憬文堂
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花 形 見
仲秋 憬 





  翌朝、夜明けと共に起き出したあかねは、昨日ここへやってきた時と同様の動きやす

 い旅装束の身軽な形で、狩衣の友雅と連れ立って、件の巫女の噂をたずねて里へ下りた。

  山の朝日にかすむ若葉と花は言うに言われぬ美しさで目を奪われそうになるが、あか

 ねの心は蘭の居所を探すことでいっぱいで、ただ前を見て道を急いだ。友雅はそんなあ

 かねの後ろを守るようにしてついていった。



  ふもとの井戸に水汲みに来ている女達に出くわすと、あかねは友雅に少し離れたとこ

 ろで待っていてほしいと頼んでから、井戸へ近づき、声をかけてみた。

  微笑んで朝の挨拶をすると、気のいい里の女達は、あかねを遠ざけるようなことはし

 なかった。

  託宣の巫女について何か知らないかと聞くと、あかねの母親よりも歳のいった中年の

 女が、ふいに思い当たった顔をして答えた。

 「ああ、そりゃ年が明けた頃からお山にいるらしい、さしあての巫女のことかね」

 「さしあて?」

  あかねが首を傾げる。

 「お告げや占いが、ぼんやりとしたものじゃなくて、はっきり指して言い当てるんだっ

 てさ。それで、そんな風に呼んでるんだよ」

 「おばさん、その巫女さんに占ってもらったんですか?」

 「あたしゃ頼んじゃいないけど、里に下りてきた時に見かけたことはあるよ。よく人が

 集まっていたからね」

 「里へ来ることがあるんですか? その巫女さんは一人なの?」

 「なんだい、あんた、お告げが欲しいのかい? 見かけ始めた頃は毎日ってわけじゃな

 いけど、いつも一人で、ちょいちょい来ていたよ。最初は、あやしんでさ。だってよそ

 者だろう。ただ、誰彼かまわずくれるお告げが当たるって言うんで、逆に人がたずねて

 探すようになった頃には、めったに下りてこなくなったね」

 「そうそう、私も見たわ。何か入りようがなければ来なかったんじゃないかしら。お礼

 は食べ物が多かったみたい……。ただ量は、いつもずいぶんもらってたはずよ。だから

 養ってる家族がいるのかもしれないわ」

  まだ若いやさしげな娘も教えてくれた。

 「その巫女さん、どんな感じの人ですか? 女の人ですよね」

 「どんなって……」

 「美人だとか、髪が長いとか」

 「……ああ、いつも深く被衣に市女笠をかぶって顔を隠していたからねえ」

  指でひたいをこすっても思い出せないのか、中年の女は難しそうな顔をした。

 「髪の長さと言ったって、まだ幼い子の振り分け髪や尼姿でもない限り、長いに決まっ

 ているさ。……おや、あんたは若い娘にしては短いね」

  女はあかねの髪に目を留めた。

 「よしなさいな……訳ありなんでしょう」

  悪気なくおしゃべりな女を、そっと脇からいさめる娘に、あかねは恐縮して首を振る

 と、質問を変えた。

 「じゃあ背格好はどんなでしたか? ……私くらいの年頃の女の子じゃありませんでし

 たか?」

 「そうだね、華奢な娘らしかったっけ。そう歳がいった風じゃなかった。あんたくらい

 かもしれないね」

 「おいらは占ってもらったぞ!」

  少し離れたところで、鶏を追って遊んでいた男の子が声を上げた。

 「ほんと? どんなだった?」

  あかねが振り向いてたずねると、少年はたたっと駆け寄ってきて、あかねを見上げて

 得意そうに話した。

 「うちのいなくなった牛のさぁ、居所を当ててくれたんだ。吉野川の川原向こうで水飲

 んで寝てるだろうって、すぐに言い当ててさ。父ちゃん、礼に米やったな」

 「そう……。ねえ、その巫女さんに会いに行けるかな」

 「こっちに降りてきた時、頼んだからなぁ」

 「じゃ帰る時はどっちに帰っていったか、わからない?」

 「山のどっかだろ。宿へ送っていったって話も聞かないぞ」

 「山……か……」

  あかねは目を細めて吉野の山を見た。

  託宣の巫女が蘭だという証しは何もない。

  本当に蘭は、ここにいるのだろうか。






  闇雲に山を歩いて探しても意味はないとわかっていたが、手がかりらしいものはほと

 んどない。

  なので、まずは、昔、山へ入った行者が使っていたあと、そのまま朽ちた庵があると

 いう蔵王堂の奥あたりを目指すことにして、あかねと友雅は、ゆっくりと山道を歩いた。

  行き交う人もなく、ただ花の散る道を歩く贅沢な散策のようだった。

  あかねは昨日からずっと素直に花を愛でて歩くのがどこか後ろめたく、蘭のことだけ

 を考えることで、どうにかその気持ちを紛らわそうとしたが、うまくいかなかった。

 「君とこんな風に歩いていると、八葉としてお供をしていた頃を思い出すよ」

  友雅の言葉に、あかねが隣を見上げると彼はふふっと笑っていた。

 「そういえば、あの頃、怨霊を封印したり、京のあちこちで穢れを祓ったり……山道も

 結構歩きましたね」

 「勇ましい龍の姫君に、近衛の少将たる私も、しみじみ感じ入っていたものだよ」

 「……うそばっかり」

 「本当さ」

 「友雅さん、私が何をするか、お手並み拝見なんて思ってたでしょう?」

 「とんでもない」

 「私だって思っていたもの。この人はどういう人かしらって」

 「値踏みされていたのは私達八葉の方だったのだね」

 「やっぱりしてたんですね!」

 「信じてくださらないのかい?」

 「もう、知らないっ」

  ふくれて見せるあかねに、友雅は今度は声を上げて笑った。

  後ろめたさは霧とかすんで、花びらと共に霧散した。




  しかし、そうして目的の蔵王堂より奥にたどりつくと、あかねは、また落胆を隠せず

 にため息をつくしかなかった。

  朽ちた庵や、その近くにある湧き出る岩清水のあたりを探ってみても、人影はおろか、

 近頃、誰かが入ったという跡も見えなかった。

  庵に近く人が寝起きしていた様子はなく、ただ格子と板戸の隙間から入る日にほこり

 が舞っているばかりだ。

 「穢れなどもないようだし……、今、ここに人はいないね」

  友雅のつぶやきに、あかねはしょんぼりとうなづいた。

 「何かあればわかると思ったのに……ランがいるなら……きっとわかるって」

  友雅は背中から、あかねの肩に手を置くと、ぽんぽんと励ますように軽く叩いた。

 「大丈夫。まだ、たった一日しか探していないよ」

 「……友雅さん」

 「信じておいで。君が心から願って探すのならば、きっと会える」

  あかねは、ゆっくりと顔を上げ、振り向かずに問いかける。

 「どうしてそんな風に言いきれるんですか?」

 「君は龍神の神子だからね」

 「……私、もう…………」

  友雅は黙って首を振ると、そのままあかねを背中から抱きしめた。

 「優しい姫君。君の望みが私の望みだよ。だから思う通りにするといい」

  あかねは友雅に寄りかからずに、肩を包むぬくもりを感じていた。






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