憬文堂
遙の書棚 Fullkissの書棚 いろいろ書庫 憬の書棚 刊行物ご案内 お食事日記ブログ web拍手 メールフォーム


秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる
藤原敏行





 参内のあと訪ねてきた友雅と、午後まだ強い日差しを避けた

廂の間で庭を眺めながら語り合う。


「なかなか涼しくなりませんね。ずーっと夏が終わらなかったら

どうしようかと思ってしまうくらい」


「季節というものは“今、この時から秋である”と札を掛け替える

ようなわけにはいかないからねぇ」


「梅が咲いたら春だとか、わかりやすいしるしがあれば、うとい

私でもすぐわかるんですけど、秋が来たって目では見えないから」


 その時、巻き上げていない端近の御簾が、強い風にあおられて

大きく揺れ、あかねの側に立てた几帳までもばたばたとはためいた。


「わ、すごい風!」


 よく育っている庭草の前栽も風に鳴る。


「神子殿、あまり外へ顔を出しては……」


「ああ、やっぱりもう秋なんですね。風の音でわかります。

目で見なくても、耳をすませば感じることもあるんですね」


「君のそういうところが龍神の神子であった所以かな」


「友雅さん?」


「いや、そうして人の気づかぬことを拾い上げる名人だから、

私のこともわかっていただけたのだと思ってね」


 微笑む友雅の髪を、秋風がなでる。


「ああ、すっかり乱れてしまったな」


「大変! しっかり戸を閉めて……奥に行きますか?」


「男の髪など騒ぎ立てるほどのことでもないけれど、

君が梳いてくださるなら、むしろこの風も私の味方だ」


「……友雅さんは何でも味方にしちゃうんだから」


「君をを手にするためならとわかっていただきたいね」


 こうして日ごと長くなる秋の夜も共に過ごすふたりだった。






遙の書棚 Fullkissの書棚 いろいろ書庫 憬の書棚 刊行物ご案内 お食事日記ブログ web拍手 メールフォーム
憬文堂