最近、あかねは藤姫と共に香を合わせることを習い始めた。
香木や香草、炭粉など様々な材料を少しずつ鉢ですり混ぜ合わせ蜜で練る。
しかし、こうして合わせた香は、すぐにたけるものではなく、少なくとも
数ヶ月は寝かせておかねばならない。
結局、あかねが今、たいているのは友雅や藤姫にもらった香だ。
「春は、やっぱり侍従よりも梅ヶ香かな」
「さようでございますね」
「やっぱり本物の梅の香りにはかなわないって思うんだけど……」
「まことの梅の香りをどのように感じて、その方なりに表すかが香の奥深い
ところですわ」
「あぁ、だから同じ梅ヶ香でも人によって違うのね。同じ花を見て絵を描い
ても、描く人が違えば別の絵になるのと一緒なんだ」
「……さても、ゆかしき梅の里に迷い込んだかと思えば、こちらの姫君たち
は薫物合わせでもしておられたのかな?」
「友雅さん!」
彼の夜毎の訪れが突然なのは、いつものことだ。
「花の香を求めて、どこの鶯がたずね来るやもしれぬとは思わないかい?」
「蔀(しとみ)も御簾も下ろし、幾重にも几帳を立てて、秘伝の香を合わせて
おりましたのに!」
あかねとの語らいに割って入ってきた友雅に藤姫は、すっかりお冠だ。
「私にとって、この頃ようやくなじんだ香りをたずねさえすれば、求める花の
ありかは一目瞭然ですよ。これほどまで夢中にさせられる花枝を見つけて、誰
が折り取らずにいられるだろう。霞で隠そうなんて無駄なことはおやめなさい」
そう言って微笑む友雅は、慣れた手つきであかねを抱き上げ、驚きのあまり
されるがままになっているあかねが抵抗を思い出す前に寝間の帳を越えていく。
春の夜の梅ヶ香は、どこまでも甘く悩ましかった。
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