憬文堂
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◆  何かに追われていた時、伏見稲荷で、私の白雪が告白の練習をしているようだね……  ◆

告  白
仲秋 憬 





 その日、気力も充実していて、あかねは朝から張り切っていた。

 怨霊の封印も覚え、ようやく慣れてきた龍神の神子としてのつとめも、なんだ

かとても上手くいきそうだ。京のためだけ、自分のためだけと言うのではない。

 運命とでも呼ぶしかないような大きな流れの中で、ただの女子高生だった元宮

あかねにも、できることがあるのだというささやかな自信が芽生えてきて、それ

が嬉しいのだ。

 それは京へやってきて出会えた、あの人を守ることにもつながるから……。


 今日は地の朱雀である流山詩紋についてきてもらい、伏見稲荷で力の具現化を

こころみて、いくらかの札を手に入れた。やはり調子がいい。

 伏見稲荷の山道に赤い鳥居がたくさん並び立つ様子は、京の町並みと違い、現

代の伏見稲荷とあまり変わらない気がする。そんなことも、あかねの緊張感を取

り除いてくれているのかもしれない。

「詩紋くん、私ちょっと鳥居くぐって先まで行ってくるね!」

「ボクも一緒に行くよ」

 当然ながら詩紋は、あかねにそう声をかけてきたが、あかねは首を振った。

「ごめんね、少しだけ一人で行きたいの。ダメかな?」

 こういうことをお願いして、言うことを聞いてくれるのは、八葉の中でも詩紋

しかいない。他の八葉たちは皆、危ないからいけないと、絶対にあかねを一人に

はしてくれないだろう。しかし詩紋は元々あかねの後輩であり、あかねの気持ち

を極力くんでくれようとする。

 あかねが強く主張すれば、最後は折れてくれるはず。

 だからあかねは、今日、詩紋に同行を願ったのだ。

「え……でも、大丈夫? 危なくないかな……」

「怨霊は封印して、力の具現化もできたじゃない! 平気平気!」

「……じゃあ何かあったらボクを呼んでね。すぐにわかるから」

「ありがとう! 詩紋くん」


 思った通り、一人になることを許されたあかねは、軽い足取りで鳥居をくぐり

ながら、山道を登った。

 なるべくあまり参拝客が上がってこない頂上に近いところまで行きたかった。

 ひとつひとつの鳥居の間隔が、すこし空いてくるあたり、木々も少なく、視界

の開ける頂上近くへ登ってきて、ようやくあかねは足をとめた。

 周囲に人はいない。

 雲雀のさえずりと風が緑の梢を鳴らす音が聞こえるくらいだ。

「このくらいなら、いいかな……」

 あかねは大きく深呼吸した。

 数ある鳥居のうち、背の高い人と同じほどの比較的小ぶりな鳥居に手を触れて、

見上げる。そこに誰かがいるかのように。


「好きです──あなたが、大好き」


 それは決して大きな声ではなかったけれど、確かに恋の告白だった。

 本人に直接、言える日が来るだろうか。

 やはりそれは無理だろうか。

 龍神の神子として、鬼と戦って、四神を解放して、京を救えたら。

 そうしたら、やっぱり自分の世界に帰りたいのは確かだ。けれどあかねの帰還

は、初めて好きになった人との別れを意味する。

 どうせ片思いだし、それはあきらめるしかないだろう。

 だからせめて気持ちを伝えることを許してほしい。

 たぶん、女性に好かれることに慣れっこなあの人は、あかねが告白をしても、

あからさまに迷惑な顔はしないだろう。嬉しいよと微笑みさえしてくれそうだ。

 ただ、それは本気じゃないからで──。


 自分が本当はどうしたいのかわからなくなって、あかねはぎゅっと目をつぶり

首を横に振る。


「……好きなんです……本当に……」


 ためらいがちに密やかに。

 告げられる日は来ないかもしれないけれど、こうして口に出してみるとあかね

は安心できた。




「たった一人で願掛けかい? 神子殿」

 ふいに背中から声をかけられ、あかねは飛び上がった。

 絶対に聞くはずのない声を聞いてしまった。

「友雅さんっ!!」

 心臓が止まりそうなほど驚き、あかねは振り向いた途端思わず後ずさりして鳥

