「第1話 偶然の出会い....妹の親友」 プロローグ ナレーション: あなたは人を愛したことがありますか? 「この世の中で、この人以上はだれも愛せない」 そう思うほど一人の女性を愛したことがありますか? 「本当の愛」 それが何なのか、考えたことがありますか? 僕は一人の少女を愛しています。 僕の心は、あの少女の存在無しではいられない。 だけど... 僕は、あの少女に出会ってはいけなかったのかもしれない。 なぜなら、僕は1ヶ月後には引っ越さなければならないのだから。 * * * * 僕の名前は「石原 哲」。 私立本愛高校に通う高校2年生。 趣味は、特になし。 「平々凡々とした毎日を過ごせるのが幸せ」と考えている。 「のんびりした性格なのかもしれない」と自分では思ってる。 家族構成は、父と母と妹と同居の4人家族。 妹は僕と同じ高校に通う1年生、名前は「みさき」。 兄の目から見ても可愛いほうの部類には入るのだが、口喧しいのが玉に傷である。 今日も「忘れ物をしてない?」とか「ハンカチを持った?」とか、 まるっきり兄扱いされていない。 親父は平凡な商社マン。母親も平凡な主婦。 僕は「全てが平凡なまま」という、自分の理想としている生活を行っていた。 すぐそばに迫っている何かに....全く気がつきもしないで。 * * * * 石原:「ふう、退屈な今日の授業も終わった終わった。 6時限目まで授業がある日は一日が長く感じるなぁ。」 なんて、呑気なことを呟きながら僕は下校するために廊下を歩いていた。 石原:「それにしても寒いな...。」 今日は10月の真ん中の週の水曜日。 秋というより冬と言った方が良いほど、空気の寒さが身に染みた。 石原:「今日は、寄り道しないでとっとと帰ろうかな.....。」 2年生のクラスがある3階から、下駄箱のある1階まで下る階段を ゆっくりと下る僕の視界に一人の少女が泣いている姿が飛び込んできた。 どうしたんだろう......。 普段は面倒に巻き込まれそうな事には無関心な僕だけど、その少女だけは 「なんとなく放っておけない」 と感じてしまい、僕はいつの間にか優しく声を掛けていた。 石原:「大丈夫? どうかしたの?」 泣いていた少女は、声を掛けられたことに驚きつつも、 しっかりとした口調(舌っ足らずだけど)で僕に向かってこう言った。 少女:「大丈夫です。 目にゴミが入ってしまって...。」 なるほど、そういうことか。 悲しくて泣いている訳ではないんだ。 だけど、流れている涙が痛々しくて、僕はそっとハンカチを差し出していた。 石原:「これを使って涙を拭いて...。 手で擦っちゃうと後で痛くなっちゃうかもしれないしね。」 普段の僕からは想像も出来ないような優しい声で女の子へ語りかける。 そんな自分の態度に自分で『ひゃー恥ずかしい』と心拍数を上げていた。 少女:「え? あ、あの...」 ハンカチを受け取った後、赤くなりながら何か喋ろうとしている少女を一人残して、 僕はその場を立ち去った。 去らなければ....恥ずかしさのあまり倒れていたかもしれないから。 上履の色は「青」だった。 みさきと同じ一年生か...ちっちゃくて可愛い少女だったなぁ。 その少女は、僕でなくても手を差し伸べてしまうような気にさせる、 そんな独特の雰囲気を持っていた。 思わずハンカチを差し出してしまったけど.....変な人と思われたかな? まあ、いいや。 その日から、僕の胸の中には一人の少女が住むようになった。 僕は戸惑いを覚えつつも、生まれて初めての感情になんとも言えない心地良さを 感じていた。 * * * * それから半月くらい経った日曜日の昼、買い物に出かけようと準備をしている僕の耳に、 妹の楽しそうな話し声が聞こえてきた。 石原:「あれ? 友達でも来てるのかな?」 まあ、顔を合わせてしまったら挨拶くらいしておけばいいか...。 僕はそれほど気にもしないで、買物用の紙袋を手にとると自分の部屋のドアを 開けて廊下へと..。 ガチャ。 みさき:「あれ? お兄ちゃん、買い物に行くの?」 部屋のドアの所で、妹とバッタリでくわした。 石原:「ああ。 大した買い物じゃないけどね。 話し声が聞こえたけど、友達でも来てるのかい?」 みさき:「うん。 同じクラスの友達が来てるの。 大親友なんだから、失礼の無いようにちゃんと挨拶するのよ!」 石原:「はいはい。」 