「第1話 出会い」 ナレーション:始まりがあれば終わりがあるように、出会いがあればまた別れもあるのです。        「永遠に続く二人の関係」、それはどんなに幸せなことでしょう。        ここ、きらめき高校には一つの伝説があります。        校庭のはずれにある一本の古木、そのたもとで卒業の日に女の子からの告白で        生まれた恋人達は「永遠に幸せな関係」になれるという伝説が...。     *  *  *  *     結局、何も変わらないのだ....高校になっても。 欠けた物を埋めようとしても埋まりはしない、たとえ何十年経ったとしても。 「自分」は止まっているのだ、子供時代の「あの時」で。 「あの時」僕は足が竦んで、自分で自分を助けることが出来なかった。 その所為で母さんは....。 あれだけ好きだった母さんも今は記憶の彼方...顔も思い出せない。 思い出せるのは暖かかった手の感触だけ。 「あの時」僕はなにもできなかった。 「幼かった」という事は自分の中では、言い訳にすらなり得なかった。 生きていても仕方が無かった、けれど死ぬことで他人に迷惑をかけたくは無かった。 人と触れ合わずに生きよう....好きな人を失うのはもう嫌だから。 人と仲良くならなければ、別れだってあるわけは無いのだから。 ...「あの時」、僕はそう誓った。 そして、誓った事すら忘れそうな時が過ぎ.....僕は今ここにいる     *  *  *  *     『僕』こと『石原 哲』は、今日から『きらめき高校』の一員となった。     成績は普通、容姿は人並み、趣味は特に無し....。     今は明日から本格的に始まる高校生活に、期待も何も抱かずに自宅のソファで 寝転んでいる。 無口で無愛想な人間..これがほとんどの人の僕の第一印象らしい。 人と話すのは好きじゃない...話せば話しただけその人との距離が縮むから。 人間関係がウェットになるのが嫌だから、僕は誰とも話をしない。 今日、自己紹介の時に緊張して何も喋れなくなった女生徒に助け船を出したけれど、 「失敗した」と深く後悔した。 なんだかんだで、助け船を出したことによってクラスの人間の注目を浴びてしまい、 自己紹介の後で多くの人に「友達になろう」と話しかけられてしまったからだ。 ...結局、全てを無視した。 助け船を出してあげた女の子が、最後まで目の前に残っていたけれど、「邪魔だ」 と言ったら悲しそうに去っていった。 「これでいいんだ」 自嘲ぎみに微笑む少年の瞳に、一瞬だけ寂しさの影が差した...。 しかし、次の瞬間には普段通りのポーカーフェイスへと戻っていた。     *  *  *  *      それは入学して2週間ほどたった時のことだった。     『ロメオとジュリエッタ』の読書感想文が、国語の宿題として出された。     すごいセンスの学校だと思う......普通は、課題には夏日漱石とかを出すと思うのだけれど。     僕は宿題をこなす為に図書室へと向かっていった。 (共同図書として、何クラス分かは判らないが、まとめ買いをしてあるらしい)。 図書室で目的の本を借りだした俺は、どんなものかと数ページ読むだけのつもりで     椅子に腰掛け、文字を追い始めた。     『ああロメオ様、なぜあなたはロメオ様なのですか?』     感想文をかける程度に読み飛ばそうと考えていたけれど、巧みな文章の魔力によって いつしか僕は本の中の世界へと入り込んでしまっていた。     そして、自分の肘で愛用のボールペンを床に落としてしまっている事にも気付いてはいなかった。 少女:「あの....。」 消え入るような声に僕は、本の世界から意識を引きずり戻された。 ゆっくりと顔を上げた先には眼鏡をかけた少女が立っていた。 少女の瞳は、ゆっくりと....床と僕の顔を、行ったり来たりしていた。 そして、お互いの目が合った.......。 少女の物言いたげな瞳に吸い込まれそうになりながら、僕は少女の次の言葉を 待っていた。 しばらくの静寂が流れる......。 少女の瞳の正視に耐えられなくなった僕は、何も言い出さない少女へと話しかけた。 石原:「僕に何か?」 少女:「......これ、あなたのですよね?」 僕が話し出すことにより、ようやと続きを喋ってくれた少女は、透き通るような 白い指を僕の前にゆっくりと差し出した。 僕は、その指に握られているのが愛用のボールペンだという事を確認した瞬間、 今まで起きたことの全てに気がついた。 石原:「ど、どうもすいません。 集中していて気がつきませんでした。」 少女:「いえ、かまいませんよ。 随分、熱心にご覧になっていらっしゃいましたね。」 僕は動揺していた..自分が本の世界に没頭していたという事に、 いや、それ以上に...目の前にいる彼女という存在に。 自分でも気がついてはいなかったが、さっき謝ったときの口調も、いつもの投げやりな口調では無かった。 本当なら「どうも」&「べつに」のコンボで全てを終わらせているはずなのに....。 誰も近寄らせたくない...近寄せたくないからいつも乱暴な口調のはずなのに...。 僕はその少女からボールペンを受け取りながら、いつのまにか質問に答えてしまっていた。 石原:「これですか? 宿題に出されたから読んでただけなんだけど読んでいるうちに夢中になりました。 正直、ここまで面白い本だとは思っていなかったので...。」 素直な感想だった。 そして、素直な口調だった。 少女:「私は『ロミオとジュリエッタ』のお話は昔から大好きなんです。」 彼女は軽く微笑んだ。 「大好き」という感情が良く出ている可愛らしい微笑みだった。 思わず、こっちもつられて微笑んでしまう。 さっきの静寂とは空気の違う、優しい静寂が流れる。 その静寂を破ったのは、時を告げる鐘の音。 少女:「あ、もういかないと。 部活に遅れてしまう...。」 微笑んでいた少女は、時計の方をチラリとみると、少し慌てた表情をした。 僕はまだキチンと礼を言ってないのに気がついて、彼女が去ってしまう前に 深々とお辞儀をしながら御礼を言った。 石原:「どうもありがとうございました。 僕は1年D組の石原 哲といいます。」 立ち去ろうとしていた少女は、深々と礼をした僕に負けないくらい深々とお辞儀を して、こう言った。 少女:「私は、同じ1年の如月未緒といいます。 また今度お話しましょう。」 そして、優しい微笑みは僕の前から去っていった。 去った後でも、ずっと気持ちの良い静けさをその場の空気に残すような人だった。 止まっていた何かを動き出させるような.....そんな静かな風が心の中を通り過ぎていく中で 僕はただ立ち尽くす事しか出来なかった。