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忘れては夢かとぞ思ふおもひきや雪踏みわけて君を見むとは
在原業平





「さ、さ、寒〜いっ。冬ってこんなに寒かったっけ? 震え過ぎて、

歯がガチガチ言っちゃうよ……」


 京は冬枯れの季節を迎え、ここ数日で雪も積った。

 あかねの育った世界と違い、便利な暖房器具もあるわけもないし、

火鉢くらいでは、とてもしのげない寒さだ。

 せめて運動でもして暖かくなりたいのだが、それはすでに姫君修行

の真っ最中のあかねに許されない。

 仕方がないので、藤姫が気をつかって用意してくれた暖かい綿入れ

だの皮衣だのを見た目は二の次でひきかぶり、京の一般教養として

和歌を暗記するべくつぶやいて過ごしたりしている有様だ。

 氷のかさねになる白い衣を幾重にもかぶって埋もれていると、なぜ

か寒くても睡魔が訪れるのはどういうわけか。


「おや、こちらまで雪にみまわれるなんて、うつつの事と思えないね」


 いつの間にか衣ごと暖かい人の気配に包まれていて、あかねの目の

前には大好きな人の笑顔があった。


「友雅さん……ごめんなさい。お迎えもしなくて」


「姿が見えないと神子殿が私のもとに残ってくれたことを忘れて、

夢ではないかと思ってしまうよ。君に会うために、こうして雪を踏み

分けて通うことができるとは……」


「本当にごめんなさい! 寒かったでしょ?」


「暖を取るのに、この上ないやり方をご存知かな」


「えっ?」


 友雅はあかねがまとっていた白衣をかきわけるようにして、共に

ひとつ衣の中に収まると肌を合わせてあかねを抱きしめた。


「あたたかな白雪を抱くなんて、まさに夢のようだね」






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