みさき:「もう、「はい」は一回って言ったでしょ! お兄ちゃん!!」 石原:「は〜い。」 みさき:「んもう、お兄ちゃんは相変わらずなんだからぁ...」 兄を兄とも思わない言動には慣れっこだけど、同じ一年生にあんなに可愛らしい 少女がいると思うと、思わず妹と比べてしまい、日頃言わないような事を 口走ってしまっていました。 石原:「相変わらずお前は可愛げが無いねぇ。 他の一年には凄く可愛い女の子がいるってのに...。 少しはそういう子を見習って女の子らしくなりなさい。」 みさきは表情を瞬間的にムッとさせ、僕の事を睨みつけ詰問するように問いかけた。 みさき:「「一年の凄く可愛い女の子」って誰なのよ、それ!」 石原:「さてね、僕も一度見掛けただけだから...。」 みさきの珍しい怒り方に、興味を感じながらも只ならぬ殺気を感じて、 僕は早々に逃げ出すことにしました。 石原:「それじゃ、そういうことで。」 みさき:「あ! ちょっとコラ、待ちなさいよ、お兄ちゃん!!」 後ろから、みさきの突き刺すような声が聞こえてくるけれど無視無視。 僕は玄関に向かって階段を降りていった。 少女:「みさきちゃ〜ん、どうしたの? そんなに大きな声をだして〜。」 玄関から聞こえてきた声は、どこかで聞き覚えがあるような舌ったらずな声だった。 妹の友達は、どうやら玄関で靴を脱いでいる最中みたいでした。 僕は階段を降りきると、玄関にいるであろう妹の友達に向かって 挨拶しようとしました。 しました.....が、僕は声を掛けようとした格好のまま金縛りにあったように、 その友達から目が離せなくなってしまいました。 そこにいたのは、僕がハンカチを貸した「あの少女」に他ならなかったから。 少女の方も、僕に気がついたらしく。 少女:「あ........」 と、動きが止まってしまいました。 お互いが動けなくなってどれくらいの時間がすぎたのだろう。 いつまでも上がってこない親友を心配して、妹が2階から降りてきました。 みさき:「どうしたの、弥生。 早く上がってらっしゃいよ。」 みさきは僕が固まっているを横目で見つつ、いつもの調子で...。 みさき:「これ、私のお兄ちゃん。 「哲」って言うの。 だらしが無くってどうしようもないお兄ちゃんよ。 そして....こちらが「南 弥生」ちゃん。 私の無二の親友なの。 ほら、お兄ちゃんキチンと挨拶して!」 みさきに促され、ようやっと僕はたどたどしい日本語で、 あの少女に語りかけることが出来た。 石原:「みさきの御友達だったんですね。 みさきの兄の哲です。 どうぞよろしく。」 「弥生ちゃん」と紹介されたその少女は、僕よりもたどたどしい言葉で 受け答えをしてくれました。 弥生:「あ、あの....。 あの時は有り難うございました。 わ、私....南弥生って言います。 あの時は親切にどうもありがとうございました。 えっと..その...本当に....ありがとう..ござい..まし.....」 弥生ちゃんは話しているうちに語尾がだんだんと弱くなってきてしまい、 最後には口ごもってしまいました。 そんな静かになってしまった弥生ちゃんに代わって、 弥生ちゃんの台詞を聞いたみさきがビックリしたように叫びました。 みさき:「何!? 弥生が言っていた「親切でカッコイイ先輩」って、 お兄ちゃんの事だったの?!」 弥生:「みさきちゃん!!」 みさきの台詞を覆い隠すように、弥生ちゃんが叫んだ。 みさき:「.....ふ〜ん。」 みさきは僕の事をジロリと見ると、呆れたようにこう言った。 みさき:「お兄ちゃん、恥ずかしいから学校でナンパなんかしないでよ。 私にも世間体ってものがあるんだからね。」 石原:「ナ、ナンパじゃないよ。 ただ、放っておけなくって......思わず。」 妹に弁解している自分がなんとなく悲しかったのですが、 自分の心の中はそれどころではありませんでした。 弥生ちゃんは、顔を赤くしながら僕に向かって小脇に抱えていたポシェットの中 からハンカチを差し出しました。 そして...。 弥生:「あ、あの....。 ハンカチですけれど、きちんとアイロンを掛けておきました。 いつ会えるか判らないから、ずっと...ずっと持ち歩いていたんです。 あの先輩が、みさきちゃんのお兄さんだったなんて....。」 赤くなりつつハンカチを差し出す弥生ちゃんをみて、あまりの可愛らしさに 声のかけようが有りませんでした。 