「適齢期LOVE STORY?」第一話・Welcome!



「…で、あなたはどう思います?」
 カラになったエサ袋をポケットに詰め込んで、オッサンは訊いてきた。 「なにが?」
「ロボットに、心は必要あるのか、ないのか」
「……」
「あなたは、どう思います?」
 少し考えてから、俺は言った。
「あったほうがいいに決まってるじゃねーか」
 きっぱりと笑顔で言った。
「……」
 そうだ、あかりのヤツも言っていた。
 マルチといると楽しそうだって…。
「そっちの方が楽しいに決まってんじゃねーか。
「……」
 オッサンはしばらく、俺を見つめた後、
「やっぱり、そうですよねぇ」
 と微笑んだ。

(以上、(株)アクア・リーフ、「To Heart」1997、マルチシナリオより引用)


 その夜、俺はベッドに横たわり、ぼーっっとしながら、バイト、始めなきゃな、などと言うことを考えていた。
 きっと、マルチは発売される。
 セリオは、確かに強力なライバルだ。
 だが、あんなに「いい」ロボットが、没になるわけがない。
 来栖川の社員だって、きっと分かってるはずだ。
 なにが大切で、なにが必要なのか、これからの世の中で。
 だから、俺はバイトを始めなくてはならない。
 マルチが発売次第、マルチを購入するために。
 一緒に…、想い出を作るために…!
 な、マルチ!

 と、そのとき、ぴんぽーん、と呼び鈴が鳴った。
 ん、だれだ、…あかりか?
 あかりにしても、一体なんだろ…飯でも作ってくれるのか…?
 …ありがたいけど、今日は断ろう。
 何となく、あかりに台所に立ってもらいたくない。
 マルチを思い出さずにはいられないだろうから。
 あかりにマルチを重ねるなんて、あかりに失礼だもんな…。
 そんなことを考えながら、階段を下りた。
「うーい、いま開けますよー」
 と怒鳴る。
 俺は、のぞき窓で外を確認するなんて事はしない。
 めんどっちーからな。
 なんかあったら、あったでそのときは何とかなるだろ。
 ドアノブをつかみ、戸を引いた。
 がちゃ。
 扉が開くと、そこには、ふたりの女のコと、一人の男が立っていた。



