憬文堂
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● ライナーノート ●

う き 波

初出:2000年12月18日〜2003年1月29日連載 『憬文堂』




 『うき波』は、ゲーム『遙かなる時空の中で』のシナリオで、橘友雅・急展開恋愛イベ
 ントでの彼の最後のセリフ「忘れてくれるね」に対する私の解釈を、とことん追求した
 物語です。

  私はゲームの一番最初のプレイのエンディングが友雅さんとの通常恋愛で、2回目の
 プレイが、この急展開でした。
  攻略情報も、まだほとんどなく、かなり真剣に入れ込んでシナリオを進めていた真っ
 最中、私は「忘れてくれるね」と言われた、その翌日の朝、友雅さん本人に鷹通さんを
 追いかけるように促され、自分は恋に失敗してしまったのかと大変ショックを受けまし
 た。リセットしてやり直せば、たとえ死んでも生き返ることができるゲームの世界で、
 あれほど動揺し、うろたえたのは初めてです。
  ゲームを遊んだ方はご存知の通り、そんなことがあってもゲームのエンディングでは
 無事に友雅さんとハッピーエンドを迎えることができますが、私はこの時のショックを
 延々と引きずり続け、友雅さんがどうして、あの場面で「忘れてくれるね」と言うのか、
 随分と考えました。
  恋心を告げておきながら、それを忘れろと言うなら、本当に忘れてしまったら、彼は
 どうするのだろう。そんな単純な思いつきで、この話を書き始めました。
  それから何度も友雅さんの急展開恋愛をリプレイしましたが、たとえ翌日に何事も無
 かったとしても、あの言葉はやはり胸に堪えますね。一方的に別れを確信しているよう
 に聞こえるからでしょうか。
  実際には最後の戦いが決着を見るまでに友雅さんは思い直してくれるようなのですが、
 どういう形で彼の心が動いていくのか私は知りたかったのです。
  書いてみて初めて見えてくることが、たくさんありました。読んでくださった方に、
 うまくそれが伝わっているといいのですが。

  この話を、誰かに読んで欲しくて、ホームページを作る決心をしました。
  長い連載になるかもしれない長編小説を、どちらかへの寄稿で発表していくことは、
 ご迷惑をかける可能性が高いし、無理だろうと思ったからです。
  また、当時、小説をインターネット上でhtmlの画面で公開する場合のレイアウトや、
 文章表記、改行問題、等の見せ方にも、個人的に色々と思うところがありました。それ
 は自分で作らないと実現できないだろうと考えたのです。

  本当は小説を最後まで全部書き上げてから発表するのが理想的だとわかっていました
 が、私は急いでいました。
  その理由のひとつに、この話が、あまりにもありがちな記憶喪失ネタであるというこ
 とが上げられます。
  二次創作によくあるベタネタ・ランキングなんてやったら1位2位を争うこと間違い
 なしの記憶喪失ものは、遅かれ早かれ絶対に誰もが一度は書くだろうということが目に
 見えています。どこかで読んだのと同じだ、なんてことになったら書く意味がありませ
 ん。私は、とにかく原作ゲームが好きなので、あのゲーム・シナリオにはまるキャラク
 ターの印象を大事にした私の考える記憶喪失ものを誰より早く書きたかったのです。
  しかし、ここまで完結に時間がかかってしまっては、早いも何もないだろうと、今と
 なっては思いますが、それは偏に私の力不足です。

  ただ、『うき波』の仕掛けで、これだけは「やった!」と思うことがあります。
  自分でホームページを作り、何よりこの物語で、どうしてもやりたかった演出があり
 ました。イントロページで、真っ黒な画面に友雅さんのあのセリフだけが白くぽつんと
 あるという1ページ目です。
  あれはネット公開小説ならではの映画っぽい演出で、簡単だけれど見た人に言葉を強
 く印象づけることができるだろうと考えていました。けれど、ああいう技は“これ”と
 いう1回だけしか使えません。どこかで先に試みる方がいらしたら、もうできません。
  幸い私の見てまわっていた限り、どなたもあのような見せ方には興味がなかったよう
 で、何とか20世紀の終わりに『うき波』の初回を、あのページで始めることができま
 した。私自身、この演出は、もう二度と使わないと思います。

