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橘は実さへ花さへその葉さへ枝に霜ふれどいや常葉の木
聖武天皇





「友雅さん、お庭の橘の実が立派になっていたので取っておいたの!

こうして部屋に置いておくだけで、冬の間もいい香りが楽しめそうで

しょう?」


「そうだね。私の方は、すでに、このときじくのかくの木の実の名に

ふさわしい者ではないけれど……それでもやはり、この実はとりわけ

慕わしいよ」


 友雅はいつも自分の存在をわざと低く捉えて言う癖があるので、

あかねは時々困ってしまう。


「ふさわしくないって……友雅さんの名前が橘なのが? どうして?」


「実も花も、葉さえ霜が降りても常磐の緑である霊妙なるものの名を

頂くのは恐れ多いね。昔日のよすがと言ってしまえば、それまでだが」


「友雅さんは、そんなに見た目も良くて、歌も舞も音楽も何でも上手で、

武芸の方も、八葉でなくたって左近衛府少将で本当はかなり強いくせに

……それでも、そう思うんですか?」


「君は私を随分高く見てくれるので嬉しいよ。しかし、私が自ら望んで、

努力して得たものではないからね」


「橘だって、望んでこんな香しい実なわけじゃないですよ。素敵なこと

じゃないですか! 少しくらい誇りに思ってもバチは当たらないと思い

ます!」


 橘の実を抱きしめて語るあかねの言葉に、友雅は声を上げて笑い出す。


「何がおかしいんです?」


「いや、そんな神子殿だから、いつまでも共にありたいと願ってしまう

のだなと思ってね。この橘は月の姫のお気に召しましたか?」


「ええ、とても」


「では、今宵の枕上には、この実を飾っておこう」


 あかねの胸からそっと取り上げられた香しい実の代わりに、友雅の唇が

降りてきた。






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