「第2話    住み込みのメイドさん」 


  石原:「美樹原さん☆  美樹原さん☆  可愛い可愛い、美樹原さん☆
      こんなに近くで存在を感じる事が出来るなんて...あは、あははははは」

      自室に戻った僕は、結局自分の感情をうまくコントロールできないまま、
      ベッドの上を歓喜のあまりゴロゴロと転げまわっていました。

      普段の教室内での僕のキツイ表情しか見ていないクラスメートが、
      今の状態の僕を見たら「気が狂った」という感想しか持てないんだろうなぁ.. 
      と、微かに残っていた理性で考えていました。

      そんな考えすらも、頭をもたげなくなりそうな僕でしたが.....

      ガシャーン!!

      突然の階下からの陶器の砕け散るモノ凄い音により、
      夢うつつのような自分だけの世界は、どこかへ吹き飛んでいってしまいました。

  石原:「ん?   何だ今の音は?   ...まさか、美樹原さんが怪我でも?!」

      僕は大慌てで、音がしたと思われる応接間の方へと走っていきました。
 
      僕が応接間に飛び込むと、美樹原さんがペタリと床の上に
      放心状態で座り込んでいました。

      座り込んでいる場所から少し前には、普段は棚の上に乗っている陶器製の人形が
      バラバラに砕け散っていました。
      (どうやら掃除中に、人形を引っかけて落としてしまったみたいでした。)

      僕は大慌てで、放心状態の美樹原さんに声をかけました。

  石原:「み、美樹原さん、大丈夫?  どこも怪我をしていない?」

      声をかけられたことにより、放心状態から脱却した美樹原さんは
      そこで初めて僕が応接室にやってきたことに気がついたみたいでした。

  美樹原:「すみません....ご主人様。  .....すみません。
      私....もうクビ...ですよね.....。」

      そこまでを、かろうじて声に出すと...後はすすり泣くだけでした。
      怪我をしていないのは反応を見て判りましたので、僕は美樹原さんを
      慰めるのに専念することにしました。
      
  石原:「美樹原さん、別に怒りはしないから泣かないで。
      クビになんかしないから....。」

  美樹原:「で...でも....」        

  石原:「いいから、いいから、大した物じゃないんだから。  これは。」

  美樹原:「.....」    
      
  石原:「僕が「大丈夫」って言ってるんだから大丈夫だよ。
      仕事に多少のミスはつき物さ。  だから、ね。」

      僕が精一杯やさしく語り掛けると、美樹原さんはようやく顔を上げてくれました。

  美樹原:「....ご主人様。」

      涙でクシャクシャになっている顔が、なんともいえずに可愛くて、
      僕はほんの少しだけ....ほんの少しの間だけ、見とれてしまいました。

  美樹原:「ありがとうございます...ご主人様」

      さらに、少しだけ微笑んだ美樹原さんの顔は、僕にとっては致命的ともいえる
      破壊力を持っていました。

  石原:「け...怪我は....ないよね?」

      赤面しそうな気持ちをかろうじて押さえつつ、僕はペタリと座り込んでいる
      美樹原さんが立ち上がるのを助けるように、手を差し伸べました。
      美樹原さんは、無意識に僕の手をつかんで立ち上がりました。

      立ち上がりました.....が、立ち上がった後に、今握っているのが
      僕の手だと気がついたみたいで、美樹原さんは赤面したまま硬直してしまいました。

  美樹原:「.....」  

      硬直している美樹原さんを見て、僕も身動きが取れなくなってしまいました。
      僕の右手の中には、柔らかい美樹原さんの手が....。
      今まで、遠くからしか眺めることの出来なかった美樹原さんが....こんなに近くに。

      ドキ、ドキ、ドキ、ドキ....
      
      美樹原さんの手の中に、僕の激しい心臓の音が届いてしまいそうで、とても恐いです。
   
      お互いに、手を放すタイミングが掴めずに数分の間、僕たちは見詰め合ったまま
      手を握り締めていました。


      ジリリリリリリリン!!!

