馬の耳に真珠

[HOME] [えとせとら★いんでっくす] [馬の耳に真珠INDEX]

その弐拾三

思わぬ出来事

昨年末、ウチのマンションでボヤが出た。
っていうのは掲示板やら何やらで書いたのでご記憶の方もいらっしゃるでしょう。
普段HPの以外には日記はつけないんで、正確な日付がわかんなくなって、自分の
書き込みログを探したら12月17日だったらしい。
書き込みは18日の0時台だけど、火が出たのは確か11時過ぎだったと思う。
何で今頃書いてるのかって言うと、直後は生々しくてちょっと、というのと、
こんだけ強烈な体験なんだから忘れるわきゃないんでいつでもいいか、と思ってる
うちに、あれよあれよと2ヶ月が経ってたというところ。

幸い、ボヤで済んだのだけれど(結果的に無事)、事後しばらくは匂いに敏感に
なっていた。
火事だということが判明する1時間近く前から、何だかキナ臭かったのだ。
呑気な私は、自分の灰皿が燃えてるのではないことを確認すると、河原で誰かが
何か燃やしてるんだろう、ということにしてしまった。夜11時近くだったんだけど。
ちょうど古タイヤを燃やすような匂いだった。
それから20分くらいしても匂いが消えず、ふと玄関のドアを見たら、何だか煙ったい
ようにモヤモヤしていて、そこで初めておかしい、と思った。
思い切ってドアを開けると、ベランダの下から煙がもくもくと上がって来ていた。
人間って、咄嗟に何を考えるかわからない。「火事だ!」と思ったんだけど、
その次に私がしたことはいきなりドアを閉めることだった。
まだ気づいてないであろう隣の部屋に呼び掛けるのでもなく、非常ベルを鳴らす
のでもなく。しかも、非常ベルは自動でそのうち鳴ると思ってた(汗)
一応、部屋に戻って消防車を呼ぼうとして電話を取ったが、119番、と押そうとして
なぜか迷った。これは救急車ではないか?(一緒なんだけど)タウンページで調べようと
重い冊子を取り上げて、いや、誰かがきっともう通報してる、私には他にやることが
ある、しかも、これはボヤだ。今ならまだ間に合う。と考えていた。

そう、猫達。

これを何とかしなくっちゃ。
焦りのせいか手が震えてきていた。
ガラクタの中から猫のケージを取り出し、グレを捕獲して放り込む。
ケージの扉がうまく閉まらない。ああ、早くしないと他のが逃げる。
案の定、気配を察知した一匹がタンスの上に駆け上がる。アレは後だ。
もう一匹を捕まえてこれもケージに放り込もうとするが、ダメだ。
スペースは足りてるはずなのに、暴れて入らない。何に入れればいいの?!
旅行用のバッグだ!タンスから引きずり出してターボーを突っ込む。
もがいてうまく入らない。ファスナーは全部閉めたくないけど、閉めないと出ちゃう。
次はクロ。比較的仲がいいからターボーと同じバッグで・・・。
そしてミケ。もうタンスの上ではなくて押し入れの納戸から天井裏へ
行ってしまった。なだめてもすかしても、煮干しで釣っても降りて来ない。

どうしよう、どうしよう。
自分が焦れて泣き声になってるのがわかる。落ち着かなくちゃ。

ふぅっと息を吐いて気持ちを整える。こうなったら仕方がない。
風呂場に置いてあった、洗濯待ちのシーツを結び合わせる。バスタオルを水に濡らす。
そして、貴重品をリュックに詰めてダウンを準備する。
私の部屋の真下かその隣ならエレベーターと階段の脇だから、下手をすると逃げ遅れる。
4階なら、何とかシーツのロープを伝って降りられないだろうか。いや、降りるしかない。

と、ここまで覚悟を決めてミケが降りてくるのを待っていると、
「ジリジリジリジリジリッ!!」非常ベルが鳴り出した。そして消防車のサイレン。
まずいな、避難しなくちゃいけないかな。
次いで、ドアをドンドンドンと叩く音。「どなたかいらっしゃいますか!」
きっと消防士さんだ。あぁ、行かなくては。この子達をどうしよう。
「ハイっ!今出ますっ!」答えながら、この火事はボヤだから・・・と言い聞かせて
一旦詰め込んだ猫達を開放してから表に出た。

