馬の耳に真珠

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その弐拾弐

負けず嫌いの女のコ

フッ。どうせあたしの実力なんてこんなモノ。
これまでの成功はあの人のおかげだったってワケね。

久しぶりの仕事が失敗に終わった後、彼女はこんな風に言ったんじゃなかろか。

------断っておくけどあたしのつぶやきじゃない。
けどあたしが彼女ならやっぱりそう言うかもしれない。

え?このメンバーでこれだけ負けた原因?
休み明け?手替わり?馬場?小回り?お好きなように書いてちょうだいな。
元々繁殖用にって買われてきたんだから、よくやってると思ってもらわなくっちゃ。
馬主さんも十分元取ったんじゃないのかしら。レッドチリペッパーちゃんともどもね。
あんまり疲れないうちに引退させてくれないと、いい仔出なくなっちゃうわよね。

思わぬ大敗?そんなに買いかぶらないでほしいわ。
何のかんの言ったって、やっぱり武マジックだったんじゃ、ってはっきり言ったら?
あたしってェ、あの人がいないとォダメな女なのぉ。・・・なーんちゃって。

それよりさぁ、久しぶりで疲れちゃったー。ヤダヤダ雨に濡れちゃった。
だいたいパール姉さん見てりゃわかるじゃない、シーキングザゴールドの牝馬は
雨が大キライなのにっ。
アメリカはこんなに蒸し暑くないでしょうねぇ。あたしも行きたいな。あ、あたしの
場合は「帰る」って言うのかしらぁ。

負けた悔しさを見せないばかりか、言いたい放題の彼女に、同じレースを
走った牡馬が苦々しげにつぶやく。
「いい気なもんだ。俺達にとっちゃ毎日がサバイバルだっていうのに。もう持参金
は十分稼いだろうから、花嫁修業のお嬢様はせいぜい怪我しないように気をつけて、
俺達のジャマはしないでもらいたいな。」

聞こえよがしの嫌みは十分耳に届いたけれど、彼女は傲慢なくらい胸を張ったまま
馬場を後にしていった。

その夜、ひとり、目覚めている彼女がいた。
馬房(へや)の中で歯を食いしばって。
人前で涙なんか見せるもんか。

違う!違う、違う違う!
あんなレースがしたかったんじゃないよ。
いくら馬場が悪くたって、あんな中途ハンパな所でスピードあげるなんて。
カーブに入るところだったからちょっとふくれてロスしちゃったし。
平安ステークスのドロドロの馬場だってのめりながらあそこまで追い上げたのに。

だけど、ジョッキーの指示通りに動くしかないじゃない?
あたしたちはハミだけを頼りに走ってるんだから。
これって言い訳なのかな。
強い馬は誰がどんな乗り方しても勝てるのかな。

武豊が乗らないとGVで掲示板にも乗れない馬なの?あたしって。
イヤだ!そんなのイヤだ!


そして彼女は次走、見事によみがえった。
ギャラクシーS。違うカレを背に、オープンとはいえ初の56.5を背負い、
鮮やかに差し切って見せた。
ありがとう、祐一君。自信を取り戻せたよ。
もう、大丈夫。パートナーが誰であろうと気にしない。
きっとティアはそういって微笑んだろう。

いよいよ南部杯。GTそして1600m。少しだけ長いか。
そして頼りのカレは海の向こう。GTなのに帰って来てもくれない。心細い。
パートナーは、この前札幌でケンカした彼。
ティアは少しだけ、少しだけ武豊を恨んだ。

けれど、このまま泣いて引き下がるわけにはいかないのだ。
ジョッキーが自分に合った走りをしてくれないのなら、逆らうまで。
別に、ちやほやされて育ったわけじゃないし、
牡馬より軽い調教を受けて来たわけでもないのだ。
負けたくない!

そして彼女は、海の向こうで悪戦苦闘しているカレにアテつけるがごとく、
他のオトコの手綱で、初めてのGTを勝った。
フェブラリーSで敗れた相手、ウィングアローにも4馬身差。
借りは返した。
3走前のように、強さを見せつけるレースだった。
代打のカレには少しだけ逆らったらしい。カレがレース後そう言っていた。
ティアが、きっと意地を通したのだ。
「お願い、あたしのレースをさせて」


次の舞台は府中へ。
新しいカレが、間抜けなことに免停を食らった。
せっかく初めてのGTをプレゼントしてやったのに。
そのためか、それとも、元サヤが決まっていたのか。
彼女はもう一度元カレにその身を委ねることになった。

でも・・・何だろう。何だか気持ちが弾まない。
ずっと待っていたはずのヒトなのに。
今更何しに来たのよ、という気持ちもある。
私、少し疲れてるみたい。
ちょっと乗り方が雑な気がする。気のせいかもしれないけれど。
苛立って、スパートが効かない・・・・。
結局、掲示板確保で終わってしまった。

誰かを責めたい気持ちもあるにはある。
このローテーションは、少し、きつかった。
牝馬ながら初めて57kgのトップハンデを背負い、不利な外枠。
しかし、距離が保たずにタレたのではなかった。
そのことがティアには少し不思議だった。
これは1600m以上の競馬を意識したものだったのかもしれない。
でも・・・負けるのは嫌。

ジャパンカップダート。
出走するのかしないのか。まだわからない。
武蔵野Sの負けが、意図的な競馬によるものでなければ、距離不安説は残るだろう。
ティアにとっては未知の距離。惨敗した秋華賞よりなお、半ハロン長い。
それでも挑戦するならば、惜しみない声援を送ろう。
負けず嫌いのティアに。
言訳はしない。
パートナーが誰であろうと、相手が誰だろうと、馬場も天気もコースも関係ない。
ティアの競馬をするまでだ。



その弐拾弐おわり

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