藤姫への文につける花を選ぶ。
彼女はあかねと友雅の住む屋敷の庭に咲く花が見たいと言ってきたのだ。
「おや、あかね。今朝、せっかく咲いたなでしこを摘んでしまうの?」
「ちょうどよく咲いたお文につけられる花が、これだけなんです」
「君がここへ来てくれてから、ふたりで育てた常夏なのに」
「でも、まだつぼみはあるし、これからも咲きますよね?
それより花も何もつけないお文を出して、私が友雅さんの恥になったら
困るでしょ?」
「君が私の恥になんてなるはずないじゃないか。この花は、夏に君を迎えた
時から塵ひとつ積もらせないようにしてきただろう。たとえ主上にだって
差し上げられない気分だよ」
「友雅さん、そんなこと言っちゃ……」
「君との大事な寝床と同じ名の『とこなつ』だもの。一輪だってよそに
やるのは惜しいのが本音だね」
「とこって……そういう意味ですか」
「まして君に土御門の館へ戻って欲しがっておいでの藤姫のご所望では、
差し上げられないな。いいから橘の枝でもつけておくといい」
「葉っぱだけになっちゃいますよ」
「いいじゃないか。それだけで君が私のもとで葉をしげらせていると、
わかっていただけるよ」
友雅は微笑んであかねを抱き寄せると、足元の撫子を愛でる緑の木陰に
たたずんだ。
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