              
      見詰め合ったままの僕たちは、不意に鳴った電話の音でお互いに飛びすさるように
      離れました。
      まるで、悪いことをしているのを見つかった子供のように。

      僕は、右手に残る美樹原さんの温もりの余韻を惜しみつつ、電話機に近寄り
      受話器をとりました。

      電話をかけてきたのは親父だった。

  石原(父):「よう、哲。  元気かぁ。  俺は、元気だぁ。  
      どうやら、俺は長期海外出張になっっちまったみたいでな、
      いま、ニカラグアへ行く飛行機の中だぁ。
      給料は、いつもの銀行に振り込まれるから、其処から生活費をおろして使え。
      家政婦さんの給料も、そこから払ってやるんだぞ!
      俺の出張は、どうやら3年間らしい。
      お前の高校在学中には一度も帰れないかもしれないが、元気でやれよ。
      それじゃあな!」

      ガチャ!!   
 
  石原:「ちょ、ちょっと待て、親父!!   こら!!  勝手に切るなぁ!!
      もっと詳しく事情を... 」

      僕は、声のしなくなった受話器を掴みながら叫んでいました。
                    
      ツーツーツー...

      当たり前のように、電話は「ツーツー音」を流しています。 

  美樹原:「あの....ご主人様?    大声を出して....どうかなさったのですか?」

      美樹原さんが、受話器を抱えて呆然としている僕に向かってやさしく声をかけてきました。

  石原:「親父が、出張なんだってさ。」

      呆然としたまま、僕は答えました。

  美樹原:「まあ、それじゃあ、早速荷物の用意をしなくては....」

      美樹原さんは、さっそく親父の部屋へと進んで行こうとしました。

  石原:「あ、出張の準備はしなくてもいいから。」

  美樹原:「なぜですか?  ご主人様?」  
      
  石原:「もう、飛行機の中なんだってさ。  俺が高校を卒業するまで、帰ってこれないらしい。」    

  美樹原:「そうなんですか?  大変なんですね。」

      美樹原さんは、全然大変そうに聞こえない言葉で、僕に答えた。

  石原:「まあ、お金はいつもどおりに振り込まれるみたいだから、心配はしてないけどね。
      もともと、全然帰ってこないし、連絡も滅多によこさない親父だからね。
      3年ばかり外国に行こうが何だろうが、俺にはあんまり関係がないことさ。」

      俺がそう言うと、美樹原さんは少し寂しい顔をして、こう言いました。

  美樹原:「そうですよね、3年たてば...また会えるんですものね。」

      *      *      *      *

      その日の夕食は、少し重い空気の中でとる事になりました。

      僕は、自分のことで頭が一杯で、美樹原さんのことを考えてあげることが
      出来ませんでした。
      だから、あんな迂闊な発言を.....。

      美樹原さんは、火事で家族を失ったばかりなのに...。
      全然...そんな悲しさを見せないように頑張っていたのに....

      とても期待していた、美樹原さんの手作りの夕食だったのですが、
      僕は味を感じることが出来ませんでした。

      美樹原さんも、あんな発言をしてしまったために気まずいらしく、
      僕の目を見ないように料理の盛り付けを行っていました。

      夕飯の片づけを終えて、帰っていく美樹原さんの後ろ姿を窓から見送りながら、
      僕は.......自分の無神経さを呪っていました。

      *      *      *      *

      次の日僕が学校へ行くと...いつものように
      僕のクラスへやってきて、藤崎さんと会話をしている美樹原さんが。

  石原:「......」

      僕は無言で美樹原さんに会釈をすると、自分の席につきました。
      鞄を下ろして、机の中に筆箱等を入れようとしましたが、机の中には
      何やら先客がいたようで、何も入りませんでした。

