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目もかれず 見つゝくらさむ白菊の花よりのちの花しなければ
伊勢大輔





 友雅ほど花を愛する男の人をあかねは知らない。

 四季折々の花を愛でるのは京の貴族の習性だとしても、だ。


「ああ、すっかりこちらの庭の前栽も様変わりなさったね。名残の

秋草の美しさも身に染みるよ」


「友雅さん、いつも真っ先にお庭に気がつきますね」


「それはもう、こうして目を楽しませてくれるものはね。菊の花も

見事に咲きそろいそうだ」


「同じ花でも、何色も違う色の花が咲くものと、一色だけのものと

あるのが不思議ですよね」


「神子殿は面白いところに気がつくね」


「えっ……不思議じゃありませんか?」


「ふふ。そうだね。確かに不思議だ。その神秘には心引かれるよ」


 花が花そのものだけではなく、女性のことを暗示しているのだと

気付いたのは、いつだったろう。


 花を愛でるのが趣味だと聞いた、ずっと後になってからだと思う。


 彼が心引かれる花は、たくさんある。つまり、そういうことだ。


 よく考えてみれば藤姫も蘭も、あかねが京で知り合った女の子は

皆、美しい花の名だ。


「友雅さん、ここに咲いている菊では、どの色が好きですか?」


「そうだね……日の光を集めたような黄の色も、鮮やかな紅を帯び

た花も楽しげだ。ゆかしい色と言えば紫を上げる人も多い」


 友雅はあかねと目を合わせて微笑み、すっと右の手のひらを差し

のべてあかねの頬にそっと触れた。


「だが、私がどうしようもなく心引かれるのは、この穢れなき白菊

だね。こうして触れるとほんのり染まる様も愛らしい。老い先短い

私だから、これから少しでも長く、ただこの花だけを見つめて暮ら

したいと願っているよ。私の目の届く内に、この白菊の花より後に

咲く花は、もうないのだからね」






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