  それにしても、連載を始めてから2年以上ものろのろと書いていくことなろうとは!
  最初に物語のアウトラインを作り始めた時から、最後は決まっていました。二人の最
 後のやりとりは、ほぼ、構想メモの頃、書いた時のままです。所々、書きたいシーンの
 下書きメモがあるだけで書き溜めはほとんどせず連載を始めてしまいましたが、最後は
 できているし、設計図に近いメモもある。後はゲームの流れに当てはめて書いていけば
 いいのだから、それほど迷わず話を展開することができるだろうと思っていました。
  ……それが甘かった。

  魅力的なキャラクターが多い『遙か』ですから、やはり他の八葉たちにも、それ相応
 に活躍してもらわないと、らしくありません。
  泰明さんと頼久さんの物語中での比重は、ほぼ私の予定通りでしたが、私の書く話で、
 詩紋君が要所要所で出てくるのは、『うき波』を書き出してからの傾向です。
  詩紋君は本当によく「見て」いる男の子なのですね。ゲーム中では、どうしても恋愛
 指数が低い彼ですが、脇役として物語に出すと、とても書きやすいなと思いました。
  泰明さんは、陰陽師なので、話を進める時、ついつい頼ってしまい、うっかりすると
 便利な何でもできる魔法使いみたいになってしまうので、その辺りのバランスが難しい
 ですね。陰陽道から外れているようなこともさせてしまっていますが、これはゲームや
 コミックスでもご同様なので、どうか見逃してやってください。なるべく、らしさを出
 しつつ書いているつもりですが、フィクションですから気にせず楽しんでいただけたら
 いいなと思っています。
  アクラムを、きっちり格好いい敵役に書くことに挑戦したのも楽しかったです。
  ゲーム中では、何と言いますか、かつて変身ヒーロー物でよく見た“世界征服を企ん
 でいるはずなのに、なぜか幼稚園バスを襲うように部下に命令する悪の組織のボスキャ
 ラ”みたいなトホホさが無きにしもあらずに感じていたので、思わずくらっとくるよう
 なダークな格好よさを、私なりに頑張って書いてみたつもりです。

  白状しますと実は『うき波』の当初の進行予定では、白虎との戦いで、あかねちゃん
 が友雅さんをかばって傷つき倒れた時に記憶を取り戻して終わる……はずでした。
  でも書いてみたら、それでは駄目でした。それくらいでは、あかねちゃんは思い出す
 ことができなかったのです。
  途中でがくんと連載のペースが落ちたのは、ここで突き当たった壁を乗り越えるため
 に、物語後半を大幅にボリュームアップさせたせいでした。
  でも気がついてよかった。結果的に本当に自分が納得行くまで書くことができました。
  結局、私は序章で蘭をああいう形で出していたくせに、自分でその意味がわかってい
 なかったみたいです。あかねちゃんが思い出せないのは当然ですね。
  遙かのキャラクターは、本当に皆それぞれに生きているなあと改めて思いましたし、
 ゲームのシナリオも、全く不満がないわけではありませんが、本当に良くできているな
 と感心しました。
  作り変えた後半を、引き、また引きで『つづく』とやって「次回はどうなるの?!」
 という展開にするのは、連載ならではの喜びで、この上なく楽しかったです。
  不安と期待が常に交錯していましたが、連載時、リアルタイムで声をかけてくださっ
 た方の言葉は、とても励みになりました。
  何もかも、公開して読んでいただかなければ味わえない喜びでした。
  本当にありがとうございました。
  このノロマな連載ぶりを見捨てずにおつき合いくださって、感謝の気持ちでいっぱい
 です。
  ようやく完結しましたけれど「完結したから読む」という方もいらっしゃるかもしれ
 ないですね。もし、いらしたら、ぜひ一気に通して読んだご意見ご感想も伺ってみたい
 です。「通して読んでみたけど今いちだった」でも構いませんので。


