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秋の菊にほふかぎりはかざしてむ花よりさきと知らぬわが身を
紀貫之





「ああ、可憐な白菊が咲いたのだね。そうして神子殿の手にあると

花の気高さも増すようだ」


「別にそんなことないと思いますけど……とにかくかわいいですよね。

お庭の大輪の菊もいいですけど、私はこういう小さい野菊が好きです」


「いとけない風情を愛でるのは君らしいと言おうか」


「確かに友雅さんにはもっと立派な大輪の花が似合う気がしますね」


「……それは困ったな」


「え? 困るようなことなんですか? ごめんなさい。

私、何か失礼なことを言っちゃったんですね」


「いや君があやまることなど何もないよ。まいったねえ。

ますます心配になってしまった」


「心配……? 私が心配ってこと?」


「君が好む野にある小白菊は私に似合わない……というのは

私が君の心に適わないという証のようじゃないか」


「えーっ、違います! そんなつもりじゃありませんよ」


「わかっているよ。でもそんな取るに足りないことが気にかかるんだ。

恋は人を愚かにするね。この年になって初めて知ったよ」


「似合わないことを悩んでるのは私の方なのに」


「君はまだまだ若くて長命祈願などお呼びでないけれど、私はもう

すっかり年寄りだということさ」


「菊は長寿のお薬になるんでしたっけ。友雅さんが年寄りだなんて

思ったことありませんけど、そんなに心配なら……」


「君は月に帰ることなく、私の側にいてくれたら、それでいい。

この菊が美しく咲いている間は、こうして髪にかざしておこう。

……ますます美しいね。その花が散った後まで生きられるとも

わからないわが身なのが口惜しいほどだよ」


「……友雅さんは不老長寿のおまじないなんて必要なさそうです」


 顔を見合わせて笑うふたりにゆれた菊花の露が落ちた。






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