ボヤだと断定したのは、さっきの時点で炎が見えなかったから。
ここが古いけれど防音断熱にすぐれたマンションだから。
思ったより早く消防車が来たのと、ドアを開けた時に煙りが増えた感じがなかったから。
思えば本当に希望的観測だったのだけれど、その時の私にはそう思うより他はなかった。

実際、階段を降りてみても火の手は見えなかった。
最上階の大家さん含め住人が皆下に降りていた。だから、どのみち猫を背負って来れる
わけはなかったのだ、と自分に言い聞かせるように考えていた。
マンションの門に消防車が横付けされて、塀の脇には救急車が停車していた。
住民の中には着のみ着のままという感じの人が多かった。
近所から野次馬もたくさん出ていた。
が、セーター一枚で寒そうにしている私の階下のおばさんに、毛布を差し出す人も
いなければ、自分の家で休みなさい、と声をかける人もいなかった。

消火活動と、火元の部屋の住人の救助活動が行われていて、やがて運び出されて来た
その人は、意識もあるようで、担架に乗せられたまま、消防士だか警察だかの問いかけに
首だけあげて答えていた。

私は、猫のことが心配になってきて、こっそり消防士に尋ねた
「あのぅ〜、大丈夫なんでしょうか・・・部屋に猫が残っているんですけど・・・」
「今、大丈夫なように消火してるからね。猫よりまず人間だから。」
それほど殺気立っていないその様子に、たぶん延焼はないだろうという安堵の気持ちと
世間様にとっては人間の方がそりゃ大事だろうな・・・という諦めを感じた。
あきらめを感じる程度の心の余裕は既にできていたのは、やはり炎が広がらず、
ほとんど消火されているように見えていたからだろう。

その間、野次馬達は、やれ何号室が火元だの、風呂に入ってたらしい、だの、
すごい煙が見えていた、だのと口さがなく喋っていた。
密集している下町ゆえに、文字通り対岸の火事という訳にいかなかろうが、当事者と
そうでないものというのはこうまで違うものなのだろうか。
マンションの住人は、相変わらずほとんどが薄着で、放心したように火元のあたりを
見つめていた。
誰かが消火器を持ち出して初期消火をしたようなことが聞こえてきた。そうだ消火器は
うちの階ではどこにあっただろう。あ、私の部屋の脇だった。どうして気づかなかった
のだろう。私も放心しながらそんなことを考えていた。

小一時間ほどして、もう部屋に入っても結構です、とのお達しがいずこからか出て
三々五々と部屋に帰っていき、火元の隣の女性だけは事情聴取を受けるようだった。
ちなみにその女性は、消防士のノックを誰かの悪戯だと思って一回無視したそうだ。
非常ベル後に再度叩かれてようやく何事か、と飛び出したという。
マンションの密閉性が高すぎて、煙にも臭いにも気づかなかったようだ。
通報も、どうやら隣のアパートの主婦だったらしい。近隣にはもうもうたる煙と匂いが
届いていたらしい。

言われた通り鍵を掛けずに出た部屋に戻ると、ターボーとクロが駆け寄ってきた。
ミケが天井裏から降りてきたのは、その夜も更けるころだった。
消火が不十分で再燃、ということはないと思ったけれど、やはり少し気味が悪くて
すぐには眠れず、事の顛末を掲示板に書いたり、チャットに行ったりして気持ちを
紛らわせ、結局眠れたのは外が明るくなってからだった。

前々から懸念したことではあるけれど、何かがあった時に猫をどうしようか、という
問題が現実になってしまった。
あぁ、本当にどうしよう。
どうにかするさ、と開き直ってまた日常に戻っているけど、時々ものすごく不安になる。
何かいい方法ありませんか?

それと、何か近所にあった時、野次馬になるのだけはよそう、と思った。
自分が無事な傍観者ほど残酷なものはない。何も手助けができなくとも、少なくとも
そんな傍観者にはなるまいと心に思った。

いい加減、日常の中では忘れ掛けていた事件だけれど、あらためて書いていたら、
その時の焦りや不安をまざまざと思い出してしまった・・・・・。
ボヤ程度でこんなに後を引くなら、大事故や大地震など、PTSDとか言ったっけ?
事故後に精神的に後遺症が残るという。相当な心の傷になるのだろうなぁ、と感じた。



その弐拾三おわり

[馬の耳に真珠INDEX]