「第1話    僕の家に来たメイドさん」 


      僕の名前は「石原  哲」。

      私立きらめき高校の1年生です。

      性格の特徴は..人と話をするのが好きではないというところです。
      その所為で、「変わった人」と呼ばれることが多いのですが...。

      身体的には中肉中背で、特に目立った特徴もありません。
      顔は....多少ましな部類に入るみたいなのですが、
      僕自身が人と話すことを極端に嫌うので、女の子は寄ってこないようでした。
      まあ、寄ってこられても断るだけなのでその方が都合が良いのですが。
      だからといって、女より男が好き...という事では断じて有りません。

      気になる女の子が1人いて..その人以外は興味が持てないというだけです。

      気になる女の子というのは...隣りのクラスにいる「美樹原 愛」さんです。
      同じクラスの「藤崎 詩織」さんの中学校の時からの親友なんだそうです。

      なぜ気になるのか...好きになったのかは、割愛します。
      他人に話すような類のものではないので....。
      
      彼女は「大人しい」という言葉をそのまま姿にしたような女の子です。
      控えめで、男の人と話したことも無いのでは?と思えるほど純情で...。

      そんな性格の所為なのか、女の子の友人も少ないみたいで、いつも藤崎さんと2人で
      行動しているみたいでした。

      もちろん、僕もこんな性格の為に美樹原さんとは話したことは有りません。



      あと、これはあまり僕の口から言うことでは無いのですが....。

      彼女は少し前に不幸にみまわれました。
      家が火事になり....美樹原さん自身は、奇跡的に軽症ですんだみたいなのですが
      両親とペットが炎にまかれて....。

      今は、親戚のおばさんの家に居候しているらしいのですが、
      あまり歓迎されてはいないみたいで。

      
      別に調べたわけじゃぁ無いですよ。
      藤崎さんと話している内容が...聞こえてきただけです。

      出来ることなら、僕がこの手で守ったげたい...。      


      ...話題を変えます。

      僕の家の家族構成は、新聞記者をやっていて殆ど家に立ち寄らない親父が一人。
      ...だけです。
      母さんは僕が子供のころに火事で...目の前で....。
      親父も母さんも孤児だから、僕には血縁と呼べる人間は親父しかいないんです。
      
      だから、僕は小さい頃から一人で何でもやってきました。
      炊事や洗濯...母さんの行うような仕事を全部やっていました。
      だけど、高校生になってしばらくたった最近、自分のやりたいことが
      漠然とですが見え始めて来ました。
      「見え始めた」というのは家事からの逃げ口上だったのかもしれません。
      「自由な生活がしたい」それが一番強い願いだったのかもしれません。
      
      僕のそんな気持ちの変化を親父は気持ちよく理解してくれました。
      そして、一日でも早く、家事の役目から開放されるように、
      すばやく「家政婦募集」の張り紙を出してくれました。

      すぐに応募があったらしく、親父が家にいるうちに面接などの手続きが
      終わったようでした。
      時間の条件面で多少の希望があったらしく「月曜〜土曜の夕方+日曜の日中」
      という勤務形態だそうです。(なんか中途半端だな...)。

      とりあえず僕は、夕飯の支度と日曜日にやっていた洗濯から開放されるのです。
      
      そして、今日は家政婦さんが初めてやってくる日です。
      どんな家政婦さんがくるのか不安ですが、家事を行うよりはマシだと考えて
      我慢することにしました。

      静かな人が良いな...自分の生活を乱されないような。

      僕の願いはただそれだけでした。

      だけど、その願いはうれしい誤算によって打ち砕かれるのでした。

      *    *    *    *    

      ピンポン      

      玄関の呼び鈴が鳴りました。
      家政婦さんが到着したみたいです。

  石原:「はい。どちらさまですか?」

      マイク越しに問い掛けると、

  家政婦:「ほ...本日より...こ、こ、こちらの家庭で....」

      どこかで聞いたことがあるような、心細い声が返ってきました。
      所々聞き取れる部分を総合して考えると、家政婦さんに間違いはなさそうだったので、
      僕は玄関のドアを開けました。

      ガチャ

  石原:「始めまして、僕がこの家の....!?」

      僕は言葉を最後まで続けることが出来ませんでした。
      目の前に立っていたのは....あの美樹原さんだったのですから。

  石原:「み...美樹原さん!?」

  美樹原:「!?」  

      僕は呆然としてしまいました....。
      そりゃそうです、自分の好きな人がいきなり目の前に現れたんですから。
      僕は赤くなりそうなのを必死に隠しながら、

  石原:「もしかして...美樹原さんが家政婦さん...なの?」

      と、確認の問いかけを投げかけました。
      けれど美樹原さんは極度の緊張状態で、僕の問いかけが聞こえないみたいでした。
      彼女は足元を震わせながら...

