「第3話 中学生活 『未知』Part2」  助けた少女の名前は『霧下 未知』、自分と同年齢の少女。  よく喋り、よく笑う。 良くも悪くも年齢通りの少女。  こちらから何かアクションを起こさない限り、延々と意味の無いような話を喋りつづけた。  苦痛だった。  苦痛を感じているのは体ではなく、精神だった。  自分に関係無いことを延々と話されることで、自分の世界が纏まらないのが嫌だった。  数回目の訪問の時に、『もうこなくていいから』と言った。  驚いていたみたいだった。  未知:「え.....でも、私の為に事故に遭ってしまったわけだし、入院してる間は      何かと大変だし、退屈ですよね? だから....」  自分:「大変でも退屈でも無いから、もう来なくて良い」  未知:「でも、私を庇った所為で...」  自分:「勝手に轢かれたんだ、気にするな」  未知:「そういうわけにはいきません...」    以外と強情だった。  未知:「なんで、『来なくて良い』って言うのですか?」  理由を聞くまで引くつもりは無いようだった。  自分:「理由?  邪魔だから。」  はっきりと言った。  未知:「私が近くで喋っていることが?」  自分:「そう」  未知:「じゃあ、喋らないから、お見舞いに来ても良いですよね?」  予想しなかった発言だった。  未知はこちらの動きが止まったのを見て、  未知:「じゃあ、今度から一言も喋りませんから。  また明日来ますねー。」  おおよそ病院には似つかない軽いステップで、未知は病室を後にした。  翌日も未知は来た  そしてベッドの横の椅子に座り、数時間後に約束通り一言も喋らずに帰っていった。    その翌日も、そのまた翌日も。  そしてその次の日に未知が来た時、彼女の頬は赤く腫れていた。  その日も、いつも通りにベッドの横の椅子に座った。  しかし、いつものような沈黙にはならなかった...未知のすすり泣きによって。  自分:「ほっぺた、どうした」  未知は、話し掛けられたことに驚いたようにこっちを見た。  未知:「静かにしてなくて....いいの?」  自分:「こっちから話し掛けているから、それは気にしなくて良い」  その言葉に安心したのか、彼女はポツリポツリと、いつもの元気の良さを感じさせない声で  喋り始めた。  父親、母親がともに医者だということ。  一人娘である自分は、過度の期待をかけられているということ。  勉強が嫌いだということ。  そして、塾の夏季講習をサボって見舞いに来ていたのがバレて頬を叩かれたということ。  自分:「サボって来てたのか」  未知:「......うん」  一つ深呼吸をしてから、未知に向かってこう言った。  自分:「こことオイラは逃げ場所じゃない、2度と来るな。」  未知:「お父さんと同じこと言うんだね...」  未知が何を言ったのか判らなかった。  未知:「お父さんも『あの人は逃げ場所作るために轢かれたんじゃない』って....」  石原:「その通り」    未知は悲しそうにこちらを見た。  未知:「どうしてそういう発想しかできないの?」  再び涙が浮かんできた目...本当に悲しんでいるのがわかる。  未知:「私の為に酷い怪我したんだよ? 死ぬかもしれなかったんだよ?      病屋内の事だってまだ満足に行えないでしょ?      お見舞いだってみんながみんな毎日来てくれるわけじゃないでしょ?      ....心配なの、すごく心配なの。      すごく心配だから、毎日来て様子を見てるのに、なんで『逃げ』って言われなきゃ      いけないの?      勉強が大事なのはよくわかるけど、大事にも順番があるでしょ?      今の大事は私の為に怪我をした石原さんの方が上なの。」    一気にまくし立てられた...いままで話せなかった何かを晴らすように。  心配しててくれたのか....。  『退屈だろう』と思うから用も無いのにずっとこちらに話し掛けてたし、  『大変だろう』と思うから塾をサボってでも横に居てくれたのか...。  自分:「..ありがとうな、だけど本当に気にしなくても良いんだ。      不便も感じていないし、退屈だとも思っていない。      これが正直なところだよ、だから勉強のほうに専念してくれ。」    未知のほうに向かってそう言った。    未知:「..........鈍感。」  未知は小さくそう言うと、病室を後にした。  そして、その次の日も未知は来た。  自分:「今日も来たのか?」  ため息混じりに聞いてみた。    未知:「....鈍感」  未知もため息混じりにそういった。  自分:「....昨日もそう言ってたな」  未知:「気がついてたの?  なら、なおさら鈍感よね。」  自分:「オイラのどこが鈍感だって?」    未知の顔が少し険しくなった。  未知:「少しくらいは考えなさいよ」  自分:「考えた所で判りはしない、なんでだ?」  未知はイラついて叫んだ。  未知:「なんで断られても断られてもお見舞いに来てると思ってるの!      好きだからに決まってるでしょ!!」  自分:「誰が?」  未知:「私が!!」  自分:「誰を?」  未知:「あなたを!!」  かなり驚いた。 けれど、頭は以外と冷静だった。    自分:「事故から助けたからといって、白馬の王子様でも何でも無いぞ、オイラは。」  未知:「判ってるわよ、そのくらい!!」  未知が興奮しているのがよくわかった。  この調子では何を話しても意味が無いだろう。  自分:「ちょっとまて、5分インターバルをとる...      トイレに行って来るまでちょっと待て」  未知:「一人で行ける?」  思わず笑いがこみ上げそうになったが堪えた。  この状態でも人の心配が出来るほどの思考回路とは...。  自分:「大丈夫だ、ちょっと待ってろ」  きっちり5分後。  自分:「ん、戻った。」  未知の顔には冷静さが戻っていた、作戦通りだ。    未知は、ベッドに戻ったのを確認するとこう言った。  未知:「今さっきのは無かったと言う事で、仕切りなおしをします。」  自分:「仕切りなおし?」  未知:「いいから静かに聞いてください。」  自分:「ん、わかった。」  未知は、オイラが了解するとスパット言いきった。  未知:「私は、哲さんのことが好きです」  自分:「その件はわかった。      けれど必要以上に近寄るな...邪魔だ」  未知:「うん、『必要以上』には近づきませんから」  その言葉に何か嫌な感じを受けた為に、真意を聞き返そうとする前に、  未知は『じゃーねー』と病室を飛び出していってしまった。  開けっぱなしのドアを見ながら、思っていた。  ヒトから『好きだ』と言われたのは初めてだ.....  次回「第4話 中学生活 『未知』Part3」