□「ツナガるセカイ」      by SEIRU


 遠くから、聞こえる声。
 それは海鳴りのように、彼方から響いてくる。
 それは、透明なみずいろの音色のようで、関係ない
セカイに住んでいるクジラの鳴き声のようだった。遠
くから聞こえる声は、だからこそ、セカイから自分が
遠く、遠く、遠く、離れていることを、自覚させる。

 それは、非道く、滑稽で、少しだけ悲しくて、どう
でもいいといえばどうでもいい、事象。

        ○

 なんというか。いっぱいありますね。私は感心した。

「どれがいいんだ、天野」
「はぁ」

 私はよくわからない、と首を振って見せた。

「そうか。これなんかどうだ。折りたたみでカラフル
だぞ」
「派手です」
「む。じゃぁこれはどうだ。薄くて小さくて便利だ」
「・・・ボタンが押しにくいです」
「む・・・それはどうだ。水の中に落としても平気だ。
洗物をしながらでも会話が」
「そんなことしません」
「・・・・・」
「なんですか」
「いや、俺が悪かった。天野に携帯を持たせようとし
たのが間違いだと悟った」

 ・・・さりげなく失礼なことを言ってませんか、相
沢さん?私はそう思ったが黙っている。

「まぁ、気が向かないならしょうがない。なぁ真琴」
「ぴろー飴おいしいねぇ」

 真琴は店のお姉さんから飴をたくさん貰って喜んで
いる。

「聞いちゃいねぇし」

 相沢さんは苦笑して肩をすくめた。

 私はもう一度、棚に並んでいる色とりどりのそれを
みた。最近は持ってないヒトが少ないほどの機械。
繋がるための機械。・・・持っていないヒトには繋が
らない機械。

「帰るか」
「・・・はい」

 私はもういちど、棚を見て、それからため息を一つ、
ついて店を出た。

           ○

「みしお、何作ってるの?」
「電話です」
「でんわ?」

 真琴は頭にぴろを乗せて、首を傾げている。

「でも、それ電話じゃないよ」
「・・・」

 私は微笑んだ。

「どうぞ」
「あ、うん」
「いいですかー」

 ぴん、と張る。

「まことー」
「わぁ!」

|まことー|gif

 うなぁ!真琴が驚いたので、ぴろが頭からずり落ち
そうになって不満そうに鳴いた。

「み、みしおが二人っ」
「・・・一人です」
「でも声がきこえるよー」
「電話ですから」

|きこえるよー|gif

 私は受話器・・・つまり、紙コップを口からはずし
て真琴に見せた。

「でんわ?」
「糸電話、です」
「あう?」

 真琴がぴんと引っ張られた糸をびょんびょんと触る。

「うー?」
「真琴もやってみてください」
「あう?ええと。みしおー」

 糸が微かに震えた。私は今度は耳に当てる。

「きこえる?」
「ええ」
「・・・なんで聞こえるの?」
「音は一種の波動で・・・」

 私は言おうとしたが、真琴が難しい顔をしているの
で、笑って言いなおした。

「魔法です」
「なるほど」

 ・・・納得してもらえたのは嬉しいのですけど、真
琴。将来が不安です・・・

「みしおは、まほうつかいだからね」
「・・・そんなことはないですよ」
「まほうってのはね」

 不意に、真琴がどきりとするような、満面の笑顔を
浮かべた。

「誰かが出来ないことを出来るようにするんだよ」

 うな?

「みしおはねー、まことができないことを、たくさん
たくさんできるから。だから、まほーつかい」
「・・・・・・・・・」

 私は俯いた。頬に、熱がのぼってくる感じがする。
 真琴、それはちょっと、誉め過ぎです・・・私はご
にょごにょと呟いた。

「ねぇみしお」
「はい?」
「これって長くしてもだいじょうぶ?」
「・・・理論上は」
「ふーん。長くしていい?」
「それは、構いませんが・・・」

 真琴はたこ糸を持って、いっきに糸車から全部はず
すと、それを両方につけた。

「はい」
「あ、ええと?」

 真琴は私に片方を押し付けて、たたたた、と廊下を
走っていく。そしてがらがらと玄関を開ける音がした。

 たるんでいた紐はどんどん引っ張られていく。

 真琴、どこまでいくんでしょうか。

「みしおー」
「わあ!」

 今度は私がびっくりする番だった。
 
「真琴?」
「きこえるー?」

 それは、台所から廊下を通って、玄関を抜けて・・・
どこまでか知らないけれど、見えない「そこ」から届
いた声。

「ええ。きこえますよー」

 話してから、すぐ耳に当てる。
 
「うんー」

 少しラグがある。話してから耳に当てたりしている
からだ。少し、それが滑稽です、と私は思った。

「ご用はなんですかー」
「夕ご飯にひじきはやめてー」
「・・・・・・・・」

 私は、笑った。

「めー」

 少し考えて、そう伝える。

「・・・・・・・・・」

 耳を澄ます。
 見えないその外のセカイから伝わる声を。ツナガる
セカイからの声を。

 聞き漏らさないように。

「あうー」

 想像通り、困った声だった。
 それは、確かに、届かない距離の声が、届いている
証拠だ。

 ・・・声が、届く距離がセカイなのだ、とどこかの
誰かが言っていたことを、思い出した。

 声が届く限り、私は多分、セカイから望まれなくて
も、例え愛されない、とわかっていても、その場所に
立ち続けることができるのだと、思う。

 伝わる心がそばにあるかぎり。ツナガるセカイに在
るのは、確かな幸せなのだ、と。

 糸電話一つで、随分センチメンタルです、と私は自
分に小さく反論したけれど。

 まぁ、真琴のたってのお願いですから。今日は、そ
れに免じてひじきを無しにしましょう。かわりにほう
れん草の胡麻和えをたっぷりと。

 私はそう決意した。


                 おわり  ■■

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