  石原:「ん?」

      スルリと机の中から抜き出すと....それは可愛らしいハンカチに包まれた
      弁当箱でした。

      僕は思わず、美樹原さんの方を振り向きました。
             
      美樹原さんは、僕の視線に気がついたようで、一瞬だけ弁当箱に視線を向けると
      僕を見てニッコリ笑いました。

      僕は赤くなりながら、「ありがとう」と「昨日はスミマセンでした」の意味を込めて
      頭をもう一度ペコリと下げました。

      美樹原さんとの会話が途切れたのを不思議に思った藤崎さんが、
      こっちを振り向きましたが、その時には僕は弁当箱を再び机の中にしまった後でした。

  藤崎:「メグ?  どうかしたの?」

  美樹原:「ううん、何でもないの。  詩織ちゃん。」

      キーンコーンカーンコーン

      授業の開始を知らせる鐘が校内に響きます。
      今まで騒いでいたクラスの皆も、次々に席につきはじめました。

  美樹原:「それじゃあね、詩織ちゃん。」      

  藤崎:「うん、次の休み時間にね。」

      僕の方に一瞬視線を向けた後に、美樹原さんは自分のクラスへ向かうべく
      ドアの方に歩いていきました。

      ...が、その足取りは弱々しいものでした。

      僕が「どうしたんだろう?」と思った時には、美樹原さんが崩れ落ちるように
      教室の床に倒れ伏していました。

  藤崎:「メ、メグ!?   どうしたの?!」

      美樹原さんの異常に気がついた藤崎さんが、悲鳴のような声を上げました。
      クラスの皆が、倒れている美樹原さんに注目しています。

      注目してはいるのですが、藤崎さん以外は誰も駆け寄ろうとはしませんでした。
      心配は心配らしいのですが、面倒なことに巻き込まれたくはないみたいです。

      僕はというと....周りの視線も考えずに、藤崎さんと同じく美樹原さんの
      側へと駆け寄っていました。

  藤崎:「メグ!    メグ!!」

      藤崎さんが呼びかけると、美樹原さんは焦点の定まらないような目を開けました。
 
  美樹原:「.....詩織ちゃん。」

  藤崎:「メグ...大丈夫?」

  美樹原:「うん....大丈夫。  落ち着けば大丈夫だから。」

      藤崎さんが美樹原さんに問い掛けますが、大丈夫じゃないのは一目瞭然です。
      現に美樹原さんは、藤崎さんに言葉を返した後に、また意識を失いかけていました。

      僕は「スッ」と、藤崎さんと美樹原さんの間に入り込むと、
      美樹原さんを抱きかかえて保健室に向かって歩きはじめました。

  藤崎:「い...石原くん?!」

      藤崎さんが驚いたような声を上げます。
      そりゃそうでしょう.....周りから見た僕のキャラクターは、
      こういうことには「我、関せず」の態度を取るような人間だから。

      教室を出て、数歩あるいたところで、我を取り戻した藤崎さんが追いついてきて
      こう言いました。

  藤崎:「メグ、大丈夫?  ありがとう、石原君。  保健室には私も一緒に行くわ。」

      けれど、僕は藤崎さんの申し出を断りました。

  石原:「いや...俺一人で十分です。  
      心配なのは判りますが、付き添いは何人もいりません。」

  藤崎:「....それなら、私がメグを運んでいきますから、
      石原君が教室に戻ってくれない?」

      断られるとは思っていなかった藤崎さんが、ちょっとトゲの入ったような言い方で
      僕に美樹原さんの引き渡しを要求してきました。
      
  石原:「ん?  それなら、それでも良いんだけれど...。
      藤崎さんは、美樹原さんを抱えたまま保健室まで歩いていけますか?」

  藤崎:「....」

      藤崎さんは、そこまで考えないで発言していたらしく、黙り込んでしまいました。
      それでも、食い下がろうとした藤崎さんですが、騒ぎを聞きつけてやってきた先生が
      僕と同じ判断を下した為、憮然とした表情の藤崎さんを残し、
      僕は一人で美樹原さんを抱えて保健室へと再び歩きはじめました。