  ゲームにはめ込めるように書いたので、ことさら平安事情を新しく強調したエピソー
 ドはないと思いますが、友雅さんが詠んでいるいくつかの歌について、ここでお話して
 おきますね。

  まず最初に【四】で出てくるこの歌。

  ──恋ふれども逢ふ夜のなきは忘れ草夢路にさへや生ひしげるらむ──

 (恋い慕っているのだが夜の夢でさえ逢うことができない。現実にはもちろんだが、
  夢路にまでも忘れ草が茂ってしまい、あの人が私のことを忘れたからなのだろう)

  これは、古今和歌集にある、よみ人知らずの歌です。
  忘れられて自分でも驚くくらいショックを受けていて、ふっと知っている切ない歌が
 口をついて出る友雅さん、というところでしょうか。

 
  それから【拾伍】で出てくるのはこちら。

  ──住の江の岸に生ひたる忘れ草枯れもやすると寄するうき波──

 (住の江の岸に生えている忘れ草が枯れもするだろうか。岸に寄せるうき波で)

  こちらは、古今集の源宗宇の「忘れ草枯れもやするとつれもなき人の心に霜は置かな
 む」とか、拾遺集の「住吉の岸に生ひたる忘れ草……」や、古今六帖の「住の江に生ふ
 とぞ聞きし忘れ草……」などを寄せ集めて私がアレンジした、いつものつぎはぎ短歌で
 す。『うき波』を入れたかったので、少し無理をしています。


  【拾九】で、あかねちゃんに向かって詠みかけて、【廿壱】で火に囲まれた時も、部
 分的につぶやいているのは、この歌です。

  ──年経つる苫屋も荒れてうき波のかへるかたにや身をたぐへまし──

 (あなたの去られた後は長年住みなれたこの苫屋も荒れ果ててゆくばかり。
  波が帰る方角、あなたの帰る後を追い、いっそ身を投げてしまおうか)

  ご存知、名作『源氏物語』の『明石』からの引用です。でも、ここでは『源氏』の中
 にある歌というよりは、友雅さんがその場で詠んでいるというつもりで書きました。
  海に身を投げるというよりは身を添わす(お伴したい)という意味に捉える解釈もあ
 ります。気分で、どちらにも解釈できるのが和歌の面白いところです。
  私の想像する『遙か』ワールドでは、まだ『源氏物語』は書かれている最中で、とこ
 ろどころ出回って話題になっているでしょうけれど、まだ、何でもかんでも『源氏』を
 お手本に引っ張ってくる時代ではないと解釈しています。
  なので、これは余談になりますが、私は創作の中で源氏の君を友雅さんになぞらえる
 表現はしません。友雅さんは光君というよりも、在原業平のイメージかなと思います。


  すべてが『うき波』というタイトルに象徴されています。
 『うき波』の「うき」は「浮き」であり「憂き」です。
  ただ、海の表面は波があって時に荒れることがあっても、波の下、海の奥の奥底は静
 かで穏やかに落ち着いていますよね。その穏やかな海の底にも海流によって何処かへ流
 れていく動きもあります。
  表面だけににとらわれず、海の底に似た心の底にある何か大事な物を、二人がそれぞ
 れお互いの中に見つけ出す話になっていたらいいなと思います。

 『うき波』を書き始めたのは2000年の秋でした。
  まさか『遙か2』の地の白虎が伊予の海賊になるとは想像もしなかった頃です。
  勝手な思いこみなのですが、不思議な縁というか、運命のようなものを感じずにはい
 られません。どこかで未来につながっていくようで嬉しかったです。

  ただひとつ、ゲームを未体験の方が読んでくださった場合、小説としてどうだろうか
 という課題は残るのですが、それは私が今後書いていくだろう別の物語で、また新たに
 綴って行きたいと思います。
  私にとって書きたい物語は、人と人との関わり合いと同じで、常に何らかの形でつな
 がり、広がっていくものなのです。








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