居に背中を思い切りぶつけてしまった。

「ああ、あぶないよ。すまないね、驚かせてしまったかな」

 あかねの目の前に現れたのは、左近衛府少将にして地の白虎、橘友雅だった。

「と…友雅さん……ななな何で、ここに……」

「朝、藤姫の館にお迎えに上がってみれば、こんなに早くから詩紋と伏見稲荷に

出かけたと聞いたからね。上手くすれば追いつくのじゃないかと思ったのだけれ

ど……」

 普通いつもなら、お供をしてもらう八葉をあかねが選び出かけてしまえば、他

の八葉はお役御免で、追いかけたりはしない。それぞれ自分の仕事に戻るとか、

とにかく八葉としてあかねにつきあう必要はないのだ。

 友雅の行動は、彼にしては唐突で、雅な殿上人でもある友雅らしくない振る舞

いであった。

 それより何より、あかねは、ただもう彼が、さっきの告白を聞いていたのじゃ

ないかと気が気でなくなった。

「あの……あの……友雅さん、今、来たの?」

「ああ、そうだね」

「えっと……その……聞いてました?」

「何をだい?」

 微笑んで尋ねられ、あかねは答えに詰まる。

 これは聞かれなかったと思っていいだろうか。──あかねの告白の練習は……。

「聞いてないならいいんです。ちょっと気分転換に大声出してたから……恥ずか

しくて」

「そんなことを恥ずかしがらなくてもいいのに。神子殿はよくやっているよ。

いつも言っているだろう? 肩の力を抜いて、たまには息抜きしたらいい。ひと

りで大きな声を出すのもいいかもしれないね」

「そっそうですよね! うん、でも、もう大丈夫です。詩紋くんに会いませんで

した? 早く一緒に帰りましょう!!」

 あかねは早くこの気恥ずかしくていたたまれない状況から一刻も早く逃げ出し

たかった。まさか友雅がこの場に現れるなどと、間が悪すぎる。

「せっかく二人きりなのに、つれない神子殿だ。……いいよ、では詩紋の待つふ

もとまでは、君の隣でお供をさせていただくからね」

「……ありがとうございます、友雅さん」


 自分の顔が必要以上に赤くなっていて、友雅がが不思議に思わないか、あかね

は気が気でなかったので自分が先頭に立ち、どんどん鳥居をくぐって登ってきた

道を下り始めた。

「そんなに急がなくてもいいだろう。足下に気をつけておくれ。私は年寄りだか

ら神子殿のように早く歩けないのだよ」

「友雅さんったら嘘ばっかり!」

 彼が優雅に遊んでばかりいるようでいて、実は有能な武官であると、あかねは

もう知っている。

「本当につれない人だ。君とふたりきりの道行を少しでも引き延ばしたい男心を

わかってくださらないのだね、姫君」

「知りません! 詩紋くん待ってるもの」

 あかねは、まだ恥ずかしさがかっていて、必要以上に早足になっていた。

 友雅の足音をすぐ後ろに感じながら、あかねは先を急ぐ。

 彼が時折背中からかけてくる、その声が心地よい。ずっとこうして歩いている

のもいいような気がしてきた。しかし詩紋の待つふもとは、もうすぐだ。

 どうせ追いかけてくるなら詩紋くんと来てくれれば、きっとすぐわかったのに。

 詩紋ならば、あかねを驚かすように背後からいきなり声をかけたりはしない。


 けれど、あかねが好きなのは──。


「神子殿の願掛けを邪魔はしないよ。私にも人に言えない願いのひとつくらいあ

るのだから」

 そう言われて、思わずあかねは立ち止まり、後ろを振り返えって彼を見た。

 友雅はいつになく真面目な顔をしていた。からかうような色はどこにもなく、

動かし難い何かを秘めている。

 そんな彼の表情を見ることは、そうあるものではない。

「友雅さん……?」

「やっとこちらを見てくれた」

 友雅が笑った。

「ゆっくり行こう。時が満ちるまで……ね」

 今度は肩を並べて、ゆるゆると。

 友雅が差し出す手に素直につかまって、あかねは伏見稲荷を後にした。







                【 終 】





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