      僕は美樹原さんの病状を心配しつつも、体調が悪いのに僕の弁当を作ってきてくれた
      事に感謝感激していました。
 
         
      保健室まで運んでいる途中で、美樹原さんが再び目を開けました。
      そして、僕の顔をマジマジと見るとこう言いました。
  
  美樹原:「私はまだ...夢を見てるのかしら?
      石原さんの顔が.....こんなに近くにあるなんて。」

  石原:「夢じゃないよ、今、倒れた美樹原さんを保健室に運んで行くところさ。
      抱きかかえているんだから、顔が近いのは.....当然かな。」

      僕は、精一杯の優しさで、美樹原さんに微笑みかけました。

  美樹原:「あの、私...」

      なにか言いかけた美樹原さんを、僕は軽く制しました。

  石原:「今は、何も言わなくても良いですよ...目を閉じて休んで下さい。
      体力が回復したら、ゆっくり話をしましょうね。」

  美樹原さん:「....はい」

      美樹原さんは、軽く肯くと、静かに目を閉じました。
            
      僕の気の所為かもしれませんが、さっきよりも抱きかかえている美樹原さんの重心が
      自分の方にかかっているように感じました。
     
      ....まるで、美樹原さんが僕に寄りかかっているような......。
        
      僕は.....気持ちが切なくなって、少しだけ、ほんの少しだけ、
      美樹原さんを抱いている手に力を込めました。

  *    *    *    *

      保健室に無事到着です。
  
      保健の先生と一緒に、美樹原さんをベッドに移し、僕は「授業をサボる」という
      名目で、美樹原さんの付き添いをすることを許可してもらいました。

      保健の先生は、「職員室に用事があるから、何かあったら職員室まで来てね」 
      と、言い残し席を外してしいました。

      授業開始から20分もしたころ、美樹原さんが目を覚ましました。

  美樹原:「...石原さん。   ご主人様....。」

  石原:「大丈夫かい?  美樹原さん。」

  美樹原:「ええ、もう...大丈夫です。」

  石原:「そう。  なら、良かった。 心配したんだよ。」

    美樹原さんは僕の言葉を聞くと、顔を赤くして横を向いてしまいました。

    そして、そのまましばらく沈黙が....。

    再び美樹原さんが、こちらを向いた時には、赤面から復活していました。
    そして、真剣な顔で僕を見つめると、ポツリとこう言いました。

  美樹原:「ご主人様は....なぜ何も聞かないのですか?」

  石原:「え?」
 
    僕には、美樹原さんの質問の趣旨がよく分かりませんでした。

  美樹原:「昨日も...「なんで家政婦をやってるの?」とか「火事の事とか」..
    今日だって、「どうして倒れたの?」とか、なぜ、聞かないのですか?」

    そして、続けざまに。

  美樹原:「私は質問の対象にならないほど、興味の無い存在ですか?」

    ....その質問は、僕の心の奥底を強制的にライトで照らすような質問でした。
    答えられないですよ、その質問。
    その質問に答えるための、僕の手持ちのカードは「あなたが好きです」という一言だけ。