みさき:「もう! お兄ちゃんたら...情けないわねえ。 早く受け取りなさいよ、弥生は毎日一生懸命にアイロンかけてたんだから。」 僕は、その言葉にハッとして慌ててハンカチを受け取った。 石原:「丁寧にどうも有り難う....。」 センスのかけらもない台詞だった。 みさきは「あちゃ〜」という顔をしてから、「もっと気の効いたことを言いなさい」 とばかりに僕を一睨みして... みさき:「ほら、用事が済んだんなら上に行こ!」 と、弥生ちゃんの手をとって2階へと上がっていってしまった。 僕はその場でしばらく「嬉しいような」「驚いたような」変な感じを味わって いました。 手渡されたハンカチに残っていた微かな温もりが、漠然としか感じられなかった あの少女..「弥生ちゃん」の存在を近くに感じさせてくれるようで...。 その日一日、僕は夢うつつの中で過ごしているようでした。 (結局、その日僕はどこにも買い物に行きませんでした。) * * * * その日の夜、僕の部屋のドアをノックする音が聞こえました。 コンコン みさき:「お兄ちゃん、もう寝ちゃった?」 なんだ...みさきか。 一体こんな時間に何の用だろう? よく分かりませんでしたが、一応返事をしました。 石原:「まだ起きてるよ。」 みさき:「ああ良かった。 じゃ入るね。」 ガチャ 僕の返事も聞かずに部屋の中にみさきが入ってきました。 石原:「あのなあ...年頃の男の部屋の中に、いきなり入ってくるもんじゃないぞ。」 みさき:「なんで?」 石原:「なんでって...その...ほら...」 僕はすぐに説明できませんでした。 簡単に想像できるようなことは、妹に説明できるたぐいの事では無かったから..。 (「やらしい雑誌でも読んでいたらどうする?」とかね) みさき:「えっち」 口ごもる僕に痛烈な一撃を加えるみさき。 石原:「な、な、な....」 「何を言う」と言いたいのだけれど、口が回りません。 みさき:「いや〜ね〜、変なことばっかり考えていて。 こんな人がお兄ちゃんだなんて、私もつくづく不幸だわ。」 みさきの攻撃を受けて防戦一方の僕でしたが、ふと頭に良い説明の仕方が。 石原:「....みさき、俺が着替えをしている最中だったらどうする?」 「勝った」「完璧な逆襲だ」と僕は思いました。 しかし... みさき:「それがどうしたの?」 と、あっさりと言うみさき。 「勝てる」と思っていただけに、僕の落胆の度合いは大きかったです。 けれど...けれど、まだチャンスはある!! 石原:「あのなあ.....、お前は自分の着替え中に俺がノックもせずに 入っていって大丈夫か? いやだろう? それと同じだよ。」 よし! これでグウの音も出ないだろう!! ....だけど みさき:「変なお兄ちゃん。 ぜんぜん平気よ。 カッコイイ男の人ならともかく、お兄ちゃんじゃね〜。 見られたって関係ないわ。」 ふう、打つ手なしか... 石原:「そうか...そこまで言うなら俺は何も言わん。 それじゃあな、おやすみ。」 僕はそう言ってみさきに手を振ると、ごそごそとベッドに潜り込んだ。 みさき:「あ、お兄ちゃん待ってよ。 私、そんな話をしに来たんじゃないんだからぁ。」 と、みさきは睡眠体制に入りかけた僕の掛け布団を力いっぱい引っぺがした。 石原:「だから、一体なんの用なんだよ!!」 布団をもぎ取られた僕は、苛立ちまぎれにちょっと語気が荒くなってしまいました。 みさきは、イライラしている僕を斜めに見下ろすと、 みさき:「なんで弥生は、こんなお兄ちゃんがカッコよく見えるのかなぁ...」 と呟きました。 「弥生」という単語に単純に反応してしまう自分が悲しかったのですが、 僕は「よっこらしょ」と落ち着いて話を聞く体制をとるために、ベッドの上に 座り込みました。 石原:「んで、何の話なんだい?」 みさきは、僕の態度の変化を見て頭を抱え込んでしまいました。 みさき:「あ〜、もう。 情けないったらありゃしない!!」 石原:「まあ、そういわずに...。」 僕はみさきが落ち着くのを待ちました。 1〜2分程、僕に向かって悪態をついていたみさきですが、 言うだけ言うと落ち着いたみたいでした。 冷静さを取り戻したみさきは、僕に面と向かって静かにこう言いました。 みさき:「昼間言っていた「凄く可愛い1年生の女の子」って、弥生のことなの?」 