  美樹原:「ほ....本当に「石原さん」の家だったなんて....」

      と呟くばかりでした。

      そして僕たちの間に、いくばくかの静寂が流れました。
      僕は...その静寂に耐え切れず、美樹原さんに家の中に
      入るように呼びかけました。

  石原:「えっと..、どうぞ家の中へ....」

      *   *   *   *

      応接間のソファに向かい合わせに座って...静寂の繰り返し。

  石原:「えっと、今日からよろしくお願いします」   

  美樹原:「...よろしくお願いします。」

     ....また、静寂が。

  美樹原:「...今から、お仕事を始めますので、必要な道具の有る場所や、
      家の中を説明して頂けますか?」

      僕は、もっと美樹原さんと話をしたかったのですが、「仕事の邪魔になるかな?」
      と思ったので、静かに肯くと家の説明をはじめました。

      *    *    *    *

      一通り説明を終えて、美樹原さんと応接室に戻ってきました。

  石原:「大きくない家だから、一人で大丈夫だよね?
      使ってない部屋もあるし...そういう部屋はたまにしか掃除をしなくてもいいから。」

  美樹原:「..はい。  わかりました。」

      美樹原さんは聞こえないほどの微かな返事を返した後、
      さらに小さな声でこう付け足しました。

  美樹原:「あ、あの、着替えをしたいのですが...
      どこか...着替えが出来るような場所はありませんか?」

  石原:「着替え...ですか?  空いている部屋を自由に使って下さって結構ですよ。」

      僕は何に着替えるのか理解できませんでしたが、一応そのように言っておきました。
      美樹原さんは軽く会釈すると、荷物を持って応接室から出ていきました。
  
      数分後、着替えを終えた美樹原さんが応接室に戻ってきました。
      その姿を見て、僕は今日2度目の硬直をしてしまいました。

      美樹原さんが着替えてきた洋服は、一般に「メイドさんの服」と呼ばれる服だったのです。

  石原:「あ...あ...あの...」

      僕はあまりの違和感の無さ....もとい、
      あまりの可愛らしさに..ただただ見つめる事しか出来ませんでした。

  美樹原:「あの...恥ずかしいので...あまり見つめないで下さい...」

      真っ赤になった美樹原さんの、振り絞るような声で僕は我に返りました。

  石原:「み、美樹原さん。  その格好は一体?」

  美樹原:「この服ですか?  この服は一番最初に家政婦の仕事で行ったお屋敷で
      頂いたものです。  そこのお屋敷で「仕事をするときには、この服に着替えなさい」と
      言われたので...」
  
  石原:「美樹原さん...、この家はお屋敷じゃないから、着替えなくてもいいんだよ?」

      僕はやさしく言ったつもりだったのですが、美樹原さんは

  美樹原:「え?  .....そうなんですか?  
      てっきり、私は「家政婦」はこういう服を着るものだとばかり....。」      

      と、強いショックを受けているみたいでした。
      悲しそうにうな垂れている美樹原さんを見て、僕は思わず

  石原:「あ、いや、僕の勘違いだったです。 
      そうです、家政婦さんは皆そういう服を着ているんでした。
      僕の記憶間違いです。  ごめんなさい、美樹原さん。」  

      と、言ってしまいました。
      美樹原さんは、僕の言葉を聞いてようやっと顔を上げました。
      
      ふう...なんか自分のペースじゃないなぁ....

      僕は自分のペースを取り戻すために、美樹原さんに仕事をしてもらうことにしました。
      仕事をしてもらっている最中は、少なくとも自分の事だけに
      専念できると思ったからです。      

  石原:「それじゃあ、美樹原さん。  お仕事の方、よろしくお願いします。
      力仕事とか、報告したいことがあったら気にせずに呼んで下さいね。」

  美樹原:「はい、わかりました。  ご主人様。」

      え?  いま何と? 
      ...もしかして聞き違いかな?
      僕が呆然としていると再び
      
  美樹原:「どうかなさいましたか?  ご主人様。」

      ....聞き違いじゃない。  僕がご主人様?!
      僕は、呼び方を訂正させようとしましたが、また落ち込まれても困るので
      呼びたいように呼ばせることにしました。
      だけど...慣れそうに無いです、この呼び名。

  石原:「いえ、何でもないです。
      まずは、家の中の掃除からお願いします。」

  美樹原:「はい、わかりました。  ご主人様。」

      美樹原さんは静かに一礼すると、家の中の説明をしたときに教えた
      掃除用具入れの所に向かっていきました。

      一人になった応接間で、僕はパニックをおこしかけていました。

      家政婦さんは、美樹原さん。
      しかも....メイド姿。
      さらに....僕はご主人様。

      美樹原さん.....僕の好きな美樹原さん。
      僕の机の中の写真と、同じ顔をして笑う美樹原さん。

      今日の夕飯は、美樹原さんの手料理。
      
      家の中に誰もいないのだったら、転げまわって喜ぶのだけれど
      当の美樹原さんが隣の部屋で仕事をはじめているために、それも出来ませんでした。

  石原:「さてと、自分の部屋にでも戻ろっと。
      ここにいても、掃除の邪魔になるだけだろうし。」      

      僕は、応接間を後にすると、自分の部屋へと向かいました。
      
      パタン。

      自分だけのスペースに到着。

      一人きりの自分の部屋で、ようやく落ち着くことが出来ました。

  石原:「美樹原さんが、あんなに近くに.....」

      今の僕には、それしか考えることしかできませんでした。
      
      これは、これで僕にとっての「幸せの形」の一つでした。

   (続く)