「怖かったこと」

 今までで一番怖かったことは?と聞かれて、する話は決まっている。

 それはまだ実家にいた頃・・・。

盆に両親が田舎に帰った。弟は社員旅行で昨日から出かけている。

「玄関ちゃんと締めときなさいよ」という母の言葉を

昼寝しながらおぼろげに聞いた。

 私は昼寝をしていた。

一階でふすまを空ける音がしたような気がする。

・・・気のせいだよな。

パタンパタンとはっきり聞いてしまった。

「忘れ物でもして帰ってきたんだよねぇ」と外を見ても、うちのはどこにもない。

絶対に親が帰ってきたんじゃない。

でも、あきらかに誰かが一階にいる。

私には3つの選択がある。

1つはこのまま息を潜めていること。

空き巣は居直り強盗に変わりやすいのでこれが賢明とも考えた。

しかし、見つかってからではいくら喧嘩が強そうだと言われる私でも

(それはとんでもないカン違いだ!私が人を殴っているのを見たことあるのか)

相手が男では分が悪い。

2つめは警察に連絡する。

これが一番やっかいだ。

2階に誰かいると気付かれる可能性が高いし、

警察が結構冷たいことも、うちの前で起きた交通事故を何回か通報して知っている。

私は3つめの手段を実行するため、部屋に立てかけてる木刀を手にした。

忍者より慎重に階段をおり、身を隠しながら1階の部屋を覗いた。

知らない男がいた。

私は大きく息を吸い込み木刀を後ろに構えた。

後頭部に一発、振り返ったらに沿って横払いで二発。

三発めをスネに入れれば時間がかせげるはずだ。

そっとを詰める。

こっちに気付く前にやっちまわないと・・・。

・・・あれ?

弟の姿が見えた。

「いたの?」

「昨日から旅行にいったんじゃないの?」

「昨日は会社に泊まったんだよ。これから行くの!」

知らない男が「どうも、おじゃましています」と言った。

会社の先輩らしい。

私は木刀を廊下に隠し、笑顔でお茶を入れた。

 本当に怖かった。

背中にビッショリ汗をかいてお茶を出した。

弟の姿が見えなければ、この人に木刀をおみまいしていたのだ。

「いやぁ、すみませんねぇ」とお茶を飲むこの人に、

『こちらこそ、すみません』と思っていた。

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