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けさ来鳴きいまだ旅なる郭公花橘に宿はからなむ
よみ人知らず





「うわぁ……きれいなお庭! さすが友雅さんのおうちですね。立派な木が

たくさんあって深い山にいるみたいです。あそこに見えるの滝ですよね。

すごーい!」


「なんの神子殿が見慣れている土御門殿の庭に比べれば、お目にかけるのも

恥ずかしい限りだよ」


「そんなことありません! 藤姫が私のために用意してくれてるお庭は、

もちろんとても素敵ですけど、美しさの種類が違うでしょ? あそこはその

時々のお花がいつも咲いてて、ぱぁっと華やかでうっとりしますけど、この

お庭の、何て言うのかな……すっきりした深呼吸したくなるような清々しい

美しさって、どっちがいいかなんて、とっても比べられないと思います。

……うまく言えないんですけど」


「いや、よくわかるよ。お褒めにあずかり光栄だ」


「私こそ、今日、おうちに寄らせていただいて、ありがとうございました。

今まで外出って言えば、八葉のみんなとお寺とか神社とか、あとはその土地

の穢れを浄めたりってことばかりで、それはもちろん龍神の神子として役に

立てているから嬉しいんですけど、こうして別のお屋敷にご招待されるって

ドキドキして、なんだか特別な気分って言うか……、それが左近衛府少将の

友雅さんのおうちっていうのもあるんですけど、私は京に来てから、まだ

そんなにたっているわけじゃないから慣れてないし、だから」


「ねえ、神子殿。そうにぎやかに、さえずり続けていては、のどが乾いて

枯れてしまわないかい?」


「え、平気ですよ。私、きょう友雅さんのおうちにおじゃまするのを、昨日

からとても楽しみにしてたんです。今朝なんていつもより早起きしちゃって、

天真くんに、うかれ過ぎだって言われちゃったんですけど、でも無理ないと

思いませんか? 今までは私のところにみんなが来てくれるのばっかりで、

私が京のみんなのところへ出かけていくって初めてだし……、ああっ、誤解

しないでくださいね。それが不満ってわけじゃないんですよ。そんなこと

言ったらバチが当たっちゃいます。藤姫はかわいくて大好きだし、すごく

よくしてくれて、本当に助かっていて、あんなに頼りにされたら私も龍神の

神子として頑張らなくちゃって、ずっと──」


「神子殿」


「はい、なんですか? 友雅さん」


「神子殿にとって、ここは終の棲家ではなく旅先の仮の宿だ。落ち着かない

のは無理もないけれどね」


「……!」


「君はまるで、今朝初めて来てくれたほととぎすのようだよ。静かな宿が

欲しいのなら、私の庭の花橘を借りてくれないものだろうか。いつまでも

聞いていたいからね」


 微笑む友雅に、あかねは頬を染めて押し黙る。

 庭の白い橘の花が、ほととぎすのさえずりにゆれて薫る季節のことだった。






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