僕は答えをはぐらかしたかったのですが、みさきの瞳の中に「真剣な気配」 を感じ取ってしまい、嘘をつくことが出来ませんでした。 石原:「ああ、そうだよ。」 みさき:「やっぱり、そうなんだ......。」 ほんの少しだけ、みさきの表情が微妙に変わったような気がしました。 しかし、次の瞬間にはいつもの表情に戻ってしまいました。 みさき:「好きなの?」 石原:「どうだろう...。 気になって仕方が無いのは確かだよ。」 みさき:「そう。」 正直に答え続ける僕。 冷静に受け答えをするみさき。 みさき:「よかったね、お兄ちゃん。 こんなお兄ちゃんでも興味を持ってくれる女の子がいてくれてさ。」 石原:「え?」 僕には、みさきが何のことを言っているのか判りませんでした。 みさきは僕が理解していないのを見ると、説明するようにゆっくりと言いました。 みさき:「弥生もね、お兄ちゃんのことが気になってしょうがないみたいなの。 今日、私の部屋にいる間中...弥生の口から出てきた話題はお兄ちゃんの事 だけだったんだよ。 説明するのが嫌になるくらいね。」 信じられない様な事だった。 弥生ちゃんが僕に興味を持ってくれているなんて....。 みさき:「こんなチャンス滅多に無いんだから、きちんと押さえなくちゃ駄目よ! 本当に...あんな可愛い子に興味を持たれるなんて、 一生に一度あるか無いかなんだからね!!」 「そうかもしれない」 情けないけれど、そう素直に思ってしまうほど真実味がある言葉だった。 みさき:「けど、弥生に変なことしちゃ駄目よ。 弥生は私の大事な親友なんですからね。 清い交際をするのよ!!!」 石原:「おいおい。」 僕は軽く突っ込みを入れた後。 石原:「判ってる。 僕を他の男の子と一緒に考えないでくれないか?。 僕はそういう事の為だけに女の子に近づくような人間じゃないよ、みさき。」 半分冗談めかして言いました。 みさき:「....うん、知ってる。」 素直なみさきの言葉に、僕は思わず驚いてしまいました。 石原:「...みさき?」 僕が疑問符付きの顔で見ているのに気がつくと、みさきは一瞬「しまった」 という顔をしてから、 みさき:「せいぜい振られないようにがんばってね! とりあえずは応援してあげるからね、お兄ちゃん。」 と元気に返答されてしまいました。 石原:「あ、ああ。」 迫力に押された僕が、力なくうなずくのを見るとみさきは、 みさき:「それじゃあね、おやすみ〜。 バイバ〜イ。」 と、手を振って部屋を出ていってしまいました。 バタンとドアが閉まり、部屋には静寂が訪れました。 石原:「みさきのあの表情...一体何だったのかな?」 軽く呟いてみたけれど、答えが判るわけは有りませんでした。 それよりも、僕にとって重要なのは「弥生ちゃん」の存在(こと)でした。 石原:「弥生ちゃんか....、可愛くって、大人しくって、ちっちゃくて...。 どうやら...本気で好きになってしまったかな。 明日からの学校が楽しみだ。 みさきにかこつけて1年の教室に出入りしちゃったりしてね、あはは。」 なんて考えているうちに、僕は穏やかな睡魔に襲われて静かに寝息を 立てはじめました。 その時、みさきが自分の部屋で何かを堪えるような厳しい表情をしているのに気がつきもしないで。 * * * * 次の日の朝食の風景。 家族四人がテーブルについて、ご飯と焼き魚とお味噌汁の朝食を食べる。 何の変哲もない平々凡々とした日常。 けれど、僕は親父と母の態度に違和感を感じていました。 「何か、いつもと違う」...と。 僕の疑問の視線を感じて耐えられなくなったのか、親父は「オホン」と 一つ咳払いをすると、僕とみさきに向かってゆっくりと喋りはじめました。 親父:「....朝から、こんな話をして申し訳ないのだが...。」 僕は、体全体に鳥肌が立ちました。 親父が何を言い出すか、全然判らなかったけれど本能が恐怖を訴えていました。 「その言葉を聞いちゃいけない」と。 石原:「お、親父...あのさ」 僕は親父の言葉を遮るように、自分から話しはじめた。 けれど、親父の口から出てくる言葉は、その程度の事では止まりはしませんでした。 親父:「来月から、仙台に転勤になった。 お前も、みさきも...まだ高校生だから、一緒に連れて行くことにしたよ。 引越しはちょうど1ヶ月後だ。 急だが、仕事の都合もあってな..。」 (続く)