「友雅さんは桜が咲き始めるとわくわくしたりしませんか?」
「あかねはとても楽しそうだね」
「友雅さんは……ちょっと違うみたい」
「美しい花を愛でるのは好きだよ。君もよくご存知のようにね」
「ええ。だから不思議なんです。こうして花の下にいるのに何だか淋しそうだから」
「愛しい人といるのに、そんなに沈んでいるように見えるかい?」
「だめですよ! ごまかそうとしないでくださいね」
「ふふっ……君に隠し事などできやしない。そう……花の命は、はかないものだ。
どんなに美しく咲き乱れ、この目を楽しませてくれたとしても、やがて散りゆく日を
思わずにいられない。それだけ私は、うつろで漫然と過ごしてきた歳月ばかりを
重ねてきたのだよ。花を見てはただ物思いにふけるだけの……ね」
「物思いって、今もですか?」
「何でもお見通しの月の姫君、いや、きょうは春のお使者のようだが」
「友雅さんっ!!」
「神子殿に初めてお会いしたのも春の花の頃だったね。それは確かに私の心に喜びの
灯をともしてくれた。ところが今度はその灯がかき消され永遠に失う時が訪れるかも
しれないと不安でたまらなくなってしまったのだよ。こんな愚かな物思いはいったい
どうしたものだろう。萌えいずる春の花をあなたの形見に思うような時を迎えるのが
私は恐ろしいよ」
「そんな時は来ませんよ。私は月の姫でも春の花の使者でもないって言ってるのに。
消えていなくなったりしません。こうしてそばにいるでしょう?」
「そうだったね。あまりに過分な幸せは私のような男には身の毒で、まるですべてが
はかない夢か幻のように感じてしまうやっかいな性分らしい。だからね、あかね、君
は末長くいつまでも──花散る日も、花橘が薫る日も、照葉が山を染める日も、雪舞
う日も……ずっと共にいておくれ。そうしたら私も君を慈しむのに精一杯で、きっと
物思いにふける間もなくなるはずだからね。その身をもって証をたてて、ね」
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