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奥山に心をいれてたづねずは 深き紅葉の色を見ましや
大和物語・一条の君





 あかねが京に残って初めての秋を迎えた。

 今宵も友雅は彼女のもとへやってくる。


「友雅さん、こんなに毎日毎日いらしてくれなくても、私、大丈夫ですよ」


「私が君に会いたいから来るのだよ。それがいけないの?」


「ううん、もちろん友雅さんと会えるのは嬉しいんです! でも、もう

龍神の神子と八葉のお役目があるってわけじゃないし……。

友雅さんだって内裏のお仕事とか、いろいろ忙しいはずでしょう?」


「あかね殿の心遣いは、ありがたいけれど、今の私が一番大事なことを

先にしているだけだから心配しなくていい」


「……そんなつもりはないんですけど」


「おや、そうだったかな。こうして、たびたびお目にかかって話していても、

君は、まだなかなか心からうち解けるには至っていないだろう?」


「そんな! 私、友雅さんが大好きですよ!」


「ああ、驚かないでおくれ。もちろん、それはよくわかっているよ。

生まれ故郷を捨てて、私のもとに残ってくれた君だもの」


 友雅は笑みを深くして、そっと手を伸ばしあかねの髪を撫でた。


「その秋で一番、色濃く美しい紅葉を見ようと思ったら、山の奥までひたすら

心をこめて訪れないと見られないだろう。人の心の奥も同じことではないかな」


「え……」


「だから今は一時も見逃せない。そして私の心の奥にも訪ねてきてほしいと

願っているのだよ」


「いいの? 友雅さん……本当に私……」


「不安なら、ずっとこうして側にいる。だからたくさんの話をして……

触れ合うことを許してほしい。ゆっくりでかまわないよ。私もそれを

楽しんでいるのだから」


 紅葉が色を濃くするように、あかねの頬も紅に染まった。






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