憬文堂
遙の書棚 Fullkissの書棚 いろいろ書庫 憬の書棚 刊行物ご案内 お食事日記ブログ web拍手 メールフォーム


君がため春の野に出でて若菜つむわが衣手に雪は降りつつ
光孝天皇





 龍神の神子の役目を終えてから、あかねはめったに外出を許されない京の

暮らしに甘んじていたので、久しぶりの外の空気は、どんなに冷たくても

心地よさしか感じないのだろう。

「うわー! 野原に来るなんて久しぶり! 気持ちいーい!」

 放っておけば駆け出しさえしそうなあかねに、友雅は苦笑する。

「頼むから、私の目の届く範囲でお願いするよ。そのまま天へと駆け上って

しまわれてはかなわない」

「そんなわけありませんよ。大丈夫。このへんで探しますから」

「この寒空に、まさか自ら若菜摘みをお望みだとはねえ……」

 正直なところ若菜摘みは口実で、あかねがずっと外を歩きたくて

たまらずにいたことを友雅は知っている。

「友雅さん、どれが食べられる草ですか? うーん、泰明さんに見分け方を

教えてもらっておけばよかったかなあ」

 元八葉の同僚であった陰陽師の名を出されて、友雅はやれやれとため息を

つく。

「何も泰明殿を頼らなくても、あなたのためなら月の桂ですら取ってみせよう

という男がいるのにね。私の月の姫」

「友雅さんのために私が若菜を摘みたいの!」

「では私は君のために若菜を探してみせようか」

 大切な人のために何かをする喜びは、かけがえのないものだ。

 微笑みあう二人の袖に、ちらちらと春の雪が降りかかる。

「……雪! 友雅さん、ほら見て!」

 芽吹いた若菜を摘む手を止めて空を仰ぎ、互いを見つめ合う。

 初春の雪は、まるで二人の行く末を祝う花吹雪のようにも見えるのだった。






遙の書棚 Fullkissの書棚 いろいろ書庫 憬の書棚 刊行物ご案内 お食事日記ブログ web拍手 メールフォーム
憬文堂