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ふた声と聞かでややまむほとゝぎす待つに寝ぬ夜の数はつもりて
藤原道経





「友雅殿! 庭先の茂みでお一人で、どうなさいましたか」


「おや頼久、お帰りかい」


「私は本日出かけてなどおりません。それよりご返答いただきたい。

この土御門殿において、客分と言えど許しなく神子殿の対へ近づく者は

払うこととされております」


「たとえ八葉であっても?」


「ご承知の通りです。夜更けに忍んできた狼藉者扱いされても良いので

すか?」


「何も別に無体を働こうというわけではないから安心するといい。先ほど

ようやく聞きつけた一声が忘れられなくてね。二声目も何としても聞き逃

したくなくて、ここにそっと留まっていただけだよ」


「……ほととぎすの話でもありますまいに」


「待って待って眠れずに過ごした夜の数を思えば、これしきのこと何でも

ないさ。ああ、日頃、神子殿の宿直までしている頼久ならば私の気持ちも

わかるかと思ったのに」


「私の勤めは神子殿をお守りすることで、お声を聞くために侍ることでは

ありません」


「それでも、何とはなしに漏れ聞く声に募らせる思いがあるだろう?」


「――ございません」


「嘘だね」


「友雅殿」




「頼久さん? 友雅さんも! こんな遅くにお庭で相談ごとですか? 

何かあったんですか?」


「これはこれはお隠れになっていた月の姫のお出ましだね。いや今宵、

月は天に輝いているから私たちの夜啼鳥だ」


「え? その……友雅さんの言ってること、私よくわからないんです

けど……」


「ただ時鳥を待っていたんだよ」


「はぁ……鳥のお話ですか?」


「良ければ、もっと聞かせていただきたいね。神子殿の可愛らしい

さえずりこそが、私たち八葉のなぐさめなのだから。ねえ頼久も、

そう思うだろう?」



 こうして訪れた夏の夜のささやきは、しばし彼らを憩わせるのだった。






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