
びをして、ぴろは目を閉じた。

「・・・・・・・・・」

 私は小さく微笑む。
 そして、あくびをした。

「ぴろのあくびが移っちゃいました」

 こつん、と硝子戸の枠に頭を当てて、もたれる。

 うとうと、とする。庭から吹いてくる風は、ひんや
りと心地良かった。

 瞳を、閉じる。

 空気の流れが随分ゆっくりと感じられる気がする。

 どこか


 おだやかで


 どうしようもなく、


 怠惰な

 
 気分。

「・・・すぅ」

 どたどた。

「・・・・・すぅ」

 どたどたどたどた。

「・・・・・・・・すぅ」

 どた。

 スパーン!

「ただいまっ美汐ーっ」
「すぅ・・・」
「あうー?あう?あう・・・

     


  た・だ・い・ま・み・し・おーっ!」




 かっくんかっくん。

 うにゃ?

「えーと・・・」

 目をこする。
 
「おかえりな・・・ふぁい」

 ふぁあ、とあくびをする。

「うわ、美汐が自堕落」

 ぴく、と私は眉を動かした。

「なんといいましたか」
「あ、起きた。ただいま美汐」
「おかえりなさい、真琴。・・・自堕落ってなんです
か」
「堕落してるってこと」
「・・・どこがですか」
「縁側で気持ち良さそうに寝てること」
「・・・寝てません」
「寝てたよ?」
「これは瞑想をしていたのです」
「めいそう?」
「そう、重大なことを考えていたのです」
「何を?」
「・・・・・・・・・」
「嘘つくひとは」

 真琴は・・・オーバーオールを着た格好だったが・
・・
胸を何故か張って、宣言した。

「『めー』だよーっ」

|めー。|gif

 嬉しそうだ。
 心底嬉しそうだ。
 とんでもなく、真琴、嬉しそうです。

「なんでそんなに嬉しそうなんですか」
「えとね」

 ぴょん、とぴろが起きて、真琴の腕に飛びむ。真琴
はぴろを頭の上に乗せた。

「普段言われてるから言ってみたかったのっ」

 そう言われると、そこはかとなく悔しくなってくる。

「すみません。でもほんとに考えてたんですが」

 でも、素直に謝った。

「うんうん。で、何を考えていたの?」
「・・・・・・」
「わくわく」
「・・・・・・」

 しまった。
 本当は、本当に寝てただけだったのに。
 真琴は瞳をきらきらさせて興味津々、といったかん
じだ。

「美汐のことだから、きっと面白いことなんだよ。
 ねぇ、ぴろ」
「・・・といわれましても」

 困った。
 心底困った。
 とても、困りました。

「わくわく?」
「・・・えーと」
「えーと?」
「実はですね」
「実は?」
「枕を」
「枕?」
「枕を縦にして寝ると気持ち良いのはどうしてだろう、
と考えていたのです」
「・・・あう?」
「いいですか、真琴。人はその半分から3分の1を睡
眠に費やすのです。けれど、その大事な睡眠にですね、
枕という存在がないがしろになっているとは思いませ
んか」
「あ、あう?」

 真琴はひるんでいる。
 うん、これで行こう。
 それに前からそういえば、そんなことを考えていた
のを思い出した。

「大体世の枕はですね、枕叩き棒を持った枕叩き棒職
人さんがこう、ポンポンと」

 膝を優しく叩いて見せる。

「叩いてふかふかにして出荷しているのです」
「でも、真琴の枕は固いよ?」
「それは真琴の寝相が悪いせいです」
「あ、あう」
「こないだ一緒に寝た時、私に足が絡みついてたじゃ
ないですか」
「あれは美汐がなんかひんやりしてて気持ち良かった
んだよー」

 ・・・私はひえピタシートですか。

「低血圧なんです」
「そ、そんな怖い声で言われても」
「枕を蹴っ飛ばしてるからです毎晩」
「あう、そうかなぁ」

 うにゃぁ。
 ぴろが同意するように鳴いた。

「で、枕のふかふかを保つコツがあって」
「あって?」
「それが枕を縦にすることなのです」
「あう?」

 うにゃ?

「縦?」
「そう、縦です」

 私はうむ、と頷いて見せた。

「で、枕を縦にすると気持ち良いのはですね、こう枕
の端っこの固い部分が、真中のふわふわな部分とあい
まって・・・・」

            ○

「くぴーっ」

 うにゃー・・・

 夜中に目がさめた。
 重たい。

 すりすり。

 すりすり。

「・・・真琴ー」

 私は苦笑した。
 一緒にひいた布団の隣から、真琴の足がにょっきり
伸びて、私の足に絡みついている。というか、乗って
いる。

「あうー・・・」
「めー」
「あうっ美汐美汐、ひじきはもうやだよぅ〜」
「・・・・・・・・」

 どうして真琴が条件反射みたくうなされているのか、
私にはわからないのですけど。

「めー」
「うーんうーん」

 あ、いやがってます。

「めー」
「うーうーうーあーうー」

 ・・・というか苦しんでいるような。
 何故そこまで苦しみますか、真琴。

「いいですけど」

 私は小さくため息をついた。
 いつのまにか、横になっていた枕を縦にする。
そして頭を横たえた。
 天井を見る。

 段々目が慣れてきたのか、良く見えるようになる。
 こうして、天井を見ていると・・・

 時々、今の生活が夢のような感じがする。

 それは誰かが書き記しているような、生活で。
そこかしこに、見聞きしている目があるようで。

 ただ、それは不意に、私に何がしかの安心を与える。
私がそこにいていいのだ、という根拠の無い安らぎ。
そばにいる一人と一匹の寝息や鳴き声は、確かに私を
外と繋ぐ一つの枷であり絆だった。

 ・・・ぼんやりとした頭で、そんなことを、考える。

 頭をもぞもぞと動かす。

 微妙なポイントに頭がぽすん、と納まると、私は目
を閉じた。

 また、朝が来るだろうということを、確実に信じて
・・・縦にした、枕の上で、眠りに落ちた。


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