「ああ、雲居に隠れていた月の姫が、ようやくお出ましだ」
「誰かと思ったら友雅さん……こんな夜更けに、どうしたんですか?」
寝間の先の廂についた妻戸を小さくこんこんと叩く音が気になって、
出てみれば月光の下に友雅がいた。
「夏の短夜の儚さを月の姫たる君と語り合うのも一興かと思ってね」
「……私は月の姫じゃないですよ。何かのはずみで龍神の神子に抜擢
された、ただの女の子だし、友雅さんはその神子に力を貸してくれる
八葉だけど、本当は帝にも会える身分の高いえらい人なんでしょう?
だったらもう私をからかって遊ぶのは、やめませんか?」
「まあ、そう言わずと、せめてこちらの簀の子まで出ておいで。今宵
は月がことのほか美しい。池に映る月影すら、こんなに輝かしくて」
「友雅さんって昼間より夜の方が生き生きしてますね」
「フフ、そうかな。夜の帳は姿をあからさまにしない分、人の思いが
伝わりやすいものだからね」
あかねは首を傾げつつ、友雅の導く簀の子まで足を進めた。
「……わぁ、本当にきれい。……満月ですね」
「だろう?」
我が意を得たりと微笑む友雅こそ、この世ならぬ美しさで、あかね
は息を呑む。
「美しい月も、この短夜の、ほんの一時しか、愛でることが叶わない。
いっそ心憎いほどだ。……やはり君と同じだね。すぐに西入る夏の月
だよ、君は。ねえ神子殿」
「ええっ? 月は友雅さんの方でしょう。ここの女房さん達に『月読
の君』って呼ばれてるの、私、聞きましたもん」
「何も知らぬ者の言い分など。むしろ、そう……私は月を映す水だな。
輝く月を前にして、この水に宿した影だけでも留めておきたいと切に
願うよ。──君という夏の月と、二度とまみえることが叶わなくなった
その後も……ね」
|