    だから、僕はその質問に答える代わりに、一つ前の質問に答えることにしました。

  石原:「...僕は、あなたから話し出してくれるのを待っているんです。」

  美樹原:「え?」

  石原:「話出さないということは、「話したくない」という事と同じでしょ?」

    僕は、美樹原さんを見つめました。

  美樹原:「ご主人様...」

  石原:「だから、話したくなったら、いつでも聞かせてね。」

  美樹原:「はい...。  優しいですね、ご主人様は。」

  石原:「あはは、よしてよ...照れるから。
         自分が人に詮索されるのが嫌いだから....他人にもそうしてるだけだよ。」

    僕は、照れた顔を見せたくなかったので、少し横を向きました。

  美樹原:「では、優しいご主人様に...全てをお話します....。」

    横を向いた僕に向けて、美樹原さんはポツリポツリと話しはじめました。

  *    *    *    *

    美樹原さんの話を要約すると、こうだった。

    「火事の後、近くに住む親戚の家で世話になることにしました。
    しかし、あまり歓迎はされず、精神的に辛い日々が続きました。
    結局、バイトとして家政婦の仕事を見つけ、安アパートを借りて、
    一人暮らしをすることにしました。
    一人暮しを始めましたが、家政婦の仕事は失敗続きで、次々と職場を
    クビになってしまいました。
    なんとか貰えたお給料も部屋代で殆どが飛んでいってしまい。
    食べ物に関しては、何も食べないような日が続いています。
    ですので、今倒れたのも、空腹からなんです。」    

  *    *    *    *

  石原:「どうして?  僕にお弁当を作れるくらいなら、そのお弁当の分を美樹原さんが
    食べれば良かったのに。」

    僕が質問すると、美樹原さんはゆっくりと頭を振りました。

  美樹原:「いえ、食材は御主人様の家から持ってきたものですので、
    勝手に食べてはモラルに反します.....。」

    なるほど....律義だなぁ、美樹原さんは。

  石原:「けれど、ご飯を食べないとまた倒れるよ?」

    そう話しながら、僕の頭の中には名案が生まれていました。
    真剣に美樹原さんのことを考えて生まれた名案が。
    名案だけれど...自分も美樹原さんも驚愕してしまうような迷案が。
 
  美樹原:「それは、そうなんですけれど....」

    美樹原さんの頭の中には、解決策は浮かんできていないみたいでした。

    ならば..と、僕は遠回しに美樹原さんに話し掛けました。

  石原:「う〜ん、お腹が空いて倒れてしまうのでは、家政婦の職務に支障をきたしますね。
    それでは困るので、契約内容を変更しましょう。」

  美樹原:「.....!!」

    美樹原さんが、表情を強張らせ下を向いてしまいました。 
    また、クビになると思ったのでしょうか...。
    僕は美樹原さんをおびえさせない様に、すぐに次の言葉を話しはじめました。

  石原:「食事、及び食費は現物支給致します。  
    これからは一緒にご飯を食べましょう、美樹原さん。」

    美樹原さんは、ハッとしてこちらを見つめます。

  石原:「それで...もし...嫌じゃなかったら....なんだけど。」

    僕は、高鳴る心臓を押さえつつ、静かに..ゆっくりと話はじめました。

  石原:「僕の家の、空いている部屋で、生活しませんか?
    そうすれば、部屋代もかからないから....あ、あの、もし良かったらの話ですよ?」

    僕は後半真っ赤になってしまい、美樹原さんの顔を見ることが出来ませんでした。
    僕の言った提案は、ある意味究極の発言だったのですから。

    「僕と同棲しませんか?  親父も3年間帰ってこないし。」
  
    美樹原さんに、そうとられてもおかしくない提案でした。

    僕は前を向いていられない程ドキドキしていましたが、美樹原さんの答えが知りたくて
    ...反応が見たくって、美樹原さんを直視しました。

    美樹原さんは瞬間的に火が出たように真っ赤になりました。
    真っ赤になりながらも、真剣な瞳で僕のことを見つめると、
    何かを決心したような、それでいて微笑んでいるような微妙な表情を浮かべながら、
    微かに肯いてくれました。
    
  美樹原:「.....お、お願い...致します。」

    え?  いま、何て言ってくれたの?
    いいの?  本当に...いいの?

    別に、やましい気持ちから言った台詞では無かったにしろ、
    「同棲」と同じ意味の提案だったのですから、こんなに早く返事が貰えるとは
    思ってもみませんでした。