 「そこには、ふたりの女のコと、一人の男が立っていた。」
 …違った。
 そこには、ふたりのメイドロボと、一人のオッサンが立っていた。
 …セリオ…昼間あったオッサン…そして…マルチィ?
 !!!
 んんぁ!?
 どーゆーことだ、これっ?
 一体なにが起こってるんだっ?
 マミィー、テルミィーっ、ホワイッッ?!
 って、これじゃレミィだぁぁ。
(正確には、「What's going on」ほわっごーいんおん、だぞ、浩之)
 そ、そんなことはどうでもいい。
 問題なのは、目の前の事実だ。
 錯覚かと思い、目をこすってからもう一度目の前を見る。
 …やっぱり、セリオ、オッサン、マルチがそろって立っている…。
 しかも、セリオはともかく、オッサンは白衣でなく、スーツ姿だし、マルチはマルチでかわいー格好をしている。
 あ、マルチの私服、始めて見るなー。
 って、そんなこともどーでもいいんだよー、俺。
 …シュールだ、シュールすぎる…。
 しかも、公道には、大勢の白衣が並んでいた。
 …何者?
 しかし、なんで、昨日の朝別れたばかりのマルチがいるんだ?
 しかも、昼間あったオッサンと一緒に?
 呆気にとられ、口をぱくぱくする事しか出来ない俺を、三人は大人しく眺めていたが、やがて、オッサンが、口を開いてこんな事を言った。
「藤田浩之君ですね」
 …そうだが…。
「は、はぁ」
「ご両親はおいでかな?」
「い、いえ、両親とも、家を空けてまして…」
「そうなのか…」
 一体なにがしたい、このオッサン?
 しかも、一体何者なんだ、こいつ。
 ただのリストラヤロウじゃなかったのか?
「残念だ…、ご両親とお話がしたかったのに…」
 一体、このオッサンが俺の親となにを話すってんだ。
「あの…、わるいっすけど、あなた、誰です?あと、親と話すって、どういう…」
「あ、これは失礼。私は、長瀬源五郎と言います。来栖川電工中央研究所第七研究開発室HM開発課課長、HM−12開発チームのチーフです」
 …なんだって…?
 …ってことは…。
 マルチの開発者ぁ!?
 親ってことかぁ!?
 でも、そんな人が、なぜここにっ?
「そ、それって、マルチの…開発者ってこと…っすか!?」
「ま、そんなとこです」
 オッサンは、ニヤリ、と笑った。
 …。
 ますますシュールだ。
 しかも、マルチは長瀬の横で、だまって突っ立っている。
 おまけに、なんかよくわからんが、俯いている。
 その脇には、大きなスポーツバッグがあった。
 …なにが入ってるんだ、あれ。
 なんか、混乱してきた。
 そんな俺を無視するかのように、オッサンは口を開くと
「…まったく、大切な娘を…」
 と言った。
 …はぁ?
 …一体…?
「きみぃ、マルチと寝たそうだね、おとといの夜」
 スバリ、長瀬が言った。
 …ぬわにぃぃっっ!
 なんでそんなことがばれてんねんっ!
 どーちゅーこっちゃ!
「…大切な娘と寝たからには、きちんと責任をとってもらうよ」
 と、たんたんと長瀬が言った。
 …はぁ?
 一体なにが言いたいんだ?
「…それって、どういうことですか…?」
 聞いてみた。
 すると、
「だから、君はマルチと寝たんだろう。婚前交渉など、もってのほか。よって、君には、きちんと責任をとってもらう」
 と、なんだか変なドラマのべたべたな頑固オヤジみたいなセリフが帰った来た。
 …べたべたなのは置いておいて…。
 なぜに、Hしたのばれてる?
 …そうかっ、マルチのデータ、みたんだなっ!
 …そうか、こいつ、そんなことまで記憶してんだな。
 きくちょー、そんなこと考えてなかったぜ…。
 って事は、やったこと、全てばれてるってコト?
 …うわー、はずかしーっ!
 そりゃないぜセニョリータッ!
 頭を抱え、苦悩する俺を見た長瀬は、
「あ、決してマルチのデータを見た訳じゃないぞ。この子は俺の娘だからな。そんなコトするわけがない」  と、言った。
 じゃ、なんで知ってんねん。
 まさか、のぞいてたんじゃねーだろうな。
「マルチから聞いたんだよ、一部始終」
 と言う声。
 …は?
 マルチから、聞いた?
 それってどーゆー?
 俺は、マルチの方を向くと、マルチに向かって
「…話したの…?」
 と、愛する者同士の再会にはまず交わされないであろうセリフを口にした。
 するとどうであろう、マルチは、ためらいもせず
 こくり、
 とうなずいたではないか!
 なにーっ!
 なにかんがえてんじゃー、マルチッ!
「マルチは正直者だからね、なにをしていたんだい?と言ったら、恥ずかしがりながら、愛してくれました…、って答えてくれてね…、さすがに俺も驚いたよ…予想はしてたが…本人の口から出てくるとはね…」
 …俺だって驚いてるぞ…、言うか、マルチ…?
 …そうか、この年でのHが、あんま好ましいものではないことを、知らなかったのか…、盲点だった…。
 ちゃんと、教えておけばよかった…。
 惚(ほう)ける俺。
「ま、そんなわけで、君には責任をとって、娘の面倒を見てもらう」
 と、長瀬は言い切った。
 言い切ったのだ!
「マルチ、今日からここが君の家だ」
 マルチが、上目使いで俺を見る。
 ひえー、かわいー。
 じゃねーだろ、俺。
「ちょ、ちょっとまってくださいよ!俺…そんな…」
 だが、長瀬はそんな俺を完璧に無視すると
「昼間はなした限りでは、君はなかなかいい青年だ。きっと、娘を幸せにしてくれるだろう。マルチ、いい人と出会えて、よかったな、はっはっは」
 と笑いながら、マルチの肩をたたいた。
 マルチは、頬を染め、恥ずかしそうに俯いている。
 公道に立っている白衣たちは、こっちを見ながらぼそぼそと耳打ち話をしている。
 あいつら…長瀬の部下だな…。
 …なにを話してるんだ…。
 …。
 ……なんなんだ…神様…いま…なにが起こってるんですか…?
 俺は、9000メートル級の混乱という山のてっぺんに、冬山装備なしで立っていた。
 人類未到の大ピンチ。
 そんな気がした。