  石原:「本当に、いいんですか?」

    僕は、もう一度だけ確認しました。

  美樹原:「はい、お願い致します。  一緒に住ませて下さい。」

    美樹原さんからは、しっかりとした答えが返ってきました。
    そして、その後に
  
  美樹原:「今日の放課後に、荷物を運んでもよろしいですか?」

    と、付け足されました。

  石原:「え?  今日からで大丈夫なの?」

    自分から言い出したことですが、「今日の今日から」となると心の準備が....。

  美樹原:「あ、いきなりではご主人に迷惑がかかりますね、済みませんでした。」

    美樹原さんが、戸惑う僕を見て、困っていると思ったのか謝ってきました。

  石原:「いや、そうじゃなくて、引越し屋さんの手配とか、色々な問題があるでしょ?」

    そういう僕に、美樹原さんは少し悲しい顔をして答えました。

  美樹原:「...荷物は、着替えと食器と簡単な寝具くらいしか有りませんから。」

     ...あ、そうか...美樹原さんは火事で....しまった。
    僕は、慌てて美樹原さんを元気づける様に、明るく言いました。

  石原:「じゃ...じゃあ、放課後に一緒に荷物を取りに行こうね!!」

    美樹原さんは、微笑んでくれました。
    僕は、場が和んだので一安心です。 
    昨日みたいに、ギクシャクしたくなかったから...
    
    美樹原さんも、話が一段落したのが判ったのか、

  美樹原:「ご主人様。  少し休ませていただきます。
    放課後の為に、体力を残しておかないとならないので。」
  
    と、微笑みながら話し掛けてきました。

  石原:「OK。  ゆっくりお休み。  今度、目が覚めるときまでに、
    枕元に何か食べるものを置いておいてあげるからね。
    それを食べて元気を出してね。」  

    美樹原さんはそれを聞くと、嬉しそうに肯きながら、

  美樹原:「何が置いてあるのか、楽しみにしてますね。  ご主人様。」

    と、言ってくれました。

  石原:「期待してね....それじゃあ、ゆっくりお休み。」

  美樹原:「はい。」

    美樹原さんは、そういうと再びベッドに横になりました。
    そして、しばらくもしないうちに、静かな寝息を立てはじめました。

  *    *    *    *

    1時間目の授業が終わるころ、僕は購買に食べ物を買いに行くために、
    ベッドの側の椅子から立ち上がりました。

    だけど....僕は美樹原さんの側を離れることが出来ませんでした。

    さっきの、美樹原さんの質問の、
    「私は質問の対象にならないほど、興味の無い存在ですか?」
    というのが、心に引っかかってしまって...。

    その言葉を言ったときの、美樹原さんの表情が僕の心には切なくて....。

    僕は眠っている美樹原さんの近くによって、起さないように小さな声で呟きました。

  石原:「美樹原さん、僕が貴方に興味が無い訳無いじゃないですか。 
    僕は、ずっと貴方を見ていたんです。 
    藤崎さんの所に毎日のように来ている貴方を。
    貴方の笑顔が大好きで...貴方の写っているスナップ写真も皆に隠れて買いました。
    その写真は、いつも自分の部屋の勉強机の中に大事にしまって有るんですよ。
    そこまで好きな美樹原さんが.....貴方が僕の家に家政婦として来てくれたんです。
    ドアの向こうに貴方を見つけた時の、僕の驚きようがわかりますか?
    ...僕にとって、貴方はとても大切な存在なんです。
    他人に冷たく接する僕の、心の中の唯一のオアシスなんです。
    絶対にクビになんかしません、絶対に....辛い思いなんかさせませんから...
    僕が貴方を守ります。 
    ...大好きだよ、美樹原さん。」

    僕は思いの丈を全て言い切ると、自分の分の昼食を確保するために
    購買に向かうべく保健室を後にしました。
   (美樹原さんには、後で僕のために作ってくれたお弁当を食べてもらうことにします。
     美樹原さんに、購買のパンなんかを食べさせる訳にはいきませんから。
     本当は、素直な今の気持ちのまま、美樹原さんの作ってくれた
     お弁当食べたいんだけどなぁ。)

  *    *    *    *

  美樹原:「ありがとうございます....とても嬉しいです.....石原さん....」

    ....立ち去ったあとの保健室で、美樹原さんが呟いた言葉を僕は知りませんでした。
   

  (続く)