 マ、マルチが来たことはいいとしよう。
 ウチにすむのも、まぁ、いいとしよう。
 で、こいつ、研究所にいなくていいのか?
「な、長瀬さん…?」
「ん、なんだね?」
「マルチ…研究所にいなくていいんですか…」
 と、すっとぼけた質問をした。
 ってか、自体の重要性を理解していなかったのかも知れない、混乱しすぎて。
「あー、かまわんよ、ダミー、使うから」
 ダ、ダミー?
 なんだそれ?
 だいたい、いいのか、そんなことして。
「え、いいんですか?そんなことして」
 とあせって聞くと
「In Heartではそうなっているからな。設定は絶対だ」
 と訳わかんないことをすらりと言ってくれた。
 …なんだ、In Heartって…?
 これ、To Heartじゃなかったっけ?
 …ま、いい。
 で、ばれたらどうするんだ、マルチがウチにいるのが。
「…マルチが、ウチにいるのばれたら、どーするんですか!」
 思わず強い口調になってしまった。
 しかし、長瀬は動じる風もなく、
「ヘッドギア、とっちまえば人間とみわけ、つかんだろ。人間、ってことにしちゃえ」
 と、あっけらかん、と言ってくれた。
 …このオッサン…。
 …一体…。
 …ちょっとまて!
「ヘッドギアって、センサーなんでしょ!マルチからそれ、とってもいいんですか!」
 と俺。
 すると長瀬は
「それもそうだな…、じゃ、君があまりにマルチを恋しかったから、今あるメイドロボを改造してカスタムメイドした、という設定にしよう」
 とおっしゃった。
 …設定…。
 …なんの設定だ…。
 …このオッサン…なに言っても無駄…かもしれん…。
 俺は黙ってぼーっとしてると、長瀬が
「では、今日はこんなところで。今度は、ご両親がいるときに来るから、よろしく」
 と俺にいい、
「じゃ、マルチ、元気でな。彼の言うこと、よく聞くんだぞ」
 とマルチに微笑んだ。
 コクリ、
 マルチはうなずいた。
 …マルチ…なんか話せよ。
 先輩みたいじゃねーか。
 …。
 そんな、必然性のないことを考えていると、長瀬が
「では」
 と体を翻し、玄関を後にした。
 …。
 …どうなってんだ…。
 長瀬は、まだ惚(ほう)けている俺に向き直ると
「結納の日付、考えといてくれたまえ」
 と言って、またも俺に背を向けた。
 …結納…。

 長瀬は背を向けたが、セリオはまだ、そこに立っていた。
 …こいつ、なにしに来たんだ?
 そう言えば、最初からいたよな…。
 不思議に思ってセリオを見ると、彼女は俺をじっと見つめて、一言こういった。
「マルチさんを、よろしくお願いします」
 ぺこり。
 そして、彼女も背を向けて、帰っていった…。
 …。
 …シュールだ。
 …メイドロボにお願いされた…。

「マルチ」
 …俺がいう。
 スポーツバッグを抱えたマルチが、
「浩之さん…、ふつつかものですが、これからもよろしくお願いします」
 ぺこり。
 …。
 俺は…
「…ま、あがれよ…」
 としか言うことが出来なかった…。




 眩しい朝日。
 朝だ。
 階段を駆け上がる音。続けて、
 ガチャ。扉を開ける音。
「浩之さん、おはようございます、朝ですよー」
 かわいらしい声。マルチである。
 浩之は、ぬっとベッドから這い出ると、頭を掻きむしりながら
「あ、あぁ…」
 と、生返事をした。なにが起こっているか、分かっていないらしい。
「すっごくいい天気ですよー」
 カーテンを開けながら、マルチが嬉しそうな声を上げた。
 あ、朝なのか…、浩之は、上体を起こしながらのびをし
「あ…、おはよう、マルチ…」
 と、眠たそうな声で、マルチに答えた。
「おはようございますぅ!」
 マルチは朝から元気だ。ロボットには、低血圧とかは無いのだろうか?

 って、これ、つかいまわしじゃねーか。
 ま、バンクシーンみたいなもんか…。
 しかし、マルチ、いるんだなー。
 昨日の出来事は、夢ではなかったか…。
 …つくづくシュールだ…。
 と、ぼーっとしながら(いつもぼーっとしてるな、俺)考えていると、
 ぴんぽーん、
 呼び鈴が鳴った。
 んだんだ?
 俺がベッドでぼーっとしてると、呼び鈴なるようになってるのか?
 …ま、朝だから、あかりだろ。
「はー…」
 はーい、と言おうとした途端、
「はーい、ただいま開けますねー」  と言う声が響いた。
 マルチだった。
 !
 やばい、と思ったときには、もう遅かった。
 俺が飛び起きたときには、マルチはもう玄関。
 こういうとにだけは、素早い。
 ギャグ小説を分かっていらっしゃる。
 がちゃ。
 マルチがドアを開ける。
 …。
 ……。
 ………。
 あかりが、凍り付いた。

第二話・「戦いの